009
俺は騎士に抱きかかえられながら、地下三階から出た。
四肢は失ったままなので、自分一人では自由に移動することもできやしない。
回復魔法を頼んでも、どうしてか聞き入れてはもらえなかった。
一応布を巻き付ける形で止血は
が、それだけで血流を止められるはずもなく、傷口に押し当てた布は真っ赤に染まっていた。
何度も切り落とされた四肢は、拷問が終わった今でもジンジンと痛む。
傷口が塞がっていないのだから、当然といえば当然なのだが。
手足を無くした自分の身体を見て、さらに気分が悪くなった。
俺は今、どこへ向かっているのだろう。
騎士からは「出ろ」と言われただけで、目的地までは知らされていない。
自分がこの後どうなるのかも、分かってはいなかった。
あまりにも情報量が少なすぎる。
疑問点が多すぎるのだ。
なぜ突然檻から出してもらえたのかも、なぜ回復魔法を施してもらえないのかも、俺には分からない。
……もしかして、無罪が証明されたのだろうか。
「……いや」
それはない、と首を振る俺。
もしそうだとしたら、俺はとっくに解放されているはずだ。
四肢を欠損させたまま、放っておくことはないはずだ。
つまり、まだ終わっていない。
この先に何かが待ち受けている。
その何かを考えて、再び恐怖心に襲われた。
長い廊下を通過した後、騎士団の施設を出た。
久々に身体に日の光を受け、それが何よりも心地よく感じた。
真冬だというのに、これまでよりずっと暖かかった。
施設の前には、馬車が用意してあった。
* * *
馬車で揺られる時間が長くなるにつれ、俺の不安も比例して大きくなっていった。
また、地下室に入れられるんじゃないか。
場所を変え、再び拷問が始まるんじゃないか。
これまでのものが軽いと感じてしまうような、暴虐を繰り返されるんじゃないか。
そんな不安が、どうしても頭から離れない。
「……」
こんなこと、考えてもどうしようもないよな。
気分を変えよう、と俺は窓の外を見た。
俺の目に、見覚えのある建物が映った。
訓練場で剣の鍛錬をしている時、いつも目に入る大きな建物。
このエドワード王国が誇る、世界最大規模の王城だった。
鼓動が速まる。
これから俺はどうなるのだろうという疑問が、ここに来てさらに強くなった。
だが、大丈夫。大丈夫なはずだ。
王城につれてこられたのなら、ここにはリンもいるということ。
彼女なら、俺が無罪であると証言してくれることだろう。
馬車が止まった。
扉が開き、俺は騎士に抱きかかえられたまま馬車を降りた。
降りた場所は、王城の真隣にある大きな広場だった。
広場は、あの巨大な騎士団の本部施設が5つは入るくらいの大きさだという。
広場の中央には、かの有名な大聖女の銅像が建てられていた。
大聖女は大昔、南大陸へ遠征に行ったきり行方が分からなくなってしまったという初代の聖女であり、そしてこの国の王女でもあった人物である。
高さ50メートル以上もある彼女の銅像があるこの広場は、このエドワード王国の中でも人気の観光スポットだ。
これは余談だが、人間が魔族と敵対し始めたのは大聖女が原因だと言われている。
当時、南大陸に生息する生物の大半が魔族だったということもあり、その大陸で大聖女が行方不明になったとなれば、危機感を抱くのは当然のことだった。
各大陸の人間は、その頃から南大陸との関係を絶った。
南大陸に関する文書も燃やしてしまったためか、今ではどこを探しても大陸の記録は残っていない。
おかげで、今の時代を生きる人々にとって南大陸は未知の領域となっていた。
さらに大聖女の消息が不明になったのは魔族が原因ではないかと考えられ、各大陸では魔族を迫害する運動が活発化していった。
魔族を見つけ次第、駆除しなければならないという法律を制定した国もあるそうだ。
まあもっとも、この法律は意味がないと世間では言われているが。
魔族は
右手には、真っ白な壁があった。
この壁の向こうには、王城が建てられている。
「ていうか、何で広場なんかに……。俺が行くのは王城じゃなかったのか?」
それとも、この広場に何か用があるのだろうか。
記憶を辿っても、この場所に俺の今後につながる何かがあるとは思えない。
不意に、視界が動いた。
騎士が広場の中央へと歩を進め始めた。
俺は進行方向に目を向ける。
遠くの方で、人だかりができているのが見えた。
見た感じ、500人はいるだろう。
それほど大勢の人間が、一箇所に集まっている。
あそこで何をしているのだろう。
あの場所に、国民が興味を示すようなものなどなかったはずだが。
「……なあ、あれって何の集まりなんだ?」
「……」
この時、自分の声が酷く枯れていることに気が付いた。
拷問を受ける際、叫びすぎたせいだろう。
喉が
騎士から人だかりへと視線を移し、首を傾げて遠目からそれを眺める。
あそこにいる人々は、なぜ集まっているのだろう。
「……ああ、そうか、今日は12月24か」
クリスマスの前夜だ。
ちなみに、俺の誕生日でもある。
あそこで、クリスマスのイベントか何かが行われているのだろう。
この広場は、イベントを行うには丁度いい広さだ。
俺を抱えた騎士は、その人だかりの方へと向かっていった。
ここにきて、ようやくはっきりとした疑問が頭に浮かんだ。
なぜ、クリスマスのイベントに俺を連れて行くのだろう。
わざわざ拷問部屋から出て、来る場所ではないように思う。
「……?」
騎士に抱えられるまま人だかりの近づいて、ふと違和感を感じた。
クリスマスを彷彿とさせるような雰囲気ではなかったからだ。
ヒソヒソと、話し声は至る所で聞こえてくる。
しかし、なぜか賑わっているようには思えない。
人々の表情はあまりにも暗かった。
「……?」
人々は何かを囲むように集まっていた。
人だかりの中央を、目を凝らして見てみる。
ようやく、木製の扉のようなものが見えてきた。
その扉の周辺には、誰も寄り付かないでいる。
あの扉はなんだろうか、とさらに目を凝らして。
「……ッ」
俺の脳が、ようやくそれを認識した。
ある一つの単語が脳内を
まさか、と嫌な予感がした。
冷や汗で背中が濡れるのを感じる。
騎士の腕から逃れようと身を動かすが、四肢のない俺には目に見えた成果は得られなかった。
俺の抵抗も虚しく、騎士は人々の集まりの中へと入って行く。
人々は騎士を姿を認めると、即座に道を開けた。
そして現れたのは、正義の柱。
通称、ギロチンである。
王城にある広場に、即席の死刑台が設営されていた。
それを見て、ああ、と俺は悟った。
目的地は、死刑台。
四肢を切り落としたまま回復魔法を施さなかったのは、俺に逃げられないようにするためだろう。
俺が五体満足であれば、隙をついて逃げられる可能性が出てきてしまう。
最初から四肢をなくし、胴体だけにした状態で運ぶのは、きっと正しい判断だろう。
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