偽り女先生は「人間」です!

@THERDRIE

第1話 俺は男なんだが!?

 魔物を撲滅するべく作られた、最高峰の学園『ロード』。その学園の学園長室にて、一人の少女と学園長と呼ばれる、いい年頃のイケオジが言い争っていた。

 旗から見れば、よほど重要な会議なのだろうと思うだろう。実際のところ、少女にとっては、この判断が今後の生活を大きく変えると言っても過言ではなかった。


「確かに先生をやりたいとはいいましたけども!師匠、なんでわざわざ女になんなければならんのですか!俺は納得いきませんよ!」


机をバン!と強く叩き、ルードベルトは、彼が女になってしまった原因である学園長を睨みつける。


「まあまあ、ルードベルト。落ち着きなさい。君が少女になったのは理由があってだね...。君は勇者。魔王を討伐した英雄なのだよ。だけど、君はそのキャリアを捨てて教師になることを選んだ。そうだろう?」


核心をついた学園長の言葉に、勇者はその端麗な顔とは真反対に、はぁ。とため息を吐いて、頷いた。


「そうですけれども。だからといって一人称を『俺』から『私』にしろとおっしゃるのですか!?」

「ああ、そのほうがバレる可能性は低くなる。だから、一人称を変えておいたほうが、私はいいと思うがね」

「なんでちょっと食い気味なんですか!」


気づけば学園長の鼻は伸びており、普段の貫禄のある姿なんてどこにもなかった。


「わかりましたよ...。」


少女は肩までかかったその白髪を指で弄りつつ、頬赤らめながら覚悟を決めた。

 一方変態学園長は、ニヤニヤを抑えながら、彼女の方凝視していた。


「わ、私...」


すると学園長はコクリコクリと頷き、納得した様子で話し始める。


「これで、バレることはもうないだろう。それじゃあ、今から君が担任を務めるEクラスについて説明しよう」


場の雰囲気が一気に変わり、張り詰めた空間へと化けた。

 学園長も貫禄のある姿に戻り、彼の青い瞳が、睨みつけるようにルードベルトを見つめていた。

 それに対し、ルードベルトもその赤い瞳で学園長をまじまじと見ていた。


「まず、この学園は年に一度、身体能力、魔法、剣術、それらの総合評価で、A〜Eの5クラスに分類する制度を取っている。ここまでは、あらかた聞いていたか?」

「はい」

「それじゃあ、君が担当するクラスが、どんなクラスかも理解していると?」


Eクラス。彼女の聞いた話では、最低最悪という言葉がお似合いのクラスだと、そう裏で囁かれているらしい。だが、彼女はあえてEクラスを選択した。

 彼女ははい。と返事をせず、コクリと頷いた。


「なら、私から君へ言えることはただ一つ。君も、今までの先生たちと同じ運命を辿らないように」


その最後の言葉に、彼女は引っかかったが、なんとかなるだろうとそう信じて、学園長室をあとにした。

 バタンと、ルードベルトが退出した直後、学園長は笑った。


「まさか、まんまと騙されてくれるなんて」


ルードベルトの女体化。勇者と気づかれないための工作だと言っていたが、実際は、ただ学園長が昔から彼を女体化させたかっただけだったのである。

 しかし、ルードベルトはそんなことすら知らず、Eクラスへと歩を進めていた。


「ここだな」


E。と書かれた白い看板を見つめながら、ルードベルトはここまで迷うことなく来れたことに安堵し、そう声を漏らした。

 その一方、教室内ではなにやらガタゴトと物音が聞こえてきた。

 やっぱり暴れてんのか。と思いながら、ゆっくりと、彼女はその扉を開けた。

 瞬間、物音は静まり返り、生徒の視線が一気にルードベルトへ集まる。

 話を聞く姿勢すらないと考えていた彼女の予想を裏切ったためか、ルードベルトは心のなかで驚きながらも、黒板の前まで歩き終え、自己紹介を始めた。


「はじめまして。これからEクラスを担当する事になりました。ルードベルトです。なにか質問があれば挙手をしてください」


そこまで言い終えた後、彼女は大きなミスを犯してしまったことに気がついた。

 生徒たちが彼女の方を見ながらざわざわと騒ぎ始める。そう、今、彼女は勇者の名を口にしてしまったのだ。

 彼女がどうするか対応を考えていると、気がつけば大勢から手が上がっていた。おそらく、ほとんどの生徒の疑問は同じなのだろうと。彼女はそっとため息を吐いて、近くにいた青髪の青年を名指しした。


