第70話 「少しはやり返しできたかな」

「それじゃあ食べようか」

「えっ、ええ……そうね」


 佐倉川さんの歯切れの悪い返事と共に、僕たちはケーキを食べ始めた。


 佐倉川さんの微妙な反応を見て、僕はやはり取り返しのつかないことをしているのではないだろうかという気になりながらも、動揺を見せてしまってはここまで積み上げてきたものが全て崩れてしまうので、なんとか平静を装う。


 佐倉川さんが平静を装わなければならないような状況に持ち込むことが僕の目的だというのに、自分がその状況に陥ってしまったのでは意味がないからな。


「……わざわざありがと。ケーキの準備なんてしてもらってると思わなかった」

「自分でも柄にもないことやってるなと思いながら準備してたよ。でもせっかく佐倉川さんと過ごす初めてのクリスマスを特別な思い出にしたいと思ったから」

「なっ、なっ----」


 今の佐倉川さんは言うなれば入れ食い状態であり、僕が何を言っても赤面するのではないかというような状況に陥っている。


 とはいえチャンスとピンチは表裏一体--。


 僕は引き続き平静を装いながら話を進めることにした。


「最近はどうだ? もう学校やめたいって話は聞かなくなったけど、今でもやめたいと思ってるのか?」

「……確かにやめたいと思うことは無くなったわね」


 佐倉川さんが退学しようとしていたのは、学校で取り繕いながら過ごしていることに疲れ、そして史花さんが自分の好きなことを完璧にこなしているのを見て焦ったからだ。


 となると、学校を辞めたいと思わなくなったということは、何かしらやりたいことが見つかったのだろうか。


「何かやりたいことでも見つかったのか?」

「そっ、それは……」

「……? 見つかってないのか? じゃあなんで学校やめたいと思わなくなったんだ?」

「……いるからよ」

「……え? なんだって?」

「……君がいるから」

「え? 声が小さすぎて聞こえないんだが--」

「四季屋君が学校にいるからよ!!!!!!」

「なっ------------!!!!????」


 ここまで動揺を見せず、大人の余裕を演じてきていた僕だったが、流石にその言葉には動揺を隠すことはできなかった。


 佐倉川さんが退学を考えなくなった理由が、僕が学校にいるから、ってそんなのもう、そんなのもう----。


「……恥ずかしいこと言わせないでよね」

「……ごめん」


 クソッ、ここまでせっかく平静を装いながら接することができていたの言うのに、これじゃあ全部台無しじゃないか……。


「……でも四季屋君には本当に感謝してる。あの時四季屋君が私を止めてくれなかったら、どうなっていたことか」


 ……佐倉川さんは僕に対して素直に感謝の気持ちを持ってくれているようだが、僕は以前から常々考えていることがある。


 それは、僕が佐倉川さんの未来を変えてしまったのではないかという心配だ。


 世間一般的に見れば流石に高校は卒業しておくべきだし、佐倉川さんの退学を止めたことはきっと称賛されるべき行為なのだろう。


 しかし、あの時僕が佐倉川さんを止めていなかったら、佐倉川さんは佐倉川さんなりに上手くやり、史花さんのように成功を収めていたのではないか--。


 そんなことを考えて頭の中を埋め尽くされることもあるほどだった。


 だから、僕はその話を正直に佐倉川さんにすることにした。


「……逆に僕が止めたせいで佐倉川さんの未来を奪ってる可能性もあるけどな。前から思ってたんだよ。本当に佐倉川さんの退学を止めてよかったのかって--」

「--そんなことない。四季屋君が私を止めてくれたから私は今こうして人生を楽しめてるの。退学を止めたことに後悔なんてない。だから、心の底から、ありがとね。四季屋君」


 ……僕の心配しすぎだったか。


 佐倉川さん本人がそういうのだから、きっと僕の行動は間違いではなかったのだろう。


「……まあそう思ってくれてるならよかった」

「あの時私を貧乳呼ばわりしたのは忘れてないけどね?」

「はいすみませんでしたごめんなさい申し訳ありません」


 この話、僕と佐倉川さんの関係が続く限り忘れることはないんだろうな。

 

 できればそんな話はとっとと忘れてほしいという思いがある一方、僕と佐倉川さんの、他の人にはない唯一無二の出会いなのだから、できれば一生忘れてほしくないし、大切な思い出として胸の中に取っておいてほしいという思いもあった。


 その小さい胸の中にな--なんて言ったら縁を切られそうだから言わないけど。


「ふふっ。もう怒ってないけどね」

「……佐倉川さん」

「……何?」


 少し主導権を佐倉川さんに握られかけてしまったが、どうにか主導権を僕に戻さなければ。


 そして僕は少し低めの声で佐倉川さんに話しかけ始めた。


「……文化祭の時の答え、まだ出てないんだろ?」

「--っ」


 ドキッと肩を打つびくつかせた佐倉川さんの様子を見るに、まだ答えは出ていないのだろうか。


 今から僕がすることは、ただの仕返しでもあり、佐倉川さんに答えを出してもらうためでもある。


 だから、やるんだ僕。


「……なぁ、目瞑ってくれないか?」

「……へ?」

「ほら、早く」


 疑問符を浮かべキョトンとした様子の佐倉川さんに、僕は畳み掛けるように催促し、佐倉川さんはグッと目を瞑る




 そして僕は佐倉川さんの唇に--。




「--!? なっ!? ちょっ、何か今私の唇に触れたわよね!? 今のは何!? もっ、もう目開けてもいいわよね!?」

「……ああ」


 そして佐倉川さんは目を開ける。


「なっ、何!? 今、もしかしてキスした!?」


 動揺する佐倉川さんに、僕は右手の中指と人差し指を向けた。


「えっ、何その手は!?」

「……唇か指か、どっちだったんだろうな」

「なっなっ、何よそれぇー!」

「……ははっ。少しはやり返しできたかな」

「やり返しってなんの!?」

「そりゃ文化祭の時のに決まってるだろ」

「ぐぬっ--!!!!」


 かくして、僕は佐倉川さんに、文化祭の時のし仕返しを果たすことに成功した。


 ちなみにクリスマスが終わった後に聞いた話だが、どうやら周は僕の罠にしっかりと引っかかってくれたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る