第6話「得意と不得意、できることとできないこと」
「ちなみに梅干しの種は、どうやって叩く……」
「叩けるものなら叩いてもいいけど、普通は取り除く」
「ですよねー……」
ディナさんにとっては当たり前のことも、私にとっては当たり前ではない。
こんなこと聞いてもいいのかなってことも、きちんと確認しながら私は作業を進めていく。
「用意した半分は叩いて、残り半分は手でちぎってくれ」
「私の工程、多くないですか?」
「魚の担当するか」
「申し訳ございません……」
それぞれの作業が違うってことに不安を抱き始める。
私が薬味と梅干しの準備に失敗したら、料理の味に影響を与えるのは間違いない。
そんな私の不安を余所に、ディナさんは魚を焼くときに使う魔道具で干物を良い感じに調理していく。
私がもたもたしているうちに、鯵の下ごしらえが終わっているところなんて料理人として完璧すぎると思う。
「ところで、コレットちゃんというのは……」
「妹」
「いもう……え! ディナさん、おいくつ……」
「二十三、コレットは……いくつになったんだろうな」
コレットのことを想いながら、遠い目をするディナさんがなんだが不憫に思えてくる。
「あいつ、アルカには懐いてんだよな」
「それは分かる気がします。アルカさんの方が優しいので」
ディナさんに睨まれる展開になるのは分かっていても、それは私を嫌っているわけではないってことを察していく。
「悪かったな、迷子にも気づかない兄で」
「いえいえ、無事にアルカさんにコレットちゃんをお預けできたので」
コレットの似顔絵に気づいてくれたのは血の繋がりがあるディナさんではなく、血の繋がりのないアルカさんだった。
「お店に、コレットちゃんの似顔絵を置いてもらったんですよ」
「悪い……それすら気づかなかった」
「ふふっ、ディナさんはお料理が大好きですからね」
全部の店に似顔絵を置かせてもらえるほどメモ帳の枚数はなく、ディナさんが似顔絵を見つけられなくても仕方がない。
でも、それだけは夢中で食材を見入っていたのかもしれないって想像するだけで、本当に料理愛溢れた人なんだなってことを実感する。
「それで、今日のお夕飯はディナさんも……」
「コレットも連れてこられたら、改めて紹介できたんだけどな」
「のちの楽しみに取っておきます」
「伝えておく」
鯵のたたきに、焼きあがった干物を加えるものだと思っていたのは私だけ。
素人なりに完成する料理への想像を膨らませるけど、それらは無意味に終わった。
「鯵のたたきに薬味と梅、ほぐした干物に薬味と梅を加えるんですね」
「たたきの方には、醤油を足す。干物の方は、梅だけで十分」
ご飯を炊くための魔道具が、ご飯が炊けたことを知らせる音を鳴らす。
炊飯器っぽい見た目をしている魔道具を見て、前世の自分が炊飯器を買うだけ買って、それを使わずに人生を終えたことを思い出す。
「干物と薬味と梅干を和えたやつ、ご飯に加えて混ぜ合わせてくれ」
「それくらいなら、お安い御用です」
ようやく、神経を尖らせなくてもいい作業が巡ってきた。
ディナさんが味の調整をしてくれたので、ご飯に混ぜ合わせるだけで美味しいと判断できてしまうのはありがたい。
「鯵ご飯に、お味噌汁とか最高ですね」
口に入れてもいないのに、視覚と嗅覚が私に幸福感を運んでくる。
「まだ、どっちのメニューを出すか決めてないだろ」
「え?」
ディナさんの手には、白い色でお馴染みの乾麺が握られていた。
「え、え、ディナさん、それは……」
「そうめん」
沸騰したお湯の中に、なんの迷いもなくそうめんをぱらぱらっと入れるディナさん。
(なんでもありの異世界だ……)
異世界に、そうめんがある。
その事実に感動している暇もなく、そうめんはあっという間に茹で上がってしまう。
「あとは水で粗熱を取って……」
異世界と現代日本で、そうめんの作り方に差はない。
異世界で初めてお目にかかるそうめんに魅入っているうちに、そうめんは食べごろの状態を迎える。
「で、ここに、鯵のたたきを加える」
「それ、絶対に美味しいやつですよ!」
まだ何も口にしていないのに、どうして美味しいと分かってしまうのか。
視覚が与える影響の大きさに息を呑んでいると、次にディナさんは私の元からご飯を強奪していく。
「え、それは器に盛りつけるだけでは……」
「握ってみて、ぼろぼろにならないか確かめたい」
ディナさんが心配することは何もなく、鯵の干物おにぎりが綺麗な理想通りの形でお目見えした。
「ミリも、握ってみるか」
「多分、ぼろぼろになります……」
「なったらなったで、茶碗に移し替えればいいだろ」
「なるほど……」
新しく経験を積むことから逃げていた私だけど、ディナさんは私に経験を積ませることを優先させてくれる。
「うぅ、上手く握れません」
「茶碗」
「はぁ、ご飯を握るだけなのに、それすらできないなんて悔しいです」
「ご飯を握るだけって言っているうちは、上手く握れないだろうな」
梅干し作りを放棄された経験があるせいなのか、私の未来を考えてのことか。
「愛情が込めてありますよ」
「そうだな、まずはそこが大事だな」
どっちの気持ちが込められていたとしても、挑戦する心を育んでくれるディナさんは私にとっての師匠のよう。
「どっちを絵に描いてみたい?」
「んー、やっぱり見た目的に、おにぎりの方が美味しそうに描けそうかなと」
「こっちを起用するなら、握る時間が必要ってことか」
このお店を切り盛りしているのはディナさんで、それ以外の調理担当の人は存在しない。
大きな利益が出れば人を雇う余裕が出てくると思うけど、私が加わったことでまだその余裕を手に入れる段階に辿り着くことはできていない。
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