帰りたくない綾坂さん
穂村大樹(ほむら だいじゅ)
第1話 図書室の綾坂さん
今日もいつもと同じ、何ら変わりのない平凡な1日を過ごすはずだった。
いつも通り学校に行き、いつも通り授業を受け、いつも通り放課後になったら図書室に行って本を読む。
そんな何気ない1日を、出しっぱなしの水道水のように無駄に消費するはずだったんだ。
それなのに--。
「…………帰りたくないの」
図書室で出会した彼女が放ったその言葉で、僕の人生の歯車は動き出すことになったのだ。
高校1年生の僕、
なぜ自宅ではなくわざわざ図書室で小説を読んでいるのか疑問に思う人もいるかもしれないが、自宅に帰って小説を読もうとすれば、母親から『小説読むのは程々にして勉強しなさいよ』と言われてしまう。
流石に母親も小説を読むこと自体が悪いことだとは思っておらず、頭ごなしに小説を取り上げられることはないのでまだマシかもしれないが、集中して小説を読みたい僕には母親の言葉は雑音でしかなかった。
今日もようやく1日の授業を終えた僕は教室を出て図書室に向かい、図書室の前に到着すると意気揚々に図書室の扉を開いた。
--------綺麗だ。
図書室に入って僕の目に飛び込んできた普段とは違う光景。
僕がいつも座っている席に1人の女子生徒が座っており、机に突っ伏していた。
その情景を見ただけで僕は思わず目を奪われ、『綺麗だ』なんて柄にもない感情を抱いてしまった。
放課後になったら図書室に来て本を読むというルーティンはもう半年も続けているが、放課後の図書室に人がいたことなんて無い。
しかも、いつも僕が座る席に座って突っ伏していたのはその秀でた容姿から男子生徒の人気を一身に集める
根暗な僕とは絶対に関わることのない人種の綾坂さんではあるが、綾坂さんは流石の僕でも視界に入る位置にいれば思わず視線を向けてしまうほどの超絶美少女で、その存在は認知している。
そんな綾坂さんが放課後の図書室で机に突っ伏しているとはどういう風の吹き回しなのだろう。
一瞬綾坂さんに気を遣って図書室を出て行こうかとも考えたが、綾坂さんが図書室に居るのが今日だけだとは限らないし、今日気を遣って図書室を出て行ってしまえば僕の居場所は綾坂さんに奪われることになってしまう。
そう考え図書室を出て行くことはせず、僕は狭い図書室に置かれたたった1つの6人掛けの机、その端の席に座る綾坂さんと対角線上の席に座った。
そして読みかけの小説を鞄の中から取り出し読み始めたわけだが……。
予想していた以上に綾坂さんの存在が気になり小説を読むことに集中できない。
そこにいるのが平凡で特に目立つこともない女子生徒なら気にならなかったかもしれないが、綾坂さんとなれば話は別だったらしい。
どうせ気になって集中できないのならと、僕は思い切って綾坂さんの方へと視線を向けた。
……ほほう。中々艶のある髪、そしてその隙間を縫うようにチラリと見える白い肌、優しく握ったとしても直ぐに握りつぶしてしまうのではないかというほど細くて綺麗な腕。
これは僕が目を奪われるのも無理は無い。
……いや気持ち悪いやつだな僕。
綾坂さんが机に突っ伏してこちらを見ていないのをいいことに舐め回すようにジロジロ見て……。
綾坂さんのせいで全く小説を読むことに集中できていない僕を他所に、綾坂さんは机に突っ伏し続けている。
しかし、たまに聞こえてくる「はぁ〜〜……」というため息のおかげで綾坂さんが寝ているわけでは無いことだけは察することができる。
寝ているわけではないのなら声をかけて別の場所の移動してもらうようお願いしようか……。
そう考えた矢先のことだった。
「ちょっとぉ! 人がこんなに悩ましげにしてるんだから声の1つや2つかけるのが礼儀ってもんじゃないのぉ⁉︎」
「はっ、はひっ⁉︎」
突然の出来事に、僕は人生で初めて『はひっ⁉︎』なんて女々しい驚き方をしてしまった。
「あっ、こめんごめん。驚かせちゃったね。ちょーっと自暴自棄になってて理不尽な声のかけ方しちゃった」
理不尽だってわかってるならそんな声のかけ方やめてくれ。
「いっ、いや、別に構わないけど。あの、綾坂さんだよな?」
「はい、綾坂さんですが。君は2組の相良君だよね?」
「えっ--」
クラスも違い、誰よりも影の薄い僕の名前を覚えているとは驚きである。
「そっ、そうだけど。こんなところで何してるんだ? もう半年以上放課後図書室に通ってるけど、僕以外の生徒がいたのなんて初めてなんだが。本を読んでるならそれが目的だとわかるけど、本も読まずに机に突っ伏してるし」
「…………帰りたくないの」
そう話してくれた綾坂さんはやさぐれたような表情から一変して遠くを見つめ、物悲し気な表情を見せた。
普段は大勢の生徒に囲まれ明るく無邪気な表情を見せている綾坂さんが初めて見せる暗い表情。
僕みたいな暗い男に太陽のように明るい綾坂さんを励ます資格なんてないかもしれないが、普段の明るさが見る影もない状態になっている綾坂さんのために、どんな言葉でもいいから、声をかけなければならないと思った。
「……そっか。わかった」
「……え?」
こんな場面で優しく気の利いたことを言えるほど人間との会話に慣れてはいない僕は、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
いや、それはただの返事であって励ましの声をかけなければならないと言っていた人間の返す言葉では無いだろ、と思われるかもしれない。
しかし、僕はどのような理由で落ち込んでいるかもわからない綾坂さんを無責任に励ますよりも、今はただ綾坂さんの気持ちに賛同するべきだと思った。
「わかったって、その、なんで帰りたくないかとか気にならないの?」
「気にならないって言ったら嘘になるが、訊くべきじゃないと思ったから」
「こんなところで時間を無駄にしてるくらいなら早く帰れって思わないの?」
「思わないな。むしろ今の綾坂さんにはこの時間が必要なように見えるし」
「……ふーん。……へぇ」
「なっ、なんだよ。ジロジロこっち見て」
「別に、なんでもない」
「じゃあこっち見るのやめてくれ」
「……少し前から家にママが連れてきた新しいお父さんがいるの」
「……え?」
あえて訊いていなかったというのに、綾坂は唐突に僕が訊くべきではないと思っていた家に帰りたくない理由について話し始めた。
※この作品はカクヨムコンテスト10【短編】参加作品です!
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