条件あり。双子姉妹との3人暮らし(?)
影乃依 月
プロローグ
気になる相手に自分から話しかけられる人は素直に尊敬する。
相手からどう思われているのか気になってしまうし、自分なんかが話しかけると引かれてしまうかもしれない。
たとえそうならないとわかっていてもきっと俺にはできないだろう。
このままではいけないという気持ちはもちろんある。
そこで卒業までに彼女へ想いを伝えると期限を決め自分を追い込むことにした。
「明日こそ絶対彼女に話しかける」
帰宅後、鏡に映る自分に向かって約束を破らないように強めの口調で言う。
寝る準備を整えベットに入った後も頭の中で何度も言い聞かせるように反芻しながら眠りについた。
翌日、想像もしていなかったことが起こり俺の頭はぐちゃぐちゃになることに。
結論から言えば祖母から連絡があり縁談の話を持ち掛けられ、あまりに突然すぎてそのことを理解するのにかなりの時間を費やし三十分ほどかかるはずの下校を一瞬に感じた。
家の前でカギを取り出しドアを開けようとしたところで違和感のようなものを感じてドアノブを回す。
いつもなら鍵がかかっていて開かないはずだが今日はドアノブが周り、少し警戒しながら扉を開けてなかに入ったことで鍵がかかっていなかった理由を知ることになる。
普段そこにはないもののどこか見覚えのある靴が綺麗に揃えられていた。
それが目に入ってすぐ背筋を伸ばし着ている服を正す。
特に気崩していたわけではないが彼女に会うときの癖になっているからついしてしまう。
一度軽く深呼吸して心を落ち着かせ、リビングに向かうドアを開く。
「ただいま、ばあちゃん」
「おかえりなさい、泉。話があるから先に手を洗ってきなさい」
そこにいたのは祖母でなぜここにいるのかは言われなくともわかる。
電話で話していたあの件しかないだろう。
正直、気は進まないが聞きたいことも多くあり俺も早く話をしたかった。
一番聞きたいことはなぜ縁談の話が出たのか。
家は別に裕福ではないしそんな話が出るような家柄ではないはずだ。
洗面所に行き手を洗いタオルで手を拭いた後リビングに戻りながらそんなことを考えた。
リビングに戻ると祖母の正面にある椅子へ座るように促され従う。
「それじゃあ返事を聞かせてもらおうか。縁談を受けるのか受けないのか」
「ばあちゃん、その前に聞きたいことがあるんだけどそれを聞いてからでもいいかな」
思っていた通り、縁談の話をするために来ていた。それも母のいない時間を狙って。そうしたのはまだ母に聞かせたくないのかそもそも聞かせる気がないからなのかもしれない。
あれこれ頭で考えてみても祖母がどう考えているかはわからない。
だからこうして気になっている二つのことを直接聞くことにした。
祖母は無言で俺が話すのを待っている。
「聞きたいことは二つあってまず、どうして縁談の話が来たのか?もう一つはどうして母さんがいない時間に来たのかを聞きたいんだけど」
それを聞いた祖母は少し考える素振りを見せ、俺を一瞥し目を閉じる。
はぁ、と短く息を吐きだし俺の目をじっと見る。
「分かった。ただ、話が長くなるからお茶を飲みながらにしようか」
祖母が言ったように話は長く、聞き終える頃にはもう日は完全に沈んでいた。
まだ何か隠されているような気もするが、噓をつく人ではないので何か言えない事情があるのかもしれない。
頭の中で祖母から聞いた話を簡単にまとめる。
昔助けたことのある知人から娘のことを心配していて信頼できる相手が欲しいという話から縁談につながった。
母のいない時間に来たのは金銭的な支援をしようとしていてそれを聞かせたくなかったため。
正直、祖母の話を聞いて縁談に対する気持ちが少しだけ変わった。
母は父と離婚した3年前から必死に働いて俺を育ててくれている。
少しでも家計を助けようと高校に入ってすぐバイトしようとしたが却下され、その後も何度か話をしようとするも避けられこちらが折れることしかできなかった。
その代わり、家事でできることは積極的に行い母の負担を減らすためにできる限り早く家に帰るようにしている。
俺としては当たり前のことをしているのだが、母は申し訳なく思っているらしく家事をし始めてから週に一度は必ず俺の好きなものを買ってくるようになった。
