第4話 人生初! 新幹線内で緊急連絡が・・😢
シゲルさんが本社転勤後数年経過して新工法の普及に奔走していたころ、先輩が前年度に施工した現場の二期工事(数ヶ月)を上司から任されたことから、九月初めに手荷物ぶら下げ東京から名古屋へ東海道新幹線で移動中の出来事でした。確か単なる平社員時代ですから自由席での移動だったと思うのですが、車内放送で名前を呼ばれまして電話が入ってる事を告げられたのでありました。
まさかと思い何かの間違いだろうと車掌さんに確認したところ、何と本社の直属の上司からの連絡で、「実家の親が危篤状態との連絡が親族から入り、名古屋駅に着いたらば支店の担当課長を駅で待たせておくので、実家と連絡しあってからそのまま新幹線で乗り継いで長崎に帰ってくれ。」との報せだったのであります。
後にも先にも移動している公共機関内での連絡を受けたのは、この時が初めてでして以後は当然ながら全く有りませんです。
長崎の田舎に帰ってみると、ほぼ同じころに大工であった父親が現場で右手の手首を大ケガして入院してしまったのに続いて、母親がお盆過ぎに食べた料理にあたったらしくお腹を壊して入院したみたいでした。二人の姉たちは両方とも嫁いでいて実家には両親だけだったのですが、すぐ近くにいた次女が両親不在の実家を見ていたらしいのです。ところが母親の容体が急に悪化してしまい多臓器不全の症状があらわれて危篤となり、急遽長男であるシゲルさんが呼ばれたみたいです。
最初のころは、両親二人とも普通に元気だったので「心配かけるけんシゲルには報せるなよ」と次女は言われてたみたいです。
姉二人は母親の容体が急変してしまって大変動揺してしおり、別の病院に入院している父親になんて伝えるか考えていたのですが、シゲルさんは「心配させて負担かけんごと、親父には今は伝えなくて母さんの回復を待つことにしよう」と話し合い、姉弟3人で母親が入院している国立病院を見舞いに行く日が何日か過ぎたのです。
結果的に、母親の容体は一進一退を繰り返してたのですが、九月中旬秋の晴れた日の夕方、病院のベッドの上で息を引き取ってしまったのでした。満52歳のまだまだこれからの命だったのに、残念ながらシゲルさんは結婚の晴れ姿も見せてあげられなかったのであります。たぶん彼岸花が咲きだしたころだったみたいです。
怪我した体で心配させぬように内緒にしていた父親へは、シゲルさんが言葉を選びながら伝え、今まで黙っていたことを心の底から謝ったのでした。父親はもしかすると少し予感があったのか、取り乱すことなく一言二言だったようです。🤓
この母親の急死によりシゲルさんは、父親一人だけになる家に帰ろうと今の会社を辞めて長崎に帰る決心をしたみたいですが、会社の上司や担当部長の進言によりとりあえず福岡にある九州支店への転勤をさせてもらうことが出来たのです。長崎へ帰るには車で1時間半から2時間くらいだったと思いますので、故郷がだいぶ近くなったのであります。
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