第4話「もっともっと異世界のことを知りたいのに」

「ねえ、ミリちゃん」

「はい」


 川に手を突っ込む。

 今日は太陽の日差しが厳しいのか、いつもより自身の体温が高い。

 水温が私の体温を下げようとしてくれて、いつまでも手を冷たい水に浸していたいくらい。


「毎日、働き過ぎじゃない?」

「ディナさんのお店を盛り上げるためと、アルカさんのお手伝いがしたいので」


 でも、いつまでも水に手を浸けていたら、私の手はモンスターの口の中にぱくりと食されてしまう。


「頑張りますよっ!」


 いつも通り、願いの力を使って魔法を発動させる。

 前世でごく普通の日本人女性だった私は、異世界で魚型のモンスターを捕まえることができるようになった。


「魔力って、無限なわけはないですよね?」

「うん、そうだけど、ミリちゃんが魔法を使う程度なら気にしなくていいよ」

「それは良かったです」


 魚を収穫した帰り道。

 私も一緒に魚を持ちますと願い出ると、アルカさんは私の体の負担にならない程度の魚を持たせてくれた。

 魚を全部アルカさんが持った方が楽だとは思うけど、アルカさんは私のやりたいことを尊重してくれる。


「疲れたでしょ?」


 アルカさんの話を聞き逃すまいと耳を澄ませてみるけれど、さすがに疲労感が貯まってきたのか頭がぼーっとしてきてしまう。


「いえ、なんでもできそうなくらい体は絶好調なんですよ」


 こんなにも近い距離で、私という人間をお話してくれる人がいる。

 たったそれだけのことかもしれないけれど、そのたったそれだけのことで私の心臓は大きく揺れ始める。


「アルカさんが傍にいてくれると、物凄く心が強くなってくるような気がするんです」

「本当?」


 異世界の世界観に染まる恰好をしているアルカさんと、そこらへんに捨てられた布を繋ぎ合わせただけのような恰好の私。

 どう考えても不釣り合いだけど、その不釣り合いを言葉にしないでくれているアルカさんの気遣いに感謝したい。


「いつかは土地を買って、ディナさんだけのお店を建ててみたいっていう夢をディナさんとお話したんです」


 自分の恰好を、みすぼらしいと落ち込むのは簡単。

 だけど、ここで私が落ち込んでしまったら、土地を買うっていう夢が寂しいもので終わってしまう。

 私に関わってくれたアルカさんに気遣って気遣って気遣ってもらって、ディナートさんには嫌な思い出しか残らないなんて嫌だと思う。


「高すぎる目標って疲れちゃうって言いますけど、その高すぎる目標が心地いいなって」


 再び栄養失調で亡くなるとか、そういう恐ろしい展開にならないのだったら、あとは前を向いて進んでいきたい。


「……俺も、その夢に参加してもいい?」

「アルカさんの財力をお借りすることは決してないので、なかなか難しい夢ですよ?」

「ちゃんと理解してる」

「なら、大歓迎です」


 難しそうと言葉にした私だけど、アルカさんに見せた表情は悲観的ではない。

 アルカさんとも異世界生活を楽しもうと、最高の笑顔を浮かべられたような気がする。


「これから無謀なことを、たくさん言っていきますからね?」

「夢も目標も、高い方が面白いよ」


 私の考えを真っ先に否定しないアルカさんは、本当にかっこよくて素敵な人だと思う。

 これからやるべきことがたくさん待っている毎日に、心が疼き出してどうしようもなくなってくる。


「無茶なのも、無謀なのも、全部分かって……」

「ミリちゃん?」


 ディナさんのお店が見えてくると、疼き出した心は安心感へと変わっていく。


「たくさんの経験を……積みたいなって……」

「ミリちゃん!」

「んん……」

「ミリちゃん!」


 魚を地面に落としてやるもんかと意地を張って、その場に蹲って地面と睨めっこ。


「少しだけ眩暈というか立ち眩みというか……」


 異世界での魚捕りを始めて経験して、自分では気づかないところでずっと緊張していたのかもしれない。

 緊張の糸が切れた瞬間、私の体を不調の数々が襲ってくる。


「顔も火照ってというか……」

「その症状って……」


 腕の中に抱え込んだ、凍った魚たちから放たれる冷気が心地よい。

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