第17話 ロリポップとピエロ
セシルは、メリーが滞在を決めたことを喜び、早速宿の手配を進めた。街の中心から少し外れた静かな場所に、音楽の街らしい魅力的な宿があった。
宿の名前は「オルゴール・ドゥ・ヴェルドニア」。その名の通り、宿のあちこちにオルゴールが飾られており、どこに行っても軽やかな音色が流れている。オルゴールのメロディが、まるで街の風景に溶け込んでいるかのように、心地よい響きとなって広がっていた。
宿に到着すると、メリーはその可愛らしい建物に目を見張った。外観はクラシックな石造りの家で、緑のツタが絡む壁や花々が窓辺を飾り、まるで絵本の中から出てきたような風情だ。ドアを開けると、まずはオルゴールのメロディが軽やかに流れ、足元にはぬくもりのある木の床が広がっている。
「ここが宿か…」メリーは感動したように部屋を見渡し、目を輝かせた。「オルゴールの音がすごく素敵。」
「ヴェルドニアらしい場所だろう?」セシルがニッコリと微笑んで言った。「実は、隣同士の部屋を確保したんだ。君も疲れているだろうから、少しはゆっくりできると思う。」
メリーは少し驚きながらも、心地よい雰囲気の中で、セシルが手配してくれた配慮に感謝の気持ちを込めて笑った。「ありがとう、セシル。ちゃんと休めるといいな。」
部屋の中は温かみのある色調でまとめられ、ベッドには柔らかなクッションが並べられている。天井にはシャンデリアが輝き、部屋の一角には小さなオルゴールが置かれていた。カーテンを開けると、窓の外にはヴェルドニアの街並みが広がり、街の音楽と共に美しい風景が目に飛び込んできた。
「夜になると、このオルゴールのメロディがもっと響いて、さらに幻想的な雰囲気になるんだ。」セシルは部屋の隅に置かれたオルゴールを指さしながら言った。「今夜は、少し街を散歩して、他のアーティストの作品も見に行こう。」
「うん、いいね。」メリーは静かに頷き、窓の外を眺めながら考えた。ヴェルドニアでの滞在が、これからの自分にどんな影響を与えるのか、わくわくとした気持ちで胸がいっぱいだった。
セシルとメリーは、それぞれの部屋で荷物を整理し終えた後、宿の周辺を歩くことに決めた。オルゴールの音が絶え間なく響く中、二人は静かな街をゆっくりと歩きながら、これからの時間がどれだけ特別なものになるのかを感じていた。
夜のヴェルドニアの街は、まさに芸術の街そのものだった。灯りがともり始めると、街中に音楽が漂い、路上のあちこちでパフォーマンスが繰り広げられていた。メリーとセシルは、宿から出ると、最初に目にしたのが、広場で開かれている路上ライブだった。若い音楽家たちがギターやバイオリンを手に、観客の前で演奏している。音楽のリズムに合わせて、観客たちが自然と足を踏み鳴らし、体を揺らす様子は、まるで街全体が一つの大きな楽団のような気さえした。
「すごい、街全体が音楽に包まれてるみたいだね。」メリーは目を輝かせながら言った。彼女にとって、この街の雰囲気はまるで夢のようだった。音楽や芸術が日常の一部となり、どこにいてもその美しさを感じることができる。セシルはメリーの反応を楽しんでいるように微笑んだ。
「音楽がこの街の心臓みたいなものだ。ヴェルドニアでは、どこでもアーティストが自分を表現しているんだよ。」
二人はさらに歩を進め、街の一角に広がるステンドグラス職人の実演が行われている場所にたどり着いた。展示会で一緒に出展していた、万華鏡の出品者が、ガラスの破片を集めて一つ一つ丁寧にステンドグラスを作り上げている姿が見えた。彼は音楽に合わせて手を動かし、光を反射させながら、鮮やかな色彩を織りなすステンドグラスのアートを完成させていった。その幻想的な光景に、観客たちはしばし足を止め、見入っていた。
「見て、あの人だ。」セシルが言うと、メリーは微笑みながら頷いた。「あの作品、すごく綺麗だね。」
「ヴェルドニアでは、こうやってアーティストたちが自由に作品を披露できる場所がたくさんあるんだ。みんなが共に創り上げていくような感じだね。」セシルはそう話しながら、メリーの肩に軽く手を置いた。メリーもその言葉に共感し、少し恥ずかしそうに笑った。
二人はさらに街を歩き、庶民の立ち寄る酒場へと向かった。そこでは、演奏と歌が楽しめる場所として地元の人々に愛されている。扉を開けると、賑やかな笑い声と音楽が響き渡っていた。バンドの演奏に合わせて、酔っ払った客たちが歌を口ずさみ、手を叩いてリズムをとっている。メリーはその光景に少し驚きながらも、どこか温かさを感じた。
「こういう場所も、いいね。」メリーは静かに言った。
「ヴェルドニアでは、芸術がどんな形でも楽しめるんだ。街全体が、音楽や芸術で溢れているんだよ。」セシルは目を細め、楽しげにその様子を見つめていた。彼の言葉通り、街のあちこちで人々が芸術に触れ、共にその美しさを楽しんでいた。
メリーはその光景をしばらく見つめながら、ここに来て良かったと心から思った。自分の飴細工がどこかで人々に受け入れられること、そしてこれからの新しい挑戦が待っていることに、少しずつ自信が湧いてきた。音楽と共に歩くこの街で、彼女は新たな自分を見つけていくような気がした。
酒場を後にした二人は、静かな夜道を歩きながら宿へと戻ることにした。ヴェルドニアの街は夜が深くなるにつれて、ますます幻想的な雰囲気を醸し出していた。街灯の光が地面に長い影を落とし、通りの両側に並ぶ古い建物の窓からは、時折、楽器の音や歌声が漏れ聞こえてきた。
