7食目 『カブの葉で作るふりかけ』の苦みは大人への階段

第1話「前世は私の『好き』を認めてくれなかった」

「いっつも一人で何やってるんだろ」

「私、絵、描いてるの見たことあるよ」


 人が嫌いだったわけじゃない。

 クラスメイトとお喋りするのと、絵を描くのは、どっちが好きと聞かれたら、私は真っ先に絵を描く方だと答えるような人間だった。


「えー、気持ち悪い」


 だけど、教室で絵を描いているだけで変な視線を向けられたことがある。

 小学生までは凄いって褒めてくれた人たちは中学や高校ではいなくなってしまって、絵を描く私は気持ち悪いって扱いをされた。


(なんで? ただ、絵を描くのが好きなだけなのに……)


 好きなことを極めることの何がいけないのか。

 オタクが偏見を持たれていたのは大昔の話で、今は個性が尊重される時代のはず。

 それなのに、私は、私だけは、クラスの子から気持ち悪い扱いをされた。


(今日も、一人……)


 遠足って何?

 運動会って何?

 文化祭?

 修学旅行って、どういうもの?


(どこに行っても、私は独り……)


 出席日数どうのこうので、無理矢理参加した行事もある。

 だけど私は、心の底から笑い合うクラスメイトたちの輪の中に入ることができなかった。

 熱心に行事に取り組む後輩たち。

 学校生活最後の行事に涙を流す先輩たちを、冷めた目線で見つめることしかできなかった。


(絵を描くのが好きなのは、いけないこと……?)


 私は、いつもいっつも、みんなの輪から外れていた。

 自業自得って人は言うけれど、私は私で必死だった。

 今度こそ、みんなと一緒に行事に参加するんだって意気込んで、みんなの輪に混ざろうと努力した。

 でも、その意気込みこそが裏目に出てしまう原因だったのかもしれない。やっぱり私は、みんなの輪の中に入れなかった。


(なんで、私だけ、気持ち悪いって言われるの……?)


 大きくなれば、事情も変わる。

 少しは私のを認めてくれる人に出会えるんじゃないかと思っていたのに、私のを認めてくれたのは小学生の友達だけだった。

 でも、そもそも小学生のときに褒めてくれた人たちは、お世辞を口にしていただけなのかもしれない。


(そのお世辞に調子に乗ったから、気持ち悪いって言われるようになった……)


 長すぎる夢を見ると、人は物凄い疲労感を感じて目を覚ましてしまうらしい。


(前世の夢を見せるなんて、神様も意地悪すぎる……)


 私を気持ち悪い扱いしてきた人たちは異世界にはいないからこそ、前世の記憶が夢の中で再現されるなんて気持ちが悪い。


「ミリちゃん、だいじょうぶ?」

「うえっ!?」

「……うえっ?」

「あ、ごめんね、コレットちゃん! 考えごと! 一人で物思いにふけっていました!」


 お店の営業時間が終わると共に、お母さんに連れられたコレットと私は再会を果たした。

 コレットが退屈しないように絵を描いて楽しませていたけど、絵を描く時間は今朝見た夢の内容を鮮明に甦らせてくる。


「んと、からだいたいの? かぜ?」

「大丈夫、大丈夫、元気……」


 せっかくお店に遊びに来てくれたコレットを絵の力でもてなしたいと思って、再度手に力を込めようとしたときのことだった。


「間食」


 ディナさんが、果物とヨーグルトらしきものを混ぜ合わせたデザートを運んできてくれた。

 異世界の果物はさっぱり分からないけど、見た目だけならバナナとみかんとリンゴのような果物が私の視界を彩り始める。


「ミリちゃん、たべよっ」


 コレットの兄嫌いは本当らしくて、コレットはほとんどディナさんと言葉を交わさない。

 コレットをお店に残していったお母さんだけは唯一ディナさんと言葉を交わしていたけど、コレットはそんなお母さんの姿を見てもディナさんに懐こうとしない。


(ディナさんと、どうやったら仲良くなれるんだろう)


 友達がいたのは小学校の頃までで、そこから友達を作ることと縁がなかった私に兄妹を仲良くするための案が思い浮かぶわけがない。


(ディナさんが作った物は、ちゃんと食べてくれるんだ)


 親友と呼べるような存在はいなかった。

 ましてや彼氏なんて高貴な存在がいるはずもない。

 完全に対人スキルが不足している私には、ディナさんとコレットの関係をどうするのが一番なのか分からない。


「って、コレットちゃん!」


 お絵描きをして、美味しい物を口にしたせいか、幼いコレットは眠気に誘われたらしくて首をこっくりこっくり動かし始める。


「あとで、食べよっか?」

「んん……まだ、たべる……」

「果物は逃げていかないから大丈夫だよ」

「んん……おにごっこ……?」


 コレットの指をゆっくりと伸ばして、手に強く握られているスプーンを回収する。

 そして、瞼を下げたコレットが眠りに就いたことを確認して、私は住居スペースからブランケットを取ってこようと立ち上がる。


「……ディナさん、緊張してますか?」


 そのとき、コレットに視線を向けていたディナさんが視界に映った。

 上手く説明できないのが残念なくらい複雑そうな顔を浮かべているディナさんが新鮮で、ブランケットを取りに行く前にディナさんに声をかけてしまった。


「不味いって言われたら、どうしようかと思ってた」

「ふふっ、コレットちゃんのことが大好きなんですね」

「妹なんだから、当然だろ」


 恐らくディナさんは、コレットが気づかないところで相当妹のことを気遣っているのだと思う。


(意外と二人きりにした方が、上手くいくのかな?)


 住居スペースから取ってきたブランケットをコレットの体にかけて、コレットにはお昼寝の時間を満喫してもらった。


「そっちこそ、異世界生活には慣れたか?」

「えっと……」


 ディナさんもディナさんでコレットを気にしながらも、私の様子も心配してくれていたということらしい。


「私、正直、前の世界があまり……いえ、大嫌いだったんですよ」

「へえ」

「前の世界が大っ嫌いで、世界を好きになれなかった私は自分の性格まで歪めていって……そう考えると、今の異世界生活は幸せすぎて泣きたくなります」


 私の前世なんて知っても知らなくてもディナさんには関係ないのに、私のことを知ろうとしてくれるディナさんは本当に優しい人なんだろうなってことを思う。

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