ミルウォーキーのオレンジ

虹乃ノラン

プロローグ

 ハイディー、エレノア。


 八月のグランダッド・ブラフから見る、ミシシッピ川の渓谷と、青々と生い茂る木々の緑。その境界線の向こうには、手を伸ばせば届きそうなほどの真っ白くて大きな雲と、透き通った青空が見えるわ。

 青と緑の境界線を自由に飛び回る野生の鷲が、今のわたしには眩しく見える。このシーズンの、グランダッド・ブラフ・パークって、こんなにも観光客で賑わってたかしら? 

 たった一年、この生まれ育ったラクロスを離れただけなのに、今では目に映る何もかもが、すべて変わってしまったように思えるよ。

 大好きなママが去年の春に死んでしまったことで、残されたわたしたち家族が、お互いに変わってしまったみたいに。

 元々口数の少なかったパパは、今ではまったく喋らなくなったし、お酒を飲まない日がなくなった。

 わたしはママを失ったショックで情緒不安定に陥り、学校にも通えなくなって、毎日ママのベッドで泣いていたわね。

 そんなバラバラになりかけた家族を、エレノアは自分を犠牲にしてでもまとめようと頑張ってくれた。それにはわたしもパパも、本当に感謝してるのよ。あなただって、大好きなママを失った大きな傷が癒えていないのに。

 わたしたちは世界にたった一つのオレンジの片割れ。

 エレノアが、わたしのすべてをわかってるように、わたしだってエレノアのことはお見通しなんだから。

 あなたはどんなに辛いときだって目を逸らさずに、歯を食いしばって前を向いて進むことができる人。でもね、人は皆、あなたのようには強くはいられないわ。きっと姉としての責任感から、死に物狂いで家族を守ろうとしたんだよね? でも、いくらあなただけを目標に追いかけ続けたわたしでも、それだけはお手本にすることはできなかった。

 わたしはちゃんと哀しみたかっただけなの。たとえそれが後ろ向きな行為に思えたとしても、ママを失った大きな悲しみを、パパとわたしとあなたとで、長い、長い時間をかけて、ゆっくりと身体を寄せ合って、分かち合いたかった。

 悲しい、寂しい、苦しいってたくさん泣いて、何時間も、何日も、何週間も、家族でママの思い出に浸りたかった。そうやってゆっくり時間を掛けて、家族の絆を深めつつ、支えあってもう一度立ち上がりたかったのよ。

 悲しみに暮れることを、我慢したくはなかったよ。

 だから、そんな悲しみからわたしを遠ざけるために、わたしをミルウォーキーの学校へやったことや、自分は高校には進まずに働いて家計を助けてること、そして抜け殻のようになってしまったパパの面倒まで見てくれているあなたに、わたしは何も意見なんて言えないし、そんな資格だってない。けれどね、さっきも話した通り、わたしは将来のことよりも、今はただあなたたち家族の傍に留まりたかっただけなの。

 エレノアみたいに、なんでも器用にこなせないかもしれないけど、それでもわたしも家族を助けるために、何かしたかったのよ。

 皆のすぐ傍にいたかったんだ。


 ねぇ? エレノア。わたしたちが離れ離れになってるなんて、こんなにも辛いことはないよ。こんなにも悲しいことはないよ。

 わたしたち双子には、悪い魔女がかけた魔法の呪いがあるのよ。わたしとあなたはこんなにも見た目が同じなのに、中味はまるで違うんだから。

 誕生日も、利き手も、そして性格も。

 この、悪い魔女の呪いからは逃れられないの? 

 抵抗することはできないの? 

 ママが言った、オレンジの片割れには、きっともっと別の意味があったって思うのはわたしだけじゃないはずよ。


 ねぇ? エレノアだってそう思うでしょ? 

 でももしそう思わないなら、わたしたちは体だけじゃなく、心までも切り離されたオレンジの片割れだわ。

 わがままばかり言って、本当にごめん。

 いつまでたっても、あなたの妹のままでごめん。


 愛してるよ、エレノア。

 心から、あなたを愛してる。 --Haidi, C.

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