第8話 商売の日々


 市場に出るたび、私は新しい発見をし、少しずつ地元の人々と顔なじみになっていった。毎朝、私たちの小さな露店は賑やかで、海から上がった新鮮な食材を使った料理を提供していた。初めは、珍しい食材に戸惑っていた地元の人々も、次第にその味に慣れ、好意的に受け入れてくれるようになった。


 その中でも、特に印象的だったのは、何人かの主婦たちが料理のレシピを尋ねに来てくれたことだった。


「ねえ、あのホヤの煮物、すごく美味しかったわ。あんな風に煮込んだの、初めて食べたの。」ある日、年配の女性が声をかけてきた。「どうやって作ったの?」


「ありがとうございます!昆布と一緒に煮込んで、少しだけお酒と醤油を使って味を調整したんです。シンプルにして、素材の味を生かすようにしました。」


「へえ、そうなんだ。」その女性はうなずきながら、しばらく私の顔をじっと見ていた。「私も家で作ってみようかな。ちょっとアドバイスしてくれない?」


「もちろんです!実際に家でも簡単に作れると思いますよ。あとは、ホヤの新鮮さが大事ですけど、昆布との相性もいいので、ぜひ試してみてください。」


 その後も、いくつかの女性が私のところにやってきて、他の料理のレシピを尋ねてくるようになった。彼女たちは皆、家事をしながら地元で家庭的な料理を作っている主婦たちで、私の料理がいかに珍しく、新しい味わいであるかを認めてくれていた。


「このカニと野菜の炒め物も、美味しかったわね。私はこんな風に炒めたことがないから、作り方を教えてほしいの。」別の女性が笑顔で言った。


「カニを炒めるときには、少しのオリーブオイルと一緒に、ニンニクを少し香り立たせてから炒めるんです。それから、カニを加えて、ちょっとだけ醤油で味をつけて、野菜を最後に加えるんです。あまり煮込まずに、シャキシャキ感を残すと良いですよ。」


「なるほど、今度試してみるわ!」その女性は満足げに微笑んだ。


 そんな風に、少しずつ私の料理が地元の家庭料理にも影響を与えていくことが嬉しくて仕方がなかった。最初は珍しい料理として受け入れられていたけれど、今では地元の人たちにも日常的に取り入れられるようになり、私は誇りに思った。


 また、商売の合間には、観光客や地元の人々と会話を交わすことも楽しみの一つだった。例えば、私が朝市で仕入れた魚や野菜を並べていると、ある観光客の男性が興味を持って話しかけてきた。


「これ、どうやって食べるんだ?」彼はホヤを指さして尋ねた。


「ホヤですか?これはちょっと変わった食材なんですが、煮たり、焼いたりすると美味しくいただけますよ。私は昆布と一緒に煮込んでみたんですけど、意外とさっぱりしていて美味しいんです。」私は自信を持って答えた。


「面白いな。」その男性は興味深そうにうなずいてから、「食べてみたい!」と続けた。


「じゃあ、ぜひ試食していってください。」私は微笑んで、ホヤの煮物を差し出した。彼がひと口食べると、驚いた顔をしながらこう言った。


「これ、本当に美味しい!初めて食べたけど、すごく新鮮な味だな。こんなに美味しいと思わなかった。」


「ありがとうございます!日本ではよく食べるんですけど、こちらの食文化にはない食材かもしれませんね。」私は嬉しそうに答えた。


 またある日、私たちの露店に、近隣の店の店主が訪れることもあった。彼は私たちが作る料理に興味を持っていて、何度も通ってきてくれる常連客だった。


「お前たちの料理、いいな。」彼はいつもそう言って、私たちが提供する料理を味わっていた。「特にこのカニ炒め、もっと広めてみるといいかもしれないな。」


 その言葉を聞いた私は、さらに料理の腕を磨きたいという気持ちが強くなった。地元の人々と関わりながら、自分の料理がどんどん広がっていくのを実感するのは、やりがいのあることだった。


 それから数日が経ち、露店を開くたびに新しい顔が訪れ、料理の話で盛り上がることが増えていった。レシピを教えてほしいと来る人も増え、私はそのたびに喜んでアドバイスをした。


「お前たちの料理は、食べるたびに新しい発見があるな。」ある日、常連の商人が言った。彼の言葉に、私は心の中で嬉しさを噛みしめた。





 ヴェリオスの港町は、海の匂いと潮風が心地よく漂っていた。商売で忙しくしている合間に、私はふと思い立ち、カリムとザイドを誘って漁港に遊びに出ることにした。


「ちょっと海を見に行こうよ。」私は二人に声をかけると、カリムはすぐに頷き、ザイドも楽しそうに答えた。


「いいね、久しぶりに海を感じたいな。」


 漁港には、地元の漁師たちが忙しく働いていて、船から上がったばかりの魚や貝を取り扱っている。新鮮な海産物が並ぶ光景を見ているだけで、私は自然と心が躍った。漁師たちの話を聞くのも面白いし、何か面白いものを見つけられるかもしれない。


 歩きながら市場の端に目をやると、漁師たちが打ち捨てられたように見える小さな海の生物を集めているのが目に入った。タコだった。


 そのタコは、他の魚や貝に混じって、まるで雑魚として扱われているように見えた。大きさも、色も、少し変わった形をしていて、明らかに普通のタコとは違う。奇妙な形状に、私は思わず足を止めた。