「先生は、あの伝説の勇者なんですか?」


その質問に、彼女は苦笑いを浮かべて、答えた。


「よく間違われるんですよ。確かに目や髪の毛、特徴こそ一致していますが、私は女ですし、魔王を倒した勇者がこんなところに来るわけがないじゃないですか」

「そうですか...勘違いでした」

「他に質問は?」


あたりを一瞥するが、さっきまで手を上げていたほとんどの生徒が手をおろしていた。

 これで山場は去ったな。と安堵していたが、一人だけ、手を上げ続けている、魔法使いの格好をしたメガネっ子の少女がいた。

 名前は確か...アリス。


「アリスさん、どうぞ」


そう呼ばれ、アリスはメガネを鼻まで上げ、軽蔑を交えた視線でこちらを見て、いった。


「あなたは、本当に私達の教師にふさわしいんですか?」


それに対し、ルードベルトはひょうひょうとしながら答えた。


「ふさわしいかどうかは私が決めることじゃない。みんなが決めることなんじゃないかって私は思っています」

「なら、私は、あんたが私にふさわしい教師だとは決して思えない」


あたりの空気が一気にピリつく。生徒たちも、数名程度だが怯えているように彼女の目には見えた。

 しかし、そんなことお構いなしにアリスはルードベルトに問い詰めていく。


「あんたみたいな先生を何回も見てきた。だけど、所詮はEクラスの先生よね。どいつもこいつも私が見習うべき教師には程遠かった」


ルードベルトは、彼女の言葉を聞きながら、あたりを見渡していると、ほとんどの生徒がうつむき気味になり、不安がっているのが確認できた。


「悪いですが、他の生徒の迷惑なので授業に取り掛かりたいと思います。アリスさん。あなたの話は後日ゆっくりと聞くことにします」


アリスは、チッ。と舌打ちをして、席についた事により、その後は滞りなく授業を進めていき、気がつけば業務の時間になっていた。

 しかし、そこで、彼女は大きな危機に直面していた。


「解せぬ」


彼女の眼の前には、資料が山積みになっており、さらには今まで仕事という仕事をやってこなかったせいでスピードも遅い。故に、資料の殆どが手つかずの状況だった。


「あなた、まだ終わってないの?」


彼女の背後から笑う声と、貶す声。その声の正体は、朝に少し見たことがあるため、振り向くことすらせずに、作業をしたまま話す。


「どうしたんですか。アーシャ先生」


すると、眼の前の書類をアーシャが掴み、それをグシャグシャにした後、その紙を、ルードベルトの眼の前で破いた。

 お陰で、ルードベルトは、見たくもなかったその金髪で、厚い眉毛、青い瞳をしたアーシャの姿を拝むことになってしまった。


「話を聞いているの?だからあんたはEクラスの先生になったのよ」


同時に、笑う声が強くなる。他の先生は見て見ぬふりで、ルードベルトを養護してくれるものなど、周りにはいなかった。これが、実力主義なのだと、再認識した。


「一応、初対面なんですけどね」

「初対面なんて関係ないわ。ほら、これ私の分だから。やっておいてね」


そういって、山積みになっていた資料に、新たな資料が加わった。

 アーシャら一行は、ルードベルトが絶望している姿を満足げに観察し、その後、その場を去っていった。それに対して、ルードベルトは文句も言わずに、ただ黙々と、作業を再開するのだった。

 しかし、どれだけ頑張ろうと作業が終わることなんてなく、疲労感を覚えた彼女は、椅子から立ち上がり、外へ出るのだった。





 夜風が気持ちよく、月がよく輝いており、気分転換にはちょうどいいな。とルードベルトは思った。

 だが、気休めなんてしてくれないのがこの学園。彼女は、振り向きざまに呟いた。


「どうしたんですか。アリスさん。まさかあの話の続きですか?」


先程からずっと跡をつけてきていたアリスへ、彼女は視線を飛ばす。


「まさか。私は、あなたをやめさせに来たのよ」


ゆっくりと杖を取り出し、ルードベルトの方へ突き出して、彼女は睨んだ。


「やめさせに来た?辞めるには学園長の許可が必要ですが」

「そうよ。だから、私はあんたを強制的にやめさせる。もう二度とこの学園に来たくないと思うほどに、あんたの精神を叩き折ってやる」


その言葉を聞いたルードベルトは、学園長の言っていた言葉を思い出した。きっと、Eクラスの先生たちがやめていったのは、彼女の仕業だったのだ。

 直後だった、彼女は魔法の詠唱を始め、火球が現れる。その火球は詠唱していくたびに膨張していっているのに対し、ルードベルトはただ突っているのみで、攻撃する気配すらなかった。


