第2話「魔法学園に通っていない人間のための魔法講座」

「それにしても、闇魔法が使えたら犯罪に利用されまくりじゃないですか?」


 もちろん闇魔法を攻撃用に使うこともできるけど、生活を豊かにする程度の力しかない私の闇魔法は暗闇に身を隠すことくらいしかできない。


「あるある、覗きとかスリとか」

「でも、警吏けいりが有能すぎて、闇魔法関係の逮捕率は百パーセント近いんだよ」


 警吏けいりっていうのは、恐らく警察的な役割を担っている人のことを指すのだと思う。


「……装備品を奪ったら、犯罪に該当しますか」

「向こうから手を出してきたら問題はないよ」

「……へえ、そうですか」


 一歩でもタイミングを間違ったら投獄エンドという、なかなか恐ろしい提案をされているような気もする。

 けど、クエストに参加したいと申し出たのは私。誰も私のことを誘っていないのだから、自分の言葉には責任を持ちたい。


「あ、やっと俺たちの話し声に気づいたみたい」

「ったく、酒の飲みすぎなんだよ」

「ミリちゃん、闇に潜んで」

「はいっ」


 とんでもなく体格のいい男の人たちが古びた家屋から出てきて、剣やら斧やらを私たちに向かって振りかざしてくる。

 こっちは普通に作戦会議していただけなのに、どうして襲われなきゃいけないのか意味が分からない。


(私たちの目的は、あなたたちの財産じゃなくてニンジンなんだけど……)


 とてつもなく人相の悪い大柄な男たちが、二人を目がけて攻め込んでくる。

 初めて見る戦闘というものに恐怖を感じてしまうけど、二人がいてくれるだけで心強いって気持ちが生まれてくる。


(ゴミも、売れば価値あるかなー……)


 アルカさんの戦闘スタイルは、まるで風を纏っているかのように俊敏に動き回りながら魔法詠唱をするタイプ。

 大柄な男たちの動きが鈍いこともあって、素早さでかなり上のクラスを誇るアルカさんは無敵な存在として戦闘で活躍していく。


炎の矢フラン・ア・ロウ・ファイル


 ディナさんが放った炎魔法が、アルザード村で火災を発生させるのではないかと心配していたのは最初だけ。

 湿った土地と、湿った空気は、男たちと戦うためのちょうどいい火力へと変化させてくれる。


(さすが魔法学園出身……)


 ディナさんが炎魔法を選択したのには、もう一つの理由があった。

 暗闇で戦う環境を整えるために、炎の力で視界を拓いていく。

 視界を良くするためと、敵に撤退を余儀なくさせるくらいの火力。

 両方を同時に手に入れるために選択した炎魔法で、大男たちは次々とダメージをくらっていく。


(ちゃんと付いていかなきゃ……)


 いくら二人の実力が上回っていても、油断することはできない。

 アルカさんは接近戦と遠戦を上手く切り替えながら、次々と敵を撤退させていく。


(素直に、かっこいい!)


 心の中で、そんなことを叫ぶ余裕があるほど二人は強かった。

 私、何をしに来たんだっけ。

 自分の人生を問いただしたくなるほど二人の活躍は華々しいものだった。

 私が国の王だったら、二人を表彰すると思う。間違いなく!


「よしっ! 片付いたかな」

「お疲れ様です」


 私が装備品を奪い取る必要がないくらいの強さを発揮して二人を前に、私が付いてきた意味はあったのかと振り返る。


「もう闇魔法を解いても、大丈夫ですか」

「問題ない」


 クエストへの参加は私の命を心配するところから始まったような気もするけど、その心配はなんだったんだろうってくらい二人が強すぎた。


「あとは、奇跡のニンジンを探すだけですね」


 無事にクエスト終えた私たちを祝福するような、爽やかな風が吹き抜けた。


「でも、この村……そもそも畑がないよね」


 風の祝福を受けた感覚はあっても、無人の村にニンジンが成長するための畑が存在するわけがなくて躓いた。

 クエストを達成するには、奇跡のニンジンをギルドに持ち帰らなければいけない。


(この世界がゲームの世界だったら……)


 なんとなくの勘でしかないけど、どこかにニンジンが埋まっていると考えるのが妥当。

 男たちを退けたあとにニンジンが勝手に登場するという展開が訪れない以上、自分の手を汚す必要があるような気がした。


「沼地に入ってみます」

「え、待って! 底なし沼だったら……」

「クエストとして掲示されているんですから、ニンジンはどこかで息を潜めていると思うんですよ」


 アルザード村には、人がいない悲壮感を訴えかけてくる民家。

 そして、アルザード村を象徴するような大きな沼が広がっている。

 ニンジンではなくレンコンが出てきそうな沼地だけど、私は自ら足を踏み入れるために行動した。


(気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち、悪い……?)


 小さい頃に泥んこ遊びをしたときの記憶が、すっかりと抜け落ちていたらしい。

 沼地に足を踏み入れることは、気持ち悪いこと。

そんな考えが先行していたはずの私を覆してくる、気持ちのいい感覚。


(あ、この感覚……)


 普段は辺境の地で畑仕事をしているはずなのに、なぜか泥濘んだ土は気持ち悪いものだと思い込んでいた。

 でも、沼に足が馴染んでくると気分が高揚してくるのが分かる。


「ニンジン、ニンジン、ニンジンさーん」


 底が見えるわけのない沼地で、沈んでいるかもしれない奇跡のニンジンを探すために手を突っ込んでいく。


「ミリちゃん、破棄してもいいんだよ!」


「無理すんな」


 自分が汚れていくのも分かって、アルカさんにいただいた服もみすぼらしく泥塗れになっていく。


(でも、それでもいい。それが、いい)


 私は奇跡のニンジンを、自分の手で掘り起こしてみたい。

 二人の優しい声を励みに、私は沼地でのニンジン探索に明け暮れる。

 顔立ちの綺麗な二人を沼地に招き入れるわけにはいかず、自分独りでなんとかクエストを達成できるように気合いを入れた。


(民家から、ニンジンの入った宝箱が出てくるって展開はないと思うんだけど……)


 宝箱を漁るだけのクエストなんて簡単すぎる。

 そうは思うものの、奇跡のニンジンとやらが姿を見せることもない。

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