第28話
「ジャミング、電波妨害機、軍事用なんかに使われるらしいが、案外、民間にも出回っているのだとよ。図書館だとか演奏ホール、携帯使用禁止の場所で使われるケースもあるのだとか。まぁネットで仕入れた情報だから鵜呑みにはするなよ」
突然現われたハルが語り出す。語る度に、一歩、一歩を近寄ってきた。
「何を言っている! 来るな!」
正之は後退した。が、後ろはコンテナの山。
「賀来!」
賀来は現われたハルを見つめている。
「天津太陽がきたら全力で戦え! 死んでも倒せ! 絶対に僕を守り抜けえ!」
正之は今にも太陽が闇の中から飛び出して来るような気がして、気が気じゃ無かった。
が、太陽はやってこない。それどころか、ハル以外の気配はなかった。
「期待にそえなくて悪いが、天津は来んよ。外に置いてきた」
「……お前、一人で来たのか?」
「ああ、俺はここに一人で来た」
注意深く、再度ハルの背後を照らす。やはり、誰も居ない。
「正之くん!」
トコロテンが歓喜の声をあげる。
正之は腹の底からこみ上げてくる笑いを留めきれなかった。
「馬鹿か、お前は! 一人でノコノコやってきて、何ができる! こっちには賀来隼人が居るんだぞ? お前に敵うものか! 飛んで火に入る夏の虫とはお前のことだな!」
正之は笑った。
だが目の前のハルも笑っていることに気づいて、笑うのをやめた。
ハルが笑っている。声をあげるわけでもなく、小さく口の端で笑っていた。何か微笑ましいものでも見るかのように。
「間抜けもここまでくると可愛げがあるな」
「なに?」
「話を戻そう。ジャミング装置の話だが、ネット通販でおよそ四万ってところだ。届いて試してみたら効果は抜群ってほどじゃない。開けた場所だと効果は安定しないし、有効範囲も十メートルってところだ。効果的に使うには場所を整えてやらねばならん。例えば貨物船の倉庫の中、コンテナに囲まれた一画だとかな」
「何を言っている」
「これがそうなんだが」
ハルが後ろに隠していた手を取り出す。そこにはアンテナがいくつも伸びる小形の機械が握られており、緑色のランプが細かく点滅していた。
「はん、お前もつくづく馬鹿だな。自分の秘密兵器を敵に晒すなんて。なるほど、お前は僕の通信を封じたのかもしれない。けど、それが何だって言うんだ? 僕がお前を倒して、その四万いくらかする機械を踏みつけてしまえば終わりじゃないか? え?」
「その通りだよ。こんなものが俺の秘密兵器だと思ってるから、お前の馬鹿は度し難い」
「なに?」
「俺は一人でここにきた。だが今となっては一人ってわけじゃない。時系列をおって説明してやろうか? 俺はお前等が来る前から、ここに居たんだ」
「……?」
「事が始まってすぐ、俺はここに来た。電波妨害装置を作動させてここで待っていた。そしたらお前等がやってきたんだ。一体、誰に連れて来てもらった?」
「――」
そこでようやく思い至る。
「賀来!」
賀来はハルを背負って、正之と対峙した。
「お前が虎の子の金と頼み自分に張りつけたこいつは俺の角――成って竜馬ってところか」
賀来はハルの隣に並び、正之を見据えた。
温度のない冷たい眼だった。ただその冷たさは無関心ではなく、冷気を発するような怒りだと正之にもわかった。
「賀来! この裏切り者! 僕を裏切ったらどうなるか、わかってるのか!」
正之はトコロテンとともに後ずさりしながら叫んだ。
「取り消してやった退学も元に戻してやるぞ! それどころか今度はこの町にだって住めなくしてやるぞ! いいのか! 今が最後のチャンスだぞ? それでも僕を裏切るつもりか!」
「裏切るつもりはないよ」
「賀来――」
一瞬、希望が見える。しかし、それはすぐに握りつぶされる。
「僕はあんたを裏切ることができないんだ。だって一度だってあんたについたことがないんだからね。敵のあんたを僕がどうして裏切れる?」
「敵……」
「そうだ。最初から最後まで、あんたは〝僕達〟の敵だったぜ」
「けど、だって……! お前はブランコを燃やすのを見ていた! 止めなかったぞ!」
その一言に、賀来の顔が歪む。