「なるほど。つまるところ、あなたが私に勝てたら私が辞職する。なら、もし私が勝てたのなら、あなたは私を教師として認めてください。それでいいですか?」


余裕が垣間見えるその言葉を聞いて、アリスはイラつきを覚え、笑うようにして答えた。


「いいわよ!勝てるもんなら...」

「じゃあ先手必勝で」


直後、壁が胃が裂けるほどの痛みが、アリスの全身にいきわたる。

 アリスは、何が起こったか理解できなかった。ただ、わかっているのは、眼の前にいる教師が攻撃を放ってきたこと。

 ただ、超高速でアリスに攻撃を放っただけなのだ。

 にやりと、ルードベルトは余裕に満ちた笑みを見せ、諭すように言った。


「見くびっていた。確かにお前はEクラスにいるようなたまじゃない。まあただ、なんでEクラスに属しているかは、謎だがな」

「それは....」

「どうせ、魔法を詠唱している最中にやられたんだろ?」


核心をつかれ、アリスは何も言い返せないまま、その場で俯いた。


「正直に言ってやるよ。お前は自分の実力を見誤っている。俺が思うに、お前は自分の実力がBランク以上だと思っているんだろ?現実を見ることをおすすめするぜ?」


アリスは、今までの出来事を思い出した。

 試験の際、彼女はあらかじめ目をつけておいた男子とチームを組むという戦法を取り、難なく試験を終えて高ランクに行けるかと思っていた。だが、そうことはうまく進まない。敵との奇襲にあったあのとき。仲間がやられて、敗北するのには時間なんてかからなかった。

 それは、仲間が強いだけであり、アリスは決して強いわけではなかった。

 しかしそのことを受け入れることをせず、アリスは声を張り上げて否定する。


「あんた、どこまで私を侮辱するつもり!?たまたま攻撃があたったぐらいで!」

「たまたま?じゃあ聞くが、なんで試験のときお前は負けた?それまでお前は何をしていた?戦ったのか?隠れてたのか?それとも、ずっと逃げていたのか?」


 再びアリスは黙った。なぜなら、ルードベルトの言っていることが正しかったから。ずっと、逃げ続けてきたから。


「俺には誰が伸びるか伸びないか、その分別がわかる。それを見分ける要素の一つとして、人の言うことを聞いて、それを実践しているか。というのがある。俺は、お前が人の言うことに少し耳を傾けたほうがいいと思っている」


これでもかと意地を張って来たアリスでも、圧倒的な力には勝てなかったのか、その精神が初めて折れた。

 アリスはコクリと首を縦に振った。アリスがこんなことをするのは、学園に入学してから初めてのことだった。


「それじゃ俺。おっとっと。コホン。私は業務があるので戻りますね」


そういって、ルードベルトはそそくさとアリスに背を見せて、校舎の中へと戻っていった。

 一人取り残され、挫折を味わったアリスは、ルードベルトのあの実力のことで頭がいっぱいになっていた。

 アリスは藍色に染め上げられた空を見上げ、尊敬の意を示して、言った。


「あの人は、一体何者なのだろう」


と。





 あれから校舎に入り、職員室まで無駄足なく歩いていたルードベルトだったのだが、


「ルードベルトくん」


学園長がひょっこり彼女の眼の前から現れ、こちらへ振り向くと同時に、彼女の名を呼んだ。


「し、師匠じゃないですか。どうしてここに?」

「さっきの戦いを見ていてな。彼女が犯人だったのか」

「まぁ...はい......」


学園長に見られていたのかと、ルードベルトは驚いたが、あのとき言ったくさいセリフを聞かれていないかと不安になっていた。


「だめじゃないか。一人称を俺に戻すなんて」


一瞬だが、ルードベルトの思考がフリーズする。


「聞いてたんですか?」

「ああ。もちろんだ」


なんで聞いてんの!?

 実はあのとき、学園長は少し散歩をしており、その際人の声が聞こえたため、彼はあの現場を目撃、盗み聞きしていた。


「それに、あの言葉、教師らしくてかっこよかったと私は思うぞ?たしか....」

「言わなくていいです!そして、帰ります!!」


ルードベルトの心のなかで、何かが崩れる音がした。

 俺はあなたを一生恨むぜ!!学園長!


この日、ルードベルトは業務をせず、速攻で帰宅した。

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