第2話

 施設から逃げたひかりを追跡してきたゴーレムを撃破した二人は、“協力者”の元へ向かう準備のために一度ルナの家へと向かった。

「入って、あんま片付いてないかもだけど」

「お邪魔します……」

 月は光を部屋へと通そうとしたがお互いに体中砂やら汚れやらが酷かったため、先に光にシャワーを浴びるよう促した。

「着替えとかはアタシの使って。後で持っていくからさ、先入っててよ」

 月は光が着るための、自分が着るには少し大きめの服を用意し風呂場の前に置いた。その時ふと、光の着ていた病衣びょういが目に入り思い返す。

 ――――そういえば光、靴履いてなかったな……。

 本当に想像を絶する環境での暮らしであったことが安易に想像できた。

 

 晩御飯の用意をしているとしばらくして光がお風呂から出てきた。

「服キツくない? ごめんね、マジでそんなんしかなくて」

「大丈夫です、ありがとうございます」

 ――――本当は少し胸のあたりがキツイけどそんなこと言えない……。

「ゆっくりしててよ、アタシもさっさとシャワー浴びてきちゃうからさ」

 そうして月は雑に晩御飯の用意を切り上げ、さっさと脱衣所の方へと消えていった。

 

 * * *


「ご馳走様でした、こんな美味しいご飯食べたの初めてです」

「ちょっとそんな嬉しいこと言わないでよ、マジ照れるじゃん!」

「私がいた施設ではいつもパンとスープだけだったので……」

「光ぃ……まだあるよ、マジでもっと食べなさい!」

 庇護欲を沸き立たせる目の前の少女を存分に甘やかそうとした月は、本当にお腹いっぱいなので、と困ったような笑顔を向けられてしまう。

 食事も一息つき光はこれからのことについて話し出す。

「“協力者”についてまだ詳しく話していませんでしたよね?」

「施設出るの手伝ってくれた人だっけ、女の人とか言ってたよね」

「はい、その女性は“春鳥はるとり製薬”という所で私を待ってるみたいなんです」

「どこにあるの、それ」

「ごめんなさい、そこまでは……ただあまり遠くというわけではないと思います」

 月は“春鳥製薬”をスマホで探しながら話を続ける。

「なんでその“協力者”は光に協力してくれたんだろ」

「もしかしたら私の血液に関係しているのかもしれません」

「……実験施設、って言ってたもんね」

「はい、私の血にはどうやら『癒す力』があるみたいなんです。例えば病気だったり、負ってしまった傷だったり……ただどれくらいの効き目があるのかは私はあまり知りません」

 なるほどねー、と月がゴーレムと戦った時のことを思い返していると、

「ほら、月さんの体の傷ももう治ってますよ」

 ゴーレムを撃破してまだ一時間ほど、だが既にお互いの体には傷一つなかった。

「たぶんそれもあると思うけどアタシの場合吸血鬼だから、っていうのもあると思うよ。人よりマジ傷の治りが早いの」

「吸血鬼って凄いんですね……あ、そういえば、私の血を飲んだ時暴走って……あっ!!」

 そう言いかけた光は突然顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 スマホから光に目をやり、何してんだ? と少し考えたが理由に気づいた時には月の顔も真っ赤になっていた。

「いやあれはマジ事故だから!! 別にしようと思ってした訳じゃないし!!」

「わ、わかってます!! 気にしてませんから!!」

「めちゃくちゃ気にしてんじゃん!!」

 その日はお互い本当に色々なことがあったせいで疲れている、ということで会議はお開きとなり寝ることになった。



 翌日、二人は“春鳥製薬”がここ異怪いかい市の北西に位置する山などがある自然の多いエリア、そのとある山の中腹にあることがわかった。

 またゴーレムのような施設からの“追跡者”がいないとも限らないため出来るだけ人目は避けて行こうと話し合った。

 つまり道路は避け移動は徒歩ということになり、早速二人は“協力者”の待つ場所へと向かう。


 



 

 * * *



 


 