母の負担を減らしているつもりが逆に増やしているのではないかと感じていたなかで祖母の持ってきた話は魅力的に思えてしまう。
「さて、そろそろ帰らないといけないから答えを聞こうか」
祖母の言葉で考え事をやめ目の前の問題に向き合うまでもなく答えは決まっている。
「縁談、受けるよ」
俺の言葉を聞いた祖母は優しく微笑み「そうか」とだけ言い帰る支度をし、玄関に向かい俺はその後ろをついていく。
「言い忘れていたけれど、日程は決まり次第連絡するから予定を開けておくんだよ」
そう言って祖母は家を後にし、彼女の背中が見えなくなるまで見送った。
その後、母が帰ってくる前に晩御飯作りに取り掛かり料理をテーブルへと運ぶ。
連絡がきていないことを確認しお湯をためるために浴槽の掃除をはじめ、掃除が終わったタイミングで玄関の方から「ただいまー」という声が聞こえお湯張りボタンを押してリビングに向かう。
家のルールとして可能な限り一緒にご飯を食べるというものがあり、帰ってきた母にお風呂か食事どっちを先にするか聞くと「お腹すいたー」と返されたのでご飯を茶碗に盛りながら服を着替えてくるように促す。
部屋着に着替えてリビングに来た母と一緒にご飯を食べながら、今日あったことを話せるこの時間を俺はかなり気に入っていてできる限り楽しい話を心がけているため祖母とのことはまだ話さないことにした。
翌朝起きるとまだ家に母がおりリビングにあるソファーに座り難しい表情を浮かべていて声をかけるために近づいたことである程度状況を理解する。
母の膝の上にスマホが置かれていて祖母からメッセージが送られてきていた。
勝手に画面を見るのはマナー違反だと思っているためすぐに目をそらしたが見てしまったことに変わりはないので昨日話さなかったことを言うことに。
「母さん、実は昨日────────」
「泉、お母さんに話してないことあるよね?」
俺が話す前に遮られ逆に聞かれてしまう。
普段優しい母だがこういう時は少し怖く、正直に話すことしか許されないように感じる。
実際どうなのかを試したことはないから感じるという曖昧な表現しかできない。
今回もいつもと同じように正直に話すのがいいだろう。
「昨日、ばあちゃんが来てて縁談の話をされて受けるって答えた」
「で?」
「それだけだよ」
「本当に?ほかに何か隠してることはない?」
「うん、本当にその話をしただけだよ」
「ならいいけどできればお母さんに話してから決めてほしかったかな」
「ごめんなさい、次はちゃんと母さんに話してから決めるようにするよ」
「わかってるならいいよ。おばあちゃんから縁談の日は聞いたの?」
「いや、決まったら連絡してくれるって言ってたからまだだよ」
「なら今週末に決まったってさっき連絡があったから準備しておくのよ」
「わかった、ちゃんと準備していくね」
「あ、そうだ。お母さんもついていくことになったから」
「うん」とだけ答え、朝食の準備をして食べ終えた後学校の準備を整え家を後にする。
週末、お見合いのために祖母・母・俺の三人で指定されたレストランへ向かう。
立地としては大通りから路地に入ってしばらく歩いた場所にあるため隠れ家的な雰囲気を受ける。
祖母の話では元々料亭だった場所で今のレストランのオーナが買い取りより庶民的なお店に変えたらしい。
店内はソファ席と座敷がありそのすべてが個室となっており家族連れはもちろん芸能人や政治家などもよく店に来るらしい。
店に入ると座敷のある奥へと通され相手が来るのを待っておくことに。
手前側に座り奥から祖母真ん中に俺、その隣に母という順番で腰を掛ける。
祖母も母もいつも以上に着飾っていてその姿を見ていると緊張してしまう。
そもそも初対面の人と会う時点である程度緊張はしていたがなにか失礼なことをしてしまうとこの二人に迷惑をかけてしまうことになり、そのことがより緊張を強く感じることとなり俺の心音は過去に比べようのないほど大きくなっていた。
数十分ほど経ったころ座敷の戸がノックされた後開き、お見合い相手が部屋に入ってきたため服を整えてから立ち上がり相手のほうに顔を向ける。
まず目に入ったのは父親らしき人物で後ろに母親らしき人物、そのさらに後ろに縁談相手。
