第10話 テストは回避できない

 時が経つのは早く、7月になり、高校でもっとも嫌われているイベントが始まる。その名も、「期末テスト期間」。


 今日もいつも通りに登校して、いつも通りに教室に向かったけど、雰囲気が以前と全く違う。


 もちろん、いつだって明るくてうるさい人はそのまま。でもやっぱり教室は少し静になっていた。


「あと一週間で期末テストだね・・・僕、大丈夫かな?」


 稜生いつきに話しかける。


「大丈夫だろ。別にテストで失敗しても、人生終了って訳でも無いしな」


 稜生いつきは読んでいる本から目を離し、僕を見る。


 見るというより・・・眺める?


 なんか、凄い視線を感じる。ちょっと緊張するよ・・・!


「そ、そういえばさ、稜生いつき桜丘さくらおかさんから勝負を挑まれてなかったけ?」


 気を紛らわせるように僕は聞く。


「あー、そうだったな。アイツ急に”勝負よ”なんて言ってきて、ふざけてんのか」


 嫌なことを思い出したような稜生いつき


「でもまあ、これさえ乗り越えれば夏休みだもんな。そんなに悪くはないか」


 夏休み ― つまりイベント大量発生期。この期間をどう過ごすかによって、「心羽みうルート」の確実性を大いに上げることができる。


「そうだね―。凄く楽しみ! ― いっしょにお祭りにでも行こうよ!」


「お、おう」


 僕の提案に稜生いつきは困惑する。


 ところで、僕の言葉は本音なのか演技なのか。自分にもこれが全く分からない。鈴斗りんとなら分かるかな?


 おそらく、僕はすでに稜生いつきを友達としては認識している。あんなにひねくれていた僕が?この世界に来て、本当に色々変わったと思う。


 じゃあなんで、まだ主人公を「心羽みうルート」に引き込もうとするのか。もしかしたら今の自分に目標が無いからかも。


 主人公のラブコメ妨害の必要がなくなれば、この世界で僕が目指してきたことは無くなる。では、いっそ本当に恋愛を・・・・・?


「おーい、心羽みう。顔が赤くなってるぞ、熱でもあるのか?」


 はっと現実に引き戻された。いつのまにか冷静さを取り戻した稜生いつきが心配してくれている。


 僕は首を振る。


「・・・・・別に、大丈夫だよ」


 教室に先生が入ってきて、全員が席に着きだした。僕もそれに合わせて、急いで自分の席へ向かう。


 目的を失った人間は、無気力になったりする。それを戦略的に防ぐために、今後も稜生いつきを僕に夢中にさせよう。うん、そうしよう ― へ、変な感情があるわけじゃないからね?!


◇◇◇◇


 再び一日が終わる。今日は金曜日じゃないが、部活がある。部長の湯原ゆはら優愛ゆあ先輩が”緊急集会”と称して部員を集めたのだ。


 俺 ― 稜生いつきは部室の扉を開ける。


「お―っ、やっと来たねー!心羽みうちゃんと稜生いつき君!」


 さっそく湯原ゆはら先輩が声をかけてくる。この部活、全員が妙に馴れ馴れしいんだよな。毎回下の名前で呼んでくる。まあ、その影響もあって俺も鈴斗りんと先輩を下の名前で呼んでいるわけだが。


 ちなみに、鈴斗りんと先輩以外の部員は下の名前で呼んでいない。親しいわけでも無いからな。


「さーて!全員集まったことだ。今回の部活 ― 地歴部の緊急集会を始めるとしようじゃないかぁ!」


 俺と心羽みうがいつもの窓側の席に座ると、湯原ゆはら先輩が黒板の前に立って号令をかけた。


 一体この人は何を始めるのだろうか。


「皆、これから期末テストがあるだろう?どうせ一年生たちは勉強で困っている。それで、だ。地歴部の「期末テスト前緊急対策講座」を開講しようじゃないか ―!」


 要するに先輩らが俺らに勉強を教えるらしい。面倒すぎだろ、おい。


 教える側の日比谷ひびや先輩は大喜びの様子。鈴斗りんと先輩はいつものクール顔だ。


「では、私が歴史の授業をしても?」


 想定通り、日比谷ひびや先輩は即座に立ち上がる。


「そうだな。正確には、私たち上級生が全員授業をする。一対一でね!」


 なるほど。授業の質は良いかもな。それでも面倒だが。

 

「さて、じゃあ鈴斗りんと君はは心羽みうちゃんを、三崎みさきちゃんは仁美ひとみちゃんを、そして私は稜生いつき君を教えるとしよう!」


 ということで、俺は湯原ゆはら先輩に一対一で勉強を教えてもらうことになった。 

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