第3話

「はー……酷い目にあった……」


 食事を終え、お風呂を乗り越え、なんとか自分の部屋に到着する。

 結局、お風呂は一緒に入ってしまった。怪我してるんだから介護してあげるとか、色々と理由をつけて押し切られてしまったのだ。


「…………」


 とても大きくて、やわらかかった。

 まだ、手のひらに感触が残ってる気がする。


「寝よ」


 おっぱいの残滓を振り払い、ベッドの方へ歩いていく。

 その際、ふと姿見が目に入った。


「美少女が居る……」


 そこには、ピンク色のパジャマに身を包んだ、絶世の美少女が佇んでいた。

 腰辺りまで伸びた黒髪に、整った目鼻立ち。ちょっとツリ目がちだが、瞳が大きいのであまり気にならない。

 いや、まぁ……自分の身体なんだけど。それでも、自意識としては違和感がすごい。


「男だった……筈なんだけどなぁ……」


 たった数時間前まで、この身体は成人男性のものだった筈だ。なのに気づいたら、見知らぬ美少女になっていた。

 何を言ってるか分からないと思うが、自分でも意味が分からない。真面目に考えたら頭がおかしくなりそうだ。


「……寝るしかないかぁ」


 思考を放棄し、部屋の電気を消す。

 そして、そのまま柔らかなベッドにダイブした。


「…………」


 目を閉じて、意識を沈ませる。

 まったく眠くないが、目を閉じてればいずれ眠れるだろう。


「……ん?」


 五感とは、一つを遮断すると他の感覚が鋭くなるもの。目を閉じた事で敏感になった聴覚が、かすかに軋む床の音を拾った。

 隣の部屋を出て、リビングを通り、一直線に玄関へ。いま、この家には自分ともう一人しか住んでいない──となれば、自ずと誰の足音かも判別する。


「夜鷹……こんな夜中に出掛けるのか?」


 R18ゲーム世界のお約束が適用されているのか、昼神家の両親は海外出張しているらしい。

 だから、夜鷹が外に出ようとしてるのは確定事項なわけで。


「…………」


 さて、どうしようか。

 ノベルゲーなら、まず間違いなく選択肢が出てくる場面だが。


『そのまま寝る』


『夜鷹の後をつける』


 みたいな感じで。

 これは、どっちを選ぶのが正解なんだろうか。


「うーん……よし、決めた」


 正直、まだまだ全然情報が足りない。

 ここはリスクを取ってでも、情報を集めるフェイズにするべきだろう。

 ベッドから起き上がり、こっそりと部屋から出る。そのまま玄関から外に出れば、かろうじて夜鷹の後ろ姿を確認できた。


(なんか、めちゃくちゃドキドキするな……)


 電柱の裏に隠れたり、ゴミ箱の後ろに隠れたりして、付かず離れずの距離を維持しながら夜鷹を尾行する。

 気分はまるで凄腕スパイだ。いや、気分だけね、気分だけ。


「ここか……?」


 数分か、数十分か。尾行を続けていると、夜鷹は人気のない自然公園に入っていった。

 そこそこ大きく、緑が繁っている普通の公園──こんな所に何の用事だろうか。

 後に続いて、公園の中へ入っていく。


「待たせたわね」


 そうして、公園の中を進んでいくと、中央の広場に立つ人影があった。

 ピンク色の髪、暗めの服装、可愛らしい顔立ち──間違いない。このゲームの主人公・宵月円香だ。


「そっちが呼び出したくせに遅刻とか、いい身分だね〜?」

「しょうがないでしょ、お姉ちゃんのお風呂──ごほん、お世話で忙しかったんだから」

「いまお風呂って言わなかった?」


 邂逅した時は笑顔だった円香の顔が、一瞬で真顔になる。どんだけ煽り耐性無いんだよ、と思わなくもない。

 あるいは、それほど円香の中で『昼神朝顔ひるがみあさがお』という人間の存在が大きくなってるのか──それはまだ分からない。

 分からないが……確かに、向けられる感情の端々から激重感情を感じる瞬間はあった。


「そんな事はどうでもいいの。円香、なんでお姉ちゃんにあんな大怪我させたわけ?」

「…………」

「誰にやられたの? やった奴はちゃんと消したんでしょうね?」

「…………」

「答えようによっては──殺すわよ?」


 キラリ、と夜鷹の手の中で何かが光る。

 あれは……変身アイテムか?


「詳しくは言えないんだ……でも大丈夫、あさがおちゃんの命に別状は──」

「そんな事を聞きたいんじゃないの」


 次の瞬間、夜鷹の姿が漆黒の光に包まれる。

 全身を覆い尽くす、底の見えない光。

 数秒後、その中から出てきた夜鷹の姿は──


「全部洗いざらい喋らないと──本当に殺すわよ」


 黒い甲冑に身を包んだ、荘厳な騎士のような姿になっていた。


(…………えぇぇぇぇぇ〜〜〜!?)


 手には大剣、背にはたなびくマント。

 西洋の聖騎士を彷彿とさせる威容。

 その姿には、とても見覚えがあった。


(ラスボスじゃん……ラスボスの『黒き死神』じゃん……)


 そう、物語の最後で主人公の前に立ちはだかるラスボス、それがサブタイにもなっている『黒き死神』なのだ。

 ちなみに、ストーリー上では一回も甲冑を脱いだことは無い。お色気(マイルドな表現)シーンも当然のごとく無かった。

 おまけに正気を失ってるとかいう設定のせいで、ほとんど唸り声だけだったし。ずっと男性キャラだと思ってたよ。


「ごめん、本当に詳しい事は言えないんだ……でもね、あさがおちゃんと結婚するまでは、死ぬわけにはいかないんだよね!」


 驚愕の光景を他所に、円香の身体も光に包まれる。

 世界全てを照らし出す、正真正銘の眩き光。

 そこから現れるのは、ピンクをモチーフとした可憐な騎士の姿。


「来い! 黒き死神!!」

「ほざくな、憎しみの王女!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る