入ってきた彼女の顔を見てしまったことで俺はさっきまでの緊張が消え去った代わりに怒りにも似た感情で支配される。
そこにいたのは
俺と同じ学校に通い同学年で学内ではかなり人気があり、肩にかかるかかからないかくらいの長さの茶髪とぱっちりとした二重が印象的な可愛いというよりは美人な彼女。
そんな彼女が人気な理由は異性に対する当たりの強さと同性に対する優しさ、特に自身の妹に対する溺愛というギャップ。
これにやられた男子は俺の知る限り少なくとも二桁はいて仲のいい友人のほとんどが彼女のことを好きになっている。
そういう俺も彼女のことを好きというか気になっていた時期があったもののとあることをきっかけに彼女に対する気持ちは好意から恐怖に近い感情に変わっていった。
それ以来、俺は一度も彼女と話しておらず極力顔を合わせないようにしている。
彼女が視界に入っただけでも吐き気や胃痛に襲われてしまい一日中憂鬱な気分になってしまう。
だからこうして顔を合わせてしまったいま、この場から離れたいという気持ちが強い。
場の空気を悪くしてしまうかもしれないことは一旦忘れ、お手洗いに行くということでその場を離れることに決め何とか言葉にする。
「すみません、一度お手洗いに行ってきますね」
軽く会釈をしすぐにお手洗いに向かい入ってすぐにある鏡で自分の顔を確認すると予想通り体調不良が一発で分かるほど青白くなっていた。
このままでは気を遣わせてしまうことになるかもしれないと思い少しでも顔色がよくなるまで待つことに。
しばらく経つと落ち着いてきたのでお手洗いから出ると祖母と母が心配そうな顔をしながら待っていた。
たぶん二人とも俺がいつもと違うことに気づいていたのだろう。
それに気づかないふりをしつつ、心配をかけないようにいつも通りを見せることはできる。
でも、そうしたところで二人とも納得しないし噓をつくことになってしまうからここは正直に話す方がいいだろう。
「ばあちゃん、母さん聞いてほしい話があるんだけど聞いてくれる?」
二人が頷いてから薫との間にあったことを話した。
話し終えると二人はしばらく下を向き何か俺に聞こえない声で言い俺の目をじっと見る。
「まずは話してくれてありがとう。それとこのお見合いを受けてくれてありがとう。でも、泉が無理をすることは私もお母さんも望んでないの」
「そうよ、無理はしてほしくないしもし嫌ならもう帰ってもいいんだよ?というか、お母さんとしてはもうこのお見合いはしなくていいと思っているの。もちろんおばあちゃんもね」
そう言ってくれた二人の表情は穏やかだったがいつもと違い、その目の奥には怒りというか憎悪に似たような感情を宿していた。
(もし、このまま席に戻ると薫に対して何をするのかはもちろん彼女の両親に対して何をするのかわからない。それなら────────)
「ばあちゃん、母さんありがとう。正直、今すぐにでも帰りたいけど最後に確認しておきたいことがあるからもう少しだけいるよ」
「それとできれば彼女と二人で話す時間が欲しくてその間向こうのご両親と話をしてもらっててもいいかな?もちろん、俺が話したことは言わないでほしいんだけど......」
「泉がそうしたいなら」と二人とも理解してくれてそのまま席に戻る。
「すみません、お待たせしました」
数十分離れていたからか彼女はもちろん薫の両親もどこか不安そうな表情を浮かべている。
このまま話に持っていくのに違和感を感じ、少しでも安心してもらえるように「緊張でおなかが痛くなってしまって」と適当な理由をつけた。
それを聞いて薫の両親は分かりやすくほっとしているように見えるが彼女は何とも言えない表情のまま変わることはない。
それもそのはず、いつあのことを言われるかを気にしているのだろう。
もし俺がそのことを話すと薫の両親はどう思うか?また、俺の祖母と母の反応も気になっているはずだ。
祖母の話では以前、彼女の両親を助けたことがありその縁でいまこうしてお見合いを行っている。
つまり、両親にとって恩人である人の孫を自分の娘が傷つけたと知るとただじゃすまないことを理解しているだろう。
これはあくまで想像だが、薫は俺とは違った意味でこの場を後にしたいと思っているか、何とかして俺の口止めをしたいと思っているかもしれない。