 ――そのベッドには一人の少女が寝かされていた。腕に羽の生えた、所謂ハーピーと呼ばれる種族だ。 

小鳥ことり、薬の時間だよ」

 腕に繋がる点滴バッグを新しい物へと入れ替える。少女はもう三ヶ月ほど立ち上がることさえ出来ていない。

 その間様々な薬を試したが何ひとつ効果はなかった。

 もちろん医者にも診てもらったが全員回答は同じで、結局分かったことはということだけだった。

 だが希望は残されていた。たった一つだが最近見つけたものだ。

「もうすぐ、もうすぐで治るからね、小鳥……」

 危険を冒してまである少女を助けた。

 そのせいで奴らに狙われることを理解していても。

 女はただ静かにそのを待ち続ける。





 * * *






 ――異怪市北西部、春鳥製薬まで残り数キロ。

「マ、マジ遠い。思ったより山キツイ……」

 朝のうちに家を出て春鳥製薬へと向かった二人だったが、人目を避けての移動で想定より時間はかかり既に昼過ぎになっていた。

 本来この季節この時間帯であれば太陽の暑い光が二人を照らしていることだろうが、この深く生い茂った木々が太陽から守ってくれていた。そのおかげで特に太陽に弱い月はだいぶマシな状態にあった。

 それでも慣れない山道に体力を削られていた。

「光〜、大丈夫?」

「私は大丈夫です。春鳥製薬まであと少しのはずですから頑張りましょう!」

「マジヤバ〜イ……」

 

「な、私が言った通りだろ? やっぱあの白衣の女がコイツを逃がしたんだって」

「……」

 順調に歩を進めあと少しで目的地というところで突然そいつらは現れた。その二人組は月たちを待ち伏せしていたのであろう。だとすると――――

「“追跡者”!?」

 すぐさま月は影を纏い自分を盾とし光を守るように動く。

「やる気満々って感じじゃん。いずみサンは下がっててよ、私ひとりで十分だし」 

 御札のような髪飾りを付けたチャイナ服姿の女の子が前に出ると、泉と呼ばれた初老の男は何も言わず側の木に腰掛ける。

「私キョン・タンチャオね、覚えなくてもいいけど」

「……幸守こうもり月」

「へぇ、月ちゃんかぁ……」

 月が名乗るとキョンはニヤニヤしながら一瞬で間合いを詰め月を蹴り飛ばす。後方に飛ばされた月は光を通り過ぎ後ろにある木に背中から打ち付けられた。

「ガハッ!!」

 肺から全ての空気が失われる感覚とともに息苦しさで喉が痛む。

「ぐッ……光、下がってて!!」

 出来ることなら光ひとりで先に協力者の元へ向かわせたかったが戦闘にはまるで向いていない光をひとりきりにもできずにいた。それにあの泉という男も気になる。

「おい、どこ見てんだよ!」

 キョンは功夫クンフーのような動きで月に拳を放つ。纏った影でガードをしても体の芯に響くような打撃に堪らず亀のように身を縮めることしかできない。

「ゴーレムぶっ壊したの、ほんとにお前かぁ〜? なんか拍子抜けって感じだわ」

「生憎、アタシ今本気でやってないし!」

「言い訳して負けるのだけはやめてよ、ダサいから」

 月はギリッ、と歯をかみ締め今出せる全力を持ってキョンへと飛び込む。しかし、今の月にはゴーレムを倒した時のような力は無い。吸血鬼にとって他者から得る血液は力の源であり自身の力をより強力にするものであるゆえに、血を飲んでいない月にはあの時のような力は出せないでいた。そして吸血鬼は夜の使者であり夜中であればさらに力を引き出せる。つまり――

 