「そうだよ! 彼は君の大切なものが燃やされるのを黙って見ていたんだよ! それを許すっていうのかい? そんなのおかしいと思うな、僕は。僕だったら許せないよ!」
トコロテンもここぞとばかりに加勢する。
「春乃風太! こいつはお前の大切なものに火をつけたも同然だ! 保身のために! そんな奴を今更許すというのか!」
正之も叫ぶ。
「気にするな。あれは俺がやらせたことだ」
ハルがポンと賀来の肩を叩く。賀来は俯いた。
「俺の庭にブランコがあることを、一体誰がお前に教えた?」
「僕だよ! 僕!」
トコロテンが手をあげる。
「お前に教えたのは誰だ」
「僕の優秀なスパイ達さ」
「その優秀なスパイ達に情報を流したのが俺だ」
「え――」
「まぁ実際にはあと二三人はさんで、自然な形でお前達が見つけるようには仕向けたがな。案外、餌に食いつくのが遅くてイライラさせられた」
「そ、そんな――」
「そんなの出鱈目だ!」
ショックを受けつつあったトコロテンを打ち消し、正之は叫んだ。
「そんなの負け惜しみだ! 何が情報を流しただ。そんなのはやられた奴が悔し紛れに言う嘘に決まってる! 見張っていたんだ! お前達が共闘する隙なんてなかったはずだぞ!」
何もかも見張っていたのだ。
無論、携帯は取り上げていた。新しく契約しようものならすぐにその情報が流れるように伝令も出していた。大人も子供も全部使って、監視の目を張り巡らせていたのだ。二人が落ち合う機会なんて、絶対になかったはず。
「お前の言う通り、俺と加来は顔を合わせていない。しかしな、俺は差し入れをしといたんだ。あんた等がこいつを見舞う前にな」
「さしいれ……?」
「看護婦に頼んで、メロンパンを一つ、枕元においてもらった。何の変哲もない売店で売ってあるメロンパンだよ。美味くもない」
だがな、とハルがつけ加える。
「それが合図なんだ。作戦開始のな」
「作戦だと?」
「敵の懐に潜り込め――それがメロンパンの合図だ」
「は、なにを言っている。そんなのはったりだ。そんなもので伝わるわけない」
「あんたの横にくっついてる肉団子なら無理だろう。だが賀来になら通じる。相棒だからな」
「だ、大体、そんなことをして何の意味がある!」
「例えば退学を解いてもらうなんてのは、なかなか有り難い御利益じゃないか? とても俺にはできん」
「な、う……!」
「最後にはこうして俺の元にあんたらを運んできてくれたんだから、上出来だろう」
「ぐ、偶然だ! もし僕を騙す気なら、ブランコにだって自分で火を放つべきだろ! 実際、あれで僕はこいつを見放したんだぞ!」
「しかし最終的にはやはり頼った。なんせ周りが腰抜けだらけで、掴む藁と言えば賀来しかいない。またこいつは優しい奴でな。徹しきれないところがある。そこも俺はわかっていたぜ、相棒なんでな。だから、あれでいいんだ。全て、俺の計画通りだった」
言うと、ハルが何かを放った。それは何枚かの写真であるようだった。
「お前が放火する姿をばっちり撮らせてもらった。隣家で構えてたカメラでな」
「そ、そんな……!」
トコロテンが悲鳴をあげる。
しかし、正之は安堵を覚えた。
(勝った)
切られたカードはツーペア。自分には届かない。
見せ札をするまでは不安だったが、見えてしまえば何のことはなかった。
所詮、外様。雑魚。
「馬鹿め! それで僕の罪を立証したとでもいいたいのか?」
正之は高らかに笑ってやった。
「なるほど、外様なりに頑張ってはいたようだな。肉を切らせて骨を断つというやつか? ご苦労、ご苦労! けどそりゃ報われないな。骨折り損のくたびれもうけだよ、間抜け!」
正之は可笑しくて仕方なかった。
非力なものが非力なりに尽くした努力が。涙ぐましく、いじらしいとさえ思える全力が。所詮、この程度だということが、この程度で自分に一矢報いたと思っていることが、可笑しくて仕方ない。
「証拠がそんなに欲しけりゃ幾らでもやったのに、無駄な手間をかけさせたな。今度からは一言いってくれ、ちゃんとくれてやるから。ま、その後に握りつぶすのだけどな」
「正之くん!」
トコロテンの顔に光がさす。
「まだわからないのか? ばーか。証拠なんて意味ないんだよ。お前ら外様が何をしたって、望月であるこの僕には届かないんだ、クズ! この町に生まれ育って、そんなことも学んでなかったのか? こんなもので僕を追い込んだ気になって良い気になっていたのか」
