夏休み

第13話 そして夏休みは始まる

 それから、思った以上にテストはあっけなく過ぎて行った。


 今日は、終業式。夏休み始まりの合図と言うわけだね!僕 ― 心羽みうにとっては最重要とも言える期間である。


「休み中も、我が校の生徒だという自覚を持って、責任のある行動を・・・」


 絶対にだれも聞いていない教頭の話が長々と続き、生徒全員が失望しかけていたものの、苦しみも遂に終わり、やっと夏休みが始まりを告げた。


「ねえ稜生いつき、夏休み、遊びに行こうよ!」


 帰り道で稜生いつきに提案した。


「そ、そうだな!何処か行きたいところはあるか?」


 稜生いつきは恥ずかしそうにしている。やっぱり、僕を男友達とは別の何かとして認識しているのだろうか。


 それが狙いだから良いけどね。


「う~ん、どうだろ?海とかも良いけど、カラオケとか無難なところも行ってみたいよね!」


「おう。暇な時に呼んでくれ」


 笑顔で「うん!」と答える。


 今日は僕が稜生いつきの攻略をしている!体制を立て直した! ― って僕は何を言っているんだろう。


◇◇◇◇


 休みが始まってから一週間。まずは最初の大イベントが訪れた。


 その名も、地歴部の合宿。歴史的建造物の見学という名目で、京都に行くらしい。正直言うと、完全にただの旅行・・・


 でも楽しかったら別にどうでも良いよね!


「やあー、心羽みうちゃん!今日は素晴らしい天気だな!」


「おはようございます!部長!」


 集合場所の駅に着くと、地歴部部長:優愛ゆあが立っていた。時同じくして、鈴斗りんと三崎みさき、さらに仁美ひとみが到着する。


「まだ稜生いつきは来ていないのか。遅いな」


「早く出発したいですね。私は普段、世界史を専門としているので、日本の歴史は新感覚です」


「今回は藤堂とうどう君に勝ったわね。集合の速さで」


 それぞれが挨拶を全くせずに意見を放った。さて、ここで一人だけ来ていない人物がいる。


 稜生いつきは何処にいるの!?


稜生いつき君、遅いねえ―。まさか寝坊でもしたか?アハハ!」


 笑いながら話す優愛ゆあだった。怒ってはいない様子だったけれど、少し心配はしているようだった。


 そして、鈴斗りんと三崎みさきは明らかに苛立ちを覚えている。僕たちも、さっき着いたばかりだと思うんだけど・・・


「黙れ」


 耳元で鈴斗りんとが囁いてきた。相変わらず恐ろしい、人の考えを読み取る能力・・・


「褒めてくれてありがとう」


 彼とは、毎回こんなくだらない争いをしている気がする。


 そんな中、ふと後ろを確認すると、稜生いつきが歩いてくるのが見えた。


稜生いつき、遅いよー!」


 僕が声をかけると、


「すまん。昨日、寝るのが遅くなってな」


 素直に謝ってきた。他の相手と喋るときの彼は、ここまで単純じゃないのに。


 やはり僕は稜生いつきにとって特別な人だよね!


稜生いつきが寝るのが遅くなった理由は旅館でお前と同じ部屋で寝るから、だそうだ」


「ひゃっ!?」


 鈴斗りんと、絶対に言わないで良かった情報を!僕が緊張するじゃん!


「おーい、揃ったなら出発するぞー!あと数分で新幹線が来るからな」


◇◇◇◇


 新幹線に乗った後。座席は、僕が稜生いつきの隣で、その前の列の窓側に鈴斗りんと、そして反対側に優愛ゆあ三崎みさき仁美ひとみが横並びになっている。


「楽しみだね」


「まあな」


 稜生いつきはどうやら、ゲーム機を持ってきているようだった。あんまり僕の方を見ないためだったりする? ― じ、自意識過剰なだけだよね!?


 周りを見ると、各々が自分のことをしていた。優愛ゆあはスケジュール表を見ながら「うむうむ、我ながらに素晴らしい計画だ」と呟いていて、三崎みさきは前回の”東ローマ帝国の滅亡”という本とはまた別の、巨大な本を読んでいる。


 仁美ひとみは真面目に数学のワークを進めていて、鈴斗りんとはノートパソコンを開き、いつも通り”多世界存在説”という謎の論文を書いている。


 なんとなく、真面目そうな行動を取っている二人と意味の分からない行動を取っている二人に分類できる気がする ― だけど、結局はみんな変人だから何とも言えない。


 コテッ。


 気づくと、僕は稜生いつきに寄りかかっていた。寝てしまっていたらしい。


 稜生いつきは全力で目を背け、ゲーム機の画面を眺めている。必死に。


 彼の温もりを感じ、少しだけ、このままでいたいと思ってしまった僕がいた。だから、そのまま目を閉じて・・・


 再び目を覚ました時には、京都に到着していた。 

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