 そのどちらも満たしていない現状では全く歯が立たないのも当然であると思われる。


「月さん!!」

 キョンに再度蹴り飛ばされた月の元へ光は駆け寄る。

「月さん、私の血を飲めばゴーレムの時みたいな力が出せるのではないですか!?」

「ダメだよ」月はやっとの思いで立ち上がりながら、「マジで光の綺麗な肌に傷なんかつけらんないっしょ」

「冗談言ってる場合じゃないです、ナイフか何か持って――」

「ダメなの!!」

 月は光を突き放すかのように声を荒らげる。

「……あの時言っていた“暴走”が何か関係しているんですよね?」

「……吸血鬼ってね、普通血を吸うと理性が飛んじゃうの。代わりにめっちゃ強くなれるんだけどね」

「でも昨日は平気だったじゃないですか!」

「それは! ……それは、アタシにだってわかんない」

 今まで黙って見ていたキョンはやれやれといった顔で口を開く。

「なぁ、もういいか? 『被検体』は連れてこい、もう片方は好きにしろ。そう言われてんの。いっそ月ちゃんも来れば〜? どうなるかは知らんけど」

「行くわけないっしょ!! 光、とにかく安全なところに居て!」

 ボロボロになりながらもどうにかキョンへと立ち向かう。

 光はその姿を見ていることしか出来ないでいた。

 だが一発、また一発と蹴られ殴られを繰り返す月を見てどうにか力になれないか――――だがどう考えても自分に出来ることは自らの血を月に飲ませるしか方法がなかった。

 光は月とキョンの距離が離れたタイミングで月の元へと向かう。ボロボロになった細い腕を掴みたった一つの作戦を飲ませようとする。

「月さん、お願いします、方法はひとつしかありません! 私の血を飲んでください!!」

「でも……もしみたいに暴走したら……」

「ゴーレムの時は大丈夫でした! 昔に何があったのかは分かりませんが今ならきっと大丈夫です!!」

 でも……、と月はあと一歩を踏み出せないでいた。やはりこのままであのチャイナ娘と戦うしかないと。

 もはや光の言葉は聞こえこそすれど目に映るのは目の前の敵のみだった。

 そんな月を見て、光はとっさに月の顔を自分へと引き寄せた。私を見ろ、と言わんばかりに。そして昨夜と同じ状況を作り出すことで血を飲む決断をさせようと。


 つまり、またしてもふたりの唇は重なったのである。


「――ッ!!!!ちょっ、光!?」

「うぉっ、お前ら本気か!?」

「なっ……!?」

 今まで黙りを決め込んでいた泉でさえも驚きを隠せない光景だった。

「月さん!! 私の血を飲んでください、じゃないと勝てません!!」

 月は目を潤ませ顔を真っ赤にして訴える光から視線をはずせないでいる。

「確かに月さんに助けて欲しいとお願いはしました。でもそのせいで月さんだけがボロボロになっていくのを、ただ見ていることなんて出来ないんです!!」

 必死に自分の思いをぶつける光に、血が熱くなっていくのを月は感じた。

「ちょ、ちょっと待って、マジ分かったから! てゆーか光今血飲ませた!?」

 体の奥底から力が湧いてくるような感覚がした。それはまさに昨夜起きたような感覚だ。

「飲ませてないです! そんな、無理やりなんて私しません!」

 もちろん口内を怪我しているようなことも無かった。だが実際に月の影は赤黒く膨張していく。

「おいおい、これが本気ってことかぁ? おもしれぇじゃねぇか!!」

 キョンは月たちへ向かって駆け出す。先程までならまるでサンドバッグのように手も足も出なかっただろうが、月は光を抱えキョンを軽く躱す。そのまま無防備な背中目掛けて蹴りを入れる。さほど力は入れてないつもりだったがキョンは勢いよく地面を転がっていった。

 光を離れた位置に下ろし、体勢を立て直すキョンに先程までのお返しと言わんばかりの追撃を仕掛ける。

 それに素早く反応したキョンはすんでのところで飛び上がり追撃を躱す。

「なんだよお前、強いじゃん!!」

 声色から強敵を前にした喜びのようなものが感じ取れる。こいつは最初から目的などどうでも良く、ただ戦うことを楽しみにしていたのだと月は悟った。

「ここを通してくれれば痛い目に合わずにすむ……なんて、言っても無駄だよね?」

 互いに臨戦態勢に入り一瞬辺りの時間が止まった。その刹那、ふたりはこの一撃で終わらせる一心で拳を放つ。が――

「ここまでだ」

 ふたりの間に割って入り両者の一撃を容易く受け止める泉。「おい、なんで止めんだ! 今いいとこ――」ギャーギャーと騒ぐキョンに背を向け、泉は月に問いかける。

「お前はその娘を助けてどうする?」

「どうって……」

 泉はさらに問う。

「何故その娘に手を貸す?」

 月はチラリと光の方を視て、

「……そうするべきだと……それが正しいことだと思ったから」

「正しい……か」

 そう呟き泉はキョンを抱えて山奥へと歩き出す。

「おい、泉サン!! まだコイツと「俺はただの雇われだ。盗まれた危険な品物を取り返せという仕事だったはずなんだがな。手違いがあったみたいだ、今回は見逃す。これ以上は首を突っ込むなよ、吸血鬼の少女」

 未だ暴れ続けるキョンを制し泉たちは去っていった。


 

「月さん、大丈夫でしたか?」

「ごめん、心配させちゃったね」

 春鳥製薬へと向かいながら互いを気遣う。

「助けて欲しいとは言いましたが月さんに全てを押し付けようとは思っていません」

 今回なぜ、月が能力を使えたのかをふたりはまだ知らない。

「私も同じように背負います。これから“協力者”に会って、その先に何があるかは分かりませんが私も一緒に戦いますから」

 固く手を繋ぎあった少女たちの前に春鳥製薬と書かれた建物が現れた。

「何かあった時はよろしくね、光」

「はい、任せてください、月さん!」

 工場と思われる建物のシャッターが開き、中からは白衣の女が出てきた。

「……よく来たわね、“C-9”……あなたは?」

 

「アタシは幸守月。この子の、光の親友!」

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