笑えて仕方ない。
弱者の勘違いとわずかな希望にすがろうとしたあがき。それを目の前で潰してしまう快感。正之は心の底から愉快だった。
「歩いてるだけで笑えるほど弱者で低能なんだ。それをわざわざ披露して、あんまり僕を楽しませるなよ。笑い過ぎてお腹が痛くなる。あんまり可哀想だ、がんばったで賞でもくれてやろうか? はっはっは! 諦めた敗北と、懸命に挑んだ敗北、どっちが悔しいもんなんだ? 教えてくれよ、あんた、敗北のラインナップは豊富だろ? 僕に負け方というやつを教えてくれよ、敗北のプロフェッショナルさんよ!」
正之は投げられた写真を踏みつけて、ハルを睨み返してやった。
ハルも睨んでくる。
だが、そこに屈辱や怒り、焦りや絶望は見て取れなかった。
「言っておくが賀来を使って僕に何かしたら、今度燃えるのはブランコじゃなくてお前が寝ている家になるぞ」
「そうだぞ! 僕にだって指一本でも触れてみろ! 僕は正之くんの側近なのだからね! 大変なことになるぞ! ね? 正之くん」
トコロテンが喜色満面、喚いていた。
それを正之が気にできなかったのは、いつまでもハルの顔が絶望で歪まなかったから。
自分の宝物まで差し出してようやく放った矢が、本丸に届かず折れたことに何故落胆し膝から崩れ落ちないのか。それが気になりだしていた。まるで、何かあるようなのだ。
ツーペアより先に、何かとっておきがあるようなのだ。
「二つの手続きが必要だった」
ハルが二本の指をたて、話し始める。
「一つは土地の
二つ目、とハルが指を折る。
「こっちは簡単だ。土地の所有権移譲。知ってるか? 他人の不動産を自分のものにするのはそりゃ手間だが、自分のものを他人に譲るのは三文判と住民票程度で片がつく」
「何を言っている……」
ハルが何を言っているのか、正之にはよく理解できない。
しかし、理解できないものは巨大に見える。計れないものは恐ろしく映る。
そんな巨大さと、深さが、ハルにはあった。
「また今回のことを理解するには、この町の名家、天津一族についてもおさらいが必要だ」
「天津……?」
「今でこそ望月がふんぞり返っているが、あんた等がこの町に根をおろしたのは昭和の初期。それまでここは天津が顔を利かす町だった」
「だからなんだ。あんな古ぼけた化石のような連中、着物の着付けと木刀を振りまわすくらいしか能のない――」
「まったくそうだ。今じゃ文化教室と天流の道場くらいしか稼ぎ口がない。もちろん、この時分、そんなものは赤字。しかし本家の屋敷ならびに、分家もちゃんと門構えを整え、なかなか望月に負けてない外面を保っている。何故だろうな?」
「ふん、あいつらは僕達にはり合うために見栄をはって――」
「いいや、違う。天津には莫大な資産があり、そこからの収益で一生遊んでくらせるほどの利益を毎年得ている。その額たるや、あんたでもヨダレが出るほどだろうよ」
「あいつらに資産……?」
「ここで歴史の勉強に戻ろう、天津の一族はその起こりが鎌倉時代の武家社会にまでさかのぼる正真正銘の名家。長い歴史のなかで、脈々と受け継がれてきた武士の価値観というものが未だに残っている。それ故、あるものを非常に尊ぶ」
「なんだ」
「土地だよ」
「とち?」
「あんたら望月が良港を求めてこの町に進出したとき、古株の天津とは散々やりあった。それでもあんたの祖父の代で和睦が成され、今の平和が築かれた。その和睦の条件が、土地。天津にとって絶対的価値をもつ、この町の膨大な土地に望月が手を出さないこと」
「膨大な土地? あいつらには屋敷と道場くらいしか」
「そこをわかっていないから、あんたらの親はガキの教育不足だと言うんだ。この町の王座にある望月嵐が何故、天津にだけは席を並べる? 過去のことがあるだけじゃない。現実問題として、天津には頭が上がらないんだよ、望月が持つ
「そんな……いや、そもそも、なんでお前がそんなことを」
「疑うなら調べてみるといい。法務局に問い合わせれば、登記簿謄本を誰でも取得できる。望月にも天津にも関係ない、この俺でもな」