「これ、何だろう?」私は近くにいた漁師に声をかけた。


「おお、これはタコだよ。」漁師はぶっきらぼうに答えた。「ただ、こいつは見た目がちょっと変わってるから、売れないんだ。」


 タコと言われても、普通のものとは明らかに違うその姿に、私は興味をそそられた。触手が絡み合って、まるで他の海の生物と何かが交じり合ったような不思議な姿をしていた。


「でも、見た目だけで捨てるのはもったいないんじゃない?」私は言った。「変わってるからこそ、調理法を工夫すれば面白いかも。」


 漁師はしばらく考え込んでから、軽く肩をすくめた。「まあ、ただの雑魚だから、もうどうでもいい。もし欲しいなら、持って行ってもいいぞ。」


 私は目を輝かせて、そのタコを手に取った。こんな異様な姿をした海の生物、きっと何か面白い料理ができるはずだ。漁師にお礼を言って、タコを手に持って歩き出した。


「これ、どうするんだ?」カリムが不思議そうに言った。


「もちろん、料理にするよ。」私はにっこりと笑った。「変わり種の海産物を使った料理って、面白いと思わない?」


 ザイドも興味津々な様子で、「確かに、見たことない形だな。でも、どうやって料理するんだ?」と尋ねた。


「それはこれから考えるの。」私はタコをしっかりと持ち、すでに頭の中で調理方法をイメージしていた。こういう未知の食材を使うときが、私は一番楽しい。


 その日のうちに、私は宿の調理場を借りて、タコを使った料理に挑戦することを決めた。


 宿に戻り、私は早速調理場を借りて、手に入れたタコをどう料理するか考え始めた。見た目が異様なタコに少し躊躇いもあったが、逆にそれが興味を引く。これは挑戦のチャンスだ。


「どんな風に料理するんだ?」カリムが調理場に顔を出して、私の作業を見守っている。


「うーん、まずは一度茹でてから、その後焼いたり煮たりするのがいいかもね。」私は包丁を取り出し、タコをさばきながら考えた。「まずはタコを茹でて、柔らかくしてから、味付けして焼いてみよう。」


 ザイドもやって来て、「それって、普通のタコの料理法と同じだな。でも、このタコはちょっと変わった形してるから、調理法も変わるのか?」


「まあ、形が違うだけで、味はタコだろうし、しっかり調理すれば美味しくなるはず。」私はタコを見つめながら、続けた。「ただ、味付けには少し工夫が要るかも。何せ、ちょっと変わった食材だからね。」


 カリムは小さな鍋で水を沸かし、私はその間にタコの触手を切り分け、さっとお湯で茹で始めた。ゆっくりと火が通るように、じっくりと時間をかける。


「思ったよりも、触手がしっかりしてるな。」私は茹で上がったタコの触感を確かめながら言った。「やっぱり、普通のタコよりも食感がしっかりしてるかも。」


 そのまま煮込むだけでも良いかもしれないけれど、せっかくの機会だし、焼きタコにも挑戦してみよう。海産物の旨みを引き出すためには、焼き目をつけるのが重要だ。


「よし、今度は焼いてみよう。」私はタコの触手を少し大きめに切り分け、熱したフライパンにオリーブオイルを引いて、その上にタコを並べた。焼くことで香ばしさが増し、タコの旨みがギュッと凝縮されるはずだ。


「すごくいい匂いがする!」ザイドが興奮気味に言った。


「これで、少しオリーブオイルとハーブで味を整えてみよう。」私は焼けたタコに、ローズマリーやタイムをちょっと加えて香りを引き立てる。焦げ目がついて、タコがこんがりと焼けると、見た目も美味しそうに変わった。


 焼いたタコを皿に盛りつけて、私は少しだけ試しに味見してみた。ほんのりと香ばしい風味とともに、タコ本来の旨味が口の中に広がる。あまりにも美味しくて、つい声を上げてしまった。


「おいしい!」私はそのままザイドとカリムに向かって言った。「このタコ、焼くことで全然違う味になる。食感も柔らかくて、香りが良くて、すごく美味しいよ。」


 カリムは慎重に焼きタコを一口食べて、「確かに、普通のタコよりも味わいが深いな。焼き具合がちょうどいい。」と納得した様子だ。


「これをどうやって食べるかがポイントだな。」私は少し考えて、「昆布を使って煮込みにするのも良いかも。タコの旨みを昆布が引き立てて、だしがしっかりと出るはず。」


 私は焼いたタコを一度休ませ、次に昆布を使って煮込みにする準備を始めた。昆布を水に浸し、だしを取ってからタコを加えて煮込んでいく。その間に、野菜も少し入れて、軽く煮込んで味を整える。


「さっき焼いたタコも美味しかったけど、この煮込みも絶対に美味しくなるよ。」私はにこやかに言った。「タコが柔らかくて、昆布のだしが染み込むと、すごく深い味わいになると思うんだ。」


 煮込みの準備が整い、最後に少しだけ味を調整した後、タコの煮込みが完成した。テーブルに並べると、その美味しそうな香りが広がり、私は満足げに微笑んだ。

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