ひたむきに、願ったにすぎない

坂本 大太郎

プロローグ

 僕に向かって悪い男が近づいて来ている。


 それは真夏の暑苦しい夜に見る悪夢の続きのようで、思わず後退りしたくなった。


 ……けれど、ぐっと踏み止まる。


 影のない彼女を泣かせたくなかったからだ。


 今の状況を正確に伝えるなら、僕の背後にいる彼女の父親に向かって悪い男が襲い掛かってきている、と言うべきだろう。


 僕は盾になるようにして彼女の父親の前に立っていた。その為、このような状況になってしまっているに過ぎない。


 悪い男が右手に握っているのは鋭利な刃物だ。


 どうして、このような事態になったのか?


 それは僕の背後にいる彼女の父親が立てた復讐の計画が、予定通りに進んでいるからに他ならない。


 彼女の父親は悪い男に刺されるつもりでこの場所に来たのだ。復讐の為であれば命を失っても構わないという強い覚悟の上で。


 その計画になかったのは僕の行動の方だ。恐怖よりも先に躰が動いてしまっていた。


 悪い男が振り上げようとする刃物の動きを双眸で追いながら、僕は考え続ける。


 どうして、こんな行動をとったのか?


 決まっている。彼女には笑顔の方が似合うからだ。それを守れるなら十分ではないか。


 見つけ出した答えに満足しながら全身に力を込める。


 そして、覚悟するように双眸を閉じていた。

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ひたむきに、願ったにすぎない 坂本 大太郎 @daitarou_sakamoto

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