気を揉む雨宮総理

 党首討論を終えた雨宮総理は、警護員にエスコートされながら公用車に乗り込んだ。討論の緊張から解放された瞬間、疲労が一気に体を襲い、彼はほとんど即座に疲れ果ててしまった。車の柔らかな座席に身を委ね、窓外のぼんやりとした街の灯りを眺めながら、心地よい車の揺れに身を任せていると、彼の意識は次第に朦朧としてきた。


 疲れた心と体を癒すため、雨宮は目を閉じて休息を取ろうとした矢先、ポケットのスマートフォンが震え始めた。しばらく無視しようと思ったが、何度も続く通知音に抗えず、彼は渋々スマホを手に取った。


『お疲れさん。よくやったな』


「そりゃどうも」



 画面を見ると、通知は森川経済産業大臣からのものだった。


 雨宮総理はそのメッセージに目を通し、疲労感を押しのけながら返信を考えた。


 車は首都の夜を静かに走り続け、雨宮総理はぼんやりと党首討論での自分の発言を振り返り、どの点が森川大臣の注目を引いたのかを思案した。政策的な洞察や選挙戦略について、森川の見解は常に鋭く、彼からのフィードバックは雨宮にとって非常に価値があった。それだけに、後での対話を前にして、緊張感が再び高まり始めていた。


 雨宮は、寝ぼけ眼にスマホの画面を近づけて読み、返信した。


『このままなら勝てるだろう。気を抜くなよ』


「うい」


 雨宮総理は疲れの深さを感じながらも、スマートフォンの通知を一時的に停止させ、静寂の中で少しでも休息を取ろうと目を閉じた。ほどなくして、運転手の声が静かに彼の耳に届き、「着きました」との合図がされると、彼は重たい体を持ち上げ、ため息をつきながら車から降りた。首都の夜は静かで、彼の足音だけが、官邸への道をエコーした。


 官邸の自室に戻ると、そこでは坂本秘書が待ち構えていた。


「お疲れ様でした。食事は用意できてますよ」


「お、じゃあいただこうとするか」


 坂本はいつも通り、雨宮総理の帰りを静かに見守り、必要なサポートを準備している様子だった。部屋の中は落ち着いた雰囲気で整えられており、疲れた心と体を癒すための静かな避難所のように感じられた。


 雨宮はその環境に感謝しつつ、ゆっくりと部屋に入り、一日の緊張から解放されることを心から願った。


 雨宮は、少しテンションが上がって食事を済ませた。


「では、今日はこれで失礼します」


「うい。ご苦労さん」


 官邸の自室で静かに坐り、雨宮総理は深刻な表情でこれからの選挙戦の戦略について考え込んでいた。坂本が部屋を後にした後、彼は一人の時間を有効に使い、精神的にも物理的にも重要な準備を進めなければならないと感じていた。


 明後日に迫った衆議院解散は、彼にとって政治キャリアの中でも特に重要なイベントの一つだ。解散が実行されれば、公式に選挙戦が開始される。雨宮総理としては、この選挙がただの選挙戦ではなく、自身の政策とビジョンを国民に再確認してもらう大きなチャンスであることを理解していた。そのためには、全国を飛び回り、力強い演説を行う必要があった。


 各閣僚には地元だけでなく全国各地に飛んで活動してもらう計画を立て、その配属も調整しなければならない。特に注目されるのは横浜で、雨宮総理はまずここから選挙キャンペーンを開始することになっていた。


 この地区は、川畑大臣の選挙区でもあり、同時に野党の平井が立候補している場所である。川畑と平井の直接対決は、象徴的な意味合いを持ち、幹事長の意向により、特に重点を置いて取り組むことになっていた。


 川畑大臣は雨宮総理の当選同期であり、政治的にも清廉潔白で知られている。そのため、国民からの支持も厚く、平井に対する有力な対抗馬と見なされていた。しかしながら、選挙の世界に絶対はなく、万が一の事態に備えて雨宮自らも応援演説に赴くことを決意していた。


 部屋の中で静かに過ごしながら、雨宮はこれからの日々がいかに忙しく、また政治的に要求されるものが多いかを改めて感じていた。


 自らの運命をかけた戦いに臨む決意を固めつつ、再び左こめかみの痛みに手をやり、心の中で覚悟を新たにしていた。この選挙戦が、自らの政治生命はもちろん、国の未来にとっても重要な意味を持つことを深く自覚し、一刻も早く行動を開始する準備を整えていた。

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