091

「あが……が……」


 空気の通り道が塞がれる。

 微量の酸素しか、肺に供給されない。


 視界はもやがかかったように黒く染まり始めていた。


 首の感覚から、誰かの手によって絞められていることはすぐに分かった。


 ただ、それが誰なのかは分からない。

 考えている余裕もなかった。


 俺はかすかに震える手を喉元に伸ばした。

 首と手の隙間に両手を差し込む。

 そうして首に少しの隙間を作った。


「かはっ……」


 ようやく息ができるほどの酸素が肺に送られ、俺は咳き込んだ。

 靄が晴れ、視界は少しずつ澄んでいく。

 同時に、冷静さも取り戻していった。


 俺はすぐに、イギルたちのチームを見た。


「……ダフネだな」


 両手に力を込めたまま地団駄じだんだを踏み、俺のかかとはダフネのつま先を仕留めた。

 一瞬だけ、ダフネの手の力が緩む。

 その機を逃さず、俺は一気に掴んだ手を広げた。


 振り返り、バックステップでその場を離れる。

 

 そこにいたのは、やはりダフネだった。

 メガネの奥から、光のない瞳がのぞく。


「そうだ、サラは……」

「アタシは大丈夫、ここにいる」


 声のした方を見ると、サラは俺の後ろで腰を抜かしていた。

 サラをかばうようにし、イギルとダフネを交互に見る。


 イギルは顔をしかめて舌打ちをした。


「おいダフネ、何してんだ。仕留めろっつったろ」

「も、申し訳ありません」


 ダフネの顔色が青く染まる。

 しかし、目の奥に感情は見えなかった。


「お前ら、やれ。女の方はダフネ、お前に任せる。俺は男の方からカードを抜き取る」


 イギルの後ろに控えていた奴隷のうちの1人が、サラに両手を向けた。

 ピクリとも動かぬ無表情で、ボソボソと呟く。


 その瞬間、白い煙が俺たちを取り巻いた。


「なんだ? 前が見えねえ……。サラ、大丈夫か?」

「うん、大丈夫。それより、イギルたちは? 見えてる?」

「いや」


 俺は眉間にシワを寄せて首を振った。


「煙のせいで、全然見えねえ」


 その時、手足に異変を感じた。

 何かが、巻き付いてくるような感覚。


 不思議に思いながらも、俺はその場から動くことはしなかった。

 イギルたちの場所が分からない以上、下手に動くのは危険だ。


 やがて煙が晴れ、イギルたちが姿を現した。

 彼らはあの場から、一歩も動いてはいなかった。


 一体、何が目的だったのだろう。

 カードを抜き取るんじゃなかったのか?


 イギルは何を言うでもなく、ニマニマと笑みを浮かべたまま突っ立っている。


 そんなイギルを不気味に思い、少し距離を取ろうと足を動かす。

 その瞬間、気がついた。


「なんだこれ、身体が動かねぇ……」

「アタシも……」


 手足を動かそうと、身体中に力を込める。

 しかし、何度やっても目に見えた効果は得られなかった。

 手足の一部に、何かが巻き付いた感覚だけが残った。


 どれだけ振り払おうと手を動かしてみても、見えない何かは離してくれない。


 視界の端に、俺たちに両手を向けたまま動かない奴隷の姿が映った。


 よく見れば、イギル以外の全員が腰に杖を携えている。

 彼らは全員、魔法使いらしい。


 この現象は彼らの魔法によるものなのだ、とようやく分かった。


 身動きの取れない俺に、イギルが近づいてきた。


「何を……っ」

「うるせえ、騒ぐな。カードは……っと、ここか」

「おい、やめろ、返せ……っ」


 口で何を言っても、イギルには届かない。


 ポンポン、と俺の全身を叩くイギル。

 ズボンの右側部分を叩いたとき、イギルの顔に笑みが浮かんだ。

 俺の右ポケットをまさぐり、カードを取り出した。




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