帰りたくて

矢芝フルカ

第1話

「私もネイトの実家に帰郷しようと思うのだ」


 アシュリーの突飛な発言に、ネイトの眼鏡はズリ落ちそうになる。


 ……はい?

 ……言ってる意味が分かりませんけど?


北方ほっぽうで、雪が多いと言っていたな。雪景色を見るのが楽しみだ!」


 ……え?

 ……何でもう、行くって話になってるの?


 ネイトの戸惑いをよそに、アシュリーは鼻歌を歌いながら、上機嫌で窓の外を見ている。



 魔法騎士養成学校は、その名の通り、魔力と武力を兼ね備えた騎士を養成する学校である。

 ネイトとアシュリーは、この学校の同級生だ。


 学校は間もなく、新年の休暇となる。

 寮で暮らす生徒たちは、それぞれ自分の家に帰り、新年を過ごすのが通例となっていた。


 ネイトも他の生徒同様、帰郷を予定している。

 故郷は、この地より遠く北の地にあった。

 

 

 休暇が近いせいか、放課後の図書館に、他に人影は無い。

 窓際の席に、ネイトとアシュリーしか居なかった。


 この辺りは冬でも雪があまり降らない。

 先日少しだけ降った雪は、もうすっかり溶けてしまって、窓の外は、いつもの枯れた冬の景色になっていた。


 アシュリーは雪が好きだ。

 だから、故郷の雪を見せてあげたい……とも、ネイトは思うが……


「アシュリー、冗談……だよね?」

 恐る恐る確認してみると、


「なぜ冗談を言わなければならない?」

 キョトンとした顔で、返答がある。


「えっ!? 本気なの? 本気で僕の家に来るの?」

 さすがに、ネイトの声が大きくなる。

 

「僕の家、遠いんだよ? 夜行の汽車で、翌朝着くんだよ? 日帰りできないんだよ?」


 家に泊まるってことだよ?

 分かってるの?


 アシュリーが家に来る。

 そう思うだけで、心臓バクバクなネイト。

 

 アシュリーが家に泊まる。

 なんて考えたら、気を失いそうになる。


「何と! 汽車に乗るのは初めてだ! しかも夜汽車だなんて、それは嬉しい!」


 アシュリーは瞳をキラキラさせて、向かい側に座るネイトに、ズイッと身を乗り出した。


 はしゃいだ顔も……可愛い。


 すぐにネイトは首を振った。

 いやいやいや、ダメでしょ?

 さすがに、これは!! 


 ネイトは冷静を装って、指でクイッと眼鏡を上げた。


「……アシュリー、僕の家はね、新年の休暇も休まずに仕事をしているんだ。僕も休みに帰ると言うよりは、手伝いに帰るという具合で、来てもらっても、ゆっくりとは……」


「仕事は何をされているのだ?」

 ネイトの話に、アシュリーが割って入る。


「え……ああ、宿屋をしているんだ。親戚たちと一緒に」


「宿屋! ならば私は、客として伺おう。それならばお邪魔にはなるまい。無論、宿代は払わせて頂く」


 ええっ!

 そう来る!?


 「客として」と、言われてしまうと、ネイトだって無下な態度は取れない。


 それに「客として」と、言われてしまえば、「だったら良いかな?」 って気持ちも、こっそり湧いてくる。


 「同級生(女子)を男子である自分の家に泊める」……となると、学校に知られたら、かなりマズい。


 けれど、「実家の宿屋に、客として泊まる」……と、言う話ならば、大丈夫そうな気がする。


 ネイトは奨学生だ。

 問題を起こして、奨学金を止められでもしたら、学校には居られない。

 だからそれは、何としても避けたいことだ。


「ネイトは、私と一緒に行くのは、嫌なのか?」

 

 良い返事をしないからだろう。

 アシュリーは心配そうな、悲しそうな顔を寄せてくる。


 嫌なはずが無いでしょ。

 簡単にうなずけないのは、君のせいだ。


 君が無邪気すぎるから。

 僕の動揺に、あまりに無頓着だから……。


「もし嫌でなければ、連れて行ってほしい。私の家は近すぎて、帰郷という感じがしないのだ。私も皆のように、帰郷というものを体験してみたい」


 アシュリーの言葉に、ネイトは目を見開く。


 そうか……

 気が付かなかった……。


 アシュリーは、名門貴族の令嬢だ。


 上流の貴族たちは皆、王都の中心地に屋敷を構えている。

 アシュリーの家も、おそらくその辺りなのだろう。

 学校から馬車で1時間も走れば、到着してしまう距離だ。

 帰郷というには、あまりにも近い。


「……分かったよ、アシュリー。僕の家でよければ、来るといいよ」


 ネイトが言うと、アシュリーの顔はパアッと明るくなった。


「本当か!? 本当に行ってもいいんだな!? ありがとうネイト!」


 アシュリーは満面の笑みで、ネイトの手を握りしめ、ブンブンと上下に振る。


 少し冷たいアシュリーの手に、ネイトの顔は赤くなる。


 こんなに喜んでくれるなら、良かった。

 アシュリーと一緒に帰郷できるなんて、夢みたいだよ。

 ……言わないけど。


 と、ネイトは思った。


 ……いや、思ってしまった。



続く

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