「こうして街の一部として過ごすのも、なんだか新鮮だね。」メリーがふと呟いた。
「そうだね。街全体が一つの大きなアート作品みたいだ。」セシルは静かに応じた。彼もまた、ヴェルドニアの夜の美しさに心を奪われている様子だった。
「今日は楽しかった。でも、少し疲れたかも。」メリーは歩きながらふわっと息を吐いた。セシルはその表情に気づき、少し歩調を速めて彼女の隣に並んだ。
「休んだ方がいいよ。街も美しいけれど、君が疲れないように気をつけないと。」セシルの言葉に、メリーは少し驚きながらも微笑んだ。
「ありがとう、セシル。心配してくれて。」
宿に戻ると、二人はすぐに部屋に入った。メリーは窓を少し開けて夜風を感じながら、ゆっくりとした時間を楽しんだ。外の街並みは静かだが、音楽とともに過ごした一日が、心の中でまだ鮮やかに響いていた。
セシルもまた、部屋の隅で何気なく手紙を取り出し、ペンを手に取った。彼の目はどこか遠くを見つめ、心の中で何かを整理しているようだった。
「明日も、いろいろ見て回りたいね。」メリーがふと話しかけると、セシルは顔を上げて笑顔を向けた。
「もちろん。まだ見ていない場所がたくさんあるから、少しずつ回ってみよう。」
その言葉に、メリーは頷いた。彼女はセシルと共に過ごす日々がどんどん楽しみになってきていた。そして、この音楽の街で新たな自分を見つけることができるのではないかという、少しの期待も抱いていた。
その夜、ヴェルドニアの街は穏やかに静まり返り、二人はそれぞれの部屋で、少しずつ明日の計画を思い描いて眠りに落ちていった。
ヴェルドニアの街の路上ライブの賑わいに触発されたメリーは、街の雰囲気に自分の作品を加えたくなった。小さなカゴを持って、彼女は宿を出て、街角の人々が集まる広場へと向かった。自分の作ったロリポップを少しでも多くの人に見てもらいたいと思い、袋から取り出したそれを丁寧に並べ、販売用の立札を準備していると、背後からふいに声を掛けられた。
「おい、お姉さん、そのロリポップ、全部買い取らせてもらいたいんだ!」
驚いて振り向くと、そこには奇抜なピエロの格好をした男が立っていた。彼は笑顔を浮かべてメリーに向かって手を差し出し、無理を言っている様子だ。
「全部、ですか?」メリーは少し戸惑いながらも、相手の真剣な目を見て問い返した。
「うん!君のロリポップ、すごくカラフルで、すぐに目を引いたんだ。」ピエロは語りながら、彼女の手元にあった飴をじっと見つめている。「実は、俺、大事なマラカスを忘れちゃってさ。このロリポップでジャグリングして、観客に見せてあげたいんだ。」
その言葉に、メリーはさらに困惑した。まさか、ロリポップをジャグリングに使うなんて想像もしていなかった。しかし、ピエロは必死な様子で続ける。
「お願いだよ、絶対に落とさないから!観客にもきっと喜ばれるし、君のロリポップがこの演技の中で輝くんだ。どうか、少しだけ貸してくれ!」
彼の熱意に押され、メリーは少し考えた後、ため息をついて頷いた。
「わかりました。でも、大切に扱ってくださいね。」メリーはピエロにロリポップを手渡しながら言った。
ピエロはその言葉を聞いて、嬉しそうに飛び跳ねるようにして飴を受け取る。そして、得意げな顔で続けた。
「絶対に、落とさずに観客に渡してみせるよ!見ててくれ!」
ピエロはまず、ロリポップを両手で受け取ると、そのまま巧みにジャグリングを始めた。まるで、彼の手元でロリポップが魔法のように踊っているかのようだった。色とりどりのロリポップが空中で回転していく。
「すごい…!」と、観客が声を上げる。
メリーは少し驚きながらも、その光景に目を見張った。自分の飴細工が、こんな風に街の一部になっていくことに不思議な喜びを感じた。しかし、ピエロの手元には少し不安げな瞬間もあり、メリーはハラハラしながら見守っていた。
でも、ピエロはどんな危機的な瞬間にも巧妙に対応し、結局、観客の前でロリポップを見事に全て渡しきった。ロリポップを渡された観客は、口の中でパチパチと弾ける飴におどろきつつそれを楽しんだ。
「やった!落とさずに渡せたよ!」ピエロは歓声を浴びながら、嬉しそうに両手を広げて言った。
観客たちは拍手を送り、メリーも安堵の笑顔を浮かべた。その姿を見て、ピエロは満足げに一礼し、ロリポップを大切に持ちながらメリーの方に歩み寄った。
「ありがとう、君のおかげで素晴らしいパフォーマンスができたよ。」ピエロは深く感謝し、飴を手に取りながら言った。
メリーは照れくさそうに微笑んで返事をした。「こちらこそ、面白い経験をさせてくれてありがとう。」
ピエロは最後にもう一度、舞台を歩きながら、ロリポップを掲げて観客に向けてウィンクした。そして、彼のパフォーマンスが終わった後、観客たちはさらに大きな拍手を送っていた。
メリーはその様子を見守りながら、少し心が温かくなるのを感じていた。自分の作品がこんなふうに、他の人の表現と一体となって広がっていくことが、どこか不思議で嬉しいことだった。
その後、ピエロから何度もお礼を言われ、メリーは再び立札を置いて、わずかな手持ちの手毬飴を次の通りかかりに来た人々に手渡していった。
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