玄鳥至る

 玄鳥至る(つばめきたる)


 生活圏に畑が多い。最近、イチゴの文字が目に付く。今はイチゴの旬なのか、と調べてみた。どうやら二月から四月が旬らしい。

 いつからか旬を気にするようになった。旬のものを口にすることは、暮らしを豊かにする、丁寧に生きることになると思うようになったからだ。打ち明けてしまえば、外でご飯を食べ、お酒を飲むときに「あ、こいつは旬がわかっているな」と思われたいという見栄が大きい。

 二十四節季は清明、確かに清く明るいイメージの季節になりました。清明の初候は【玄鳥至る】。

 玄鳥と書いてツバメ、スワローの燕だ。プロ野球の東京ヤクルトスワローズの球団マスコット、つば九郎のツバメだ。

 この時期の旬は鰹。いわゆる初鰹というやつだ。目に青葉、山ホトトギス、初鰹のあれだ。お世話になっているお店で鰹をいただくのが今年も楽しみだ。そして、さみしくもある。

 通い始めた頃はご夫婦でやられていたが、二人とももういらっしゃらないからだ。数年前、ご主人が亡くなられた。そして、先日、奥さんもお亡くなりになったと聞いた。

 父ちゃんと呼ばれていた口数が多くないご主人が旅立ってから、母ちゃんと呼ばれていた奥さんも体調を崩して店にいないことが多くなった。ある時期から、ご夫婦のお子さんが店に出ることが多くなり、私が最後に母ちゃんを見たのは昨年だ。「まだ寒いですから、お体大事になさってくださいね」と店を出る際に挨拶したのが最後になった。まだ寒いという言葉からすると、冬の終わりかけか春の初めだったのだろう。

 口数が多くないと書くと、頑固親父を想像するかもしれないが、父ちゃんは照れ屋ではあるが人と交わるのが好きな人ではあった。あるとき、鮪だか鯵だか忘れたが刺身を頼むと「今日あるのは味がよくないから」と別の刺身をすすめられた。以来、「刺身をお願いしたいのですが、今日はなにがいいですかね」と注文をするようになった。しし唐を頼んだ常連に「今日のしし唐は辛くないからつまんねんだ」とニヤニヤしていたのも思い出す。

 あるとき、鰹の刺身を頼んだら「たたきにしたほうがうまいと思うけど、どうするよ」と提案があった。のるという選択しかない。さらに「ニンニクとショウガは」と問いを重ねられる。父ちゃんは明らかにニンニクをのせたがっている。もちろん、お願いした。これがうまかった。「ニンニクいらないと言ったら二度と出さないと決めていた」というのはさすがに嘘というか、父ちゃんなりのしゃれだろう。あぁ、あれが今年も食べられたらな、と思う。

 死んだ人は戻ってこない。つば九郎の中の人だったヤクルトスワローズの名物球団職員も、父ちゃんも母ちゃんも、もう会えない。でも、思い出を引っ張り出すことはできる。折をみて思い出し、暮らしを見直すきっかけにすることはできる。

 鰹を食べに行こう。神宮球場にナイター観戦に行こう。環境が変わって会えなくなった人が今日もどこかで幸せに暮らしていることを想像し、きちんと日々をすごそう。煮たやつでも焼いたやつでも、一つもしし唐が辛くなかったら「つまんねぇな」とつぶやくのだ。きっと生意気をぬかすな、という顔をしてくれているだろう。


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