そう思っているのであればこちらとしても都合がよく、二人きりで話す時間を確保できる可能性が高くなる。
(ここで言ってしまう方がいいか)
「少し薫さんと二人きりで話をしたいので席を外してもいいですか? 」
「えぇ、もちろんですよ。薫もいいよね? 」
「は、はい、もちろんです」
彼女の声は少し震えていて表情は硬く緊張しているのが伝わってくる。
それは彼女の両親にも伝わっていたようで母親が背中をポンと叩く。
頑張れなのか、大丈夫なのかはわからないがおそらく安心させるための行動だったのだろう。
彼女の表情が和らぐまで少し待ってお手洗いに行く際に見つけていた場所に向かいそこで話をすることに。
いきなり本題に入るのも良くないと思い当たり障りのないことから話すことにした。
「話すのは中学の時以来だよね?まさか大北さんがお見合い相手だとは思わなかったよ」
二人きりになってからずっと気持ち悪い感じがあったものの普段通りを装う。
「私も西宮くんが相手だとは思わなくてちょっとびっくりしちゃった」
思っていたよりもいい反応が返ってきたことを意外に思い少し黙ってしまう。
数秒静かな時間が流れ、それを気まずく思ったのか彼女に対して俺から訊こうと思っていたことに触れた。
「もしかして私、西宮くんに何かした?もししていたなら謝らせてほしい」
その言葉を聞いた瞬間、自分の間違いに気が付いた。
彼女の中ではあのことがその程度のものだという認識でしかないことを理解していなかったのだと。
それと目の前にいる人間に何を言っても意味がないことにも。
元から謝って欲しかったわけでも非を認めてほしかったわけではなかった。
彼女だけが悪いわけではなく俺にも悪い部分があったから。
それでも、少しは思うことがあるというか彼女にも感じるところがあったとそう考えていた。
虚無感に似たようなものを感じているこの状況で彼女に話すことなんて何もない。
「ううん、何もないよ。ちょっと話したかっただけだからそろそろ席に戻ろうか」
この無意味な時間を終わらせるために彼女にそう言って席に戻りながら自分に言い聞かせる。
彼女の認識を知れたことはいいことでありこれ以上彼女にかかわる必要がなくなったのもいいことだと。
席に戻ると料理が運ばれてきていて食事をすることになり、料理はどれもおいしく会話も適度にしつつ一応は楽しい時間を過ごす。
食事を終えデザートを頼もうかという話が出た時、言おうと思っていたことを言うことにした。
「あの、今日は本当にありがとうございました。実は少し体調が悪くて帰らせていただければと・・・・・・」
口から出た言葉は直前まで言おうとしていたものではないことに自分らしさが出る。
面倒ごとになるくらいなら何もしない方がいい。
そうだ、このまま何も言わずにいつも通りの日常へ戻り彼女とは関わらないようにするのがいいに決まっている。
自分のした選択を肯定するように頭の中でそんな言い訳を並べつつ周りの反応を窺う。
祖母と母は何かを察しているのか俺の目を見てから視線を下に落とし、彼女とその両親は三人で顔を見合わせてから俺のほうに視線を向ける。
その視線が正直怖い。
日程を調整しこのレストランの予約をしていたのは彼女の両親できっと忙しい中で時間を作ったからいまがあるのだろう。
それをいきなり体調が悪いからという理由で無為にしようとしている。
例え恩人の孫だとしても決して気持ちのいいものではないだろう。
怒られはしないだろうが怒られた方が俺の気持ちとしては楽だ。
どうかそうなってくれとどこかで願う自分がいる。
当然そんなことにはならず、「そうだったんですね、それはわるいことをしてしまった」と頭を下げて謝られた。
祖母と母と俺が「気にしないでください。悪いのはこちらなので・・・・・・」と言ったものの逆に「本当に申し訳ない」と謝られるのを数回繰り返す。
「え、どういう状況? 」
座敷の扉が開き、俺にとっては聞き覚えのある声がする。
部屋にいた全員が声のする方へと顔を向けた。
そこに立っていたのは薫の妹の
俺は薫を見た時とは異なる感情で心が満たされた。
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