そこでハルがにやりと笑う。
「俺が校則ばかりに詳しいとでも思っていたのか? 俺はルールに詳しいんだよ。よく知り、よく活用するために、この世のルールにな」
「ま、正之くん、どういうことだい?」
トコロテンの声も今では喜びの張りを失っていた。
正之はそれどころではない。
ハルが話を進めれば進めるほど、何か恐ろしくて巨大なものが奥底からその姿を浮上させてきている。外洋のうえに、小さなゴムボートで揺られているような感覚。足が地につかず、ふわふわとしてきた。
「自慢を続けるようで申し訳ないが、俺の知っているルールの披露にもうしばらくつきあっていただこう。天津の家訓に一所懸命という言葉があるそうだ。一所に命を懸けて守りぬく。俺達卑しい出自のものには理解に苦しむが、武士とはそういうものらしい」
ハルは止まらない。
「和睦以後、天津は土地を望月に貸し出し、今では莫大なリース料で不労取得を得る羨ましい身分。上の望月が栄えれば、下の天津も受益する、持ちつもたれつの関係。パートナーとしてはこれ以上ない強固な利害関係が成立している。普段、天津が大人しくしているのは、商才もなく現代では滅びるはずだった自分達が望月のおかげで生き延びている側面を理解しているからだ、あんたらよりずっと謙虚にな」
しかし、とハルは続ける。
「ある一点において天津は謙虚でなくなるし、およそ賢明でさえなくなる。ある一つのことが破られたなら、自らの補給路を断つとわかっていても、相手に立ち向かう。差し違えることになっても相手の喉元に食らいつく。それが天津にとって聖域、土地だ」
正之は胸が強く打ち、呼吸が乱れてくるのを感じた。
土地。土地。土地。
繰り返される度に、冷え切った鉄杭を打ち込まれるよう。
こんな苦しさを、正之は味わったことがなかった。
「本家の器量良しに尋ねてみたよ。もし、仮に、どこぞの馬鹿が土地の権利者が変わったことに気づかず、天津の土地にガソリンをまき、火を放ったらどうなるか。言っていたぜ? とても子供の遊びで済まされることではない。たとえそれが、俺から天津太陽に譲られたわずかな土地であってもな」
「う、ぐ、き、きさま……!」
「ようやく悪役らしくなってきたところで、俺の切り札をきってやろう」
そう言うと、ハルはジャミングを発生させていた機材を捨て、踏みつけた。
わずかな時間の後に、正之の携帯が鳴り響く。
「ひ! う、あう……!」
正之は、それをとることができなかった。
「天津は今回のことを望月嵐に持ち込み、大いに遺憾と不服を唱えた。事件の再調査を要求し、犯人を徹底追及の後、ふさわしい罰を与える。できなければ、リース契約の更新はない」
「どういうこと? どういうことだい、正之くん! ――うわ」
トコロテンがしがみついたところで、力がぬけ、正之は尻もちをついてしまう。
ハルが見下ろしてくる。
その目を見て、正之は理解する。
(従姉さんと同じ眼だ)
冷たくて、鋭く、相手を射殺すような眼。決して逆らってはいけない眼。
「今日という日に間に合わせたかったんで、生徒会長様にも急いでもらった。約束の時間を過ぎたから、その着信は結果発表になるだろう」
正之は電話をとることができない。
指の一本さえ、今では動かせなかった。
着信が響く度、携帯がふるえる度、正之の心臓は搾り上げられ、涙がわいた。
「電話にでろよ、決着の時だ」
ハルが見下ろしてくる。
「いやだ、いやだ……! くるなああ!」
正之は目の前のハルと、ハルが見下ろしてくるという現実を振り払うように、四肢を振り回した。その拍子に、携帯が転がる。
「――よせ!」
叫んだ時には、ハルに拾われ、通話が始まっていた。
「マー君! マー君! どこにいるの! 大変よぉ! どうしてこんなことに! ああ、警察が! 逃げて、逃げてマー君! いやああ!」
携帯のスピーカーから流れる母親の悲鳴が、暗闇のなかで響いた。
正之は股ぐらに暖かなものが広がるのを感じながら、ただハルを見上げていた。
「こんな、こんなひどいこと……僕をはめるなんて、ひどい……」
「俺は棺桶を用意しておいた。あんたは行儀よくそこに収まり、蓋をしめて、自分で火をつけた。言っただろ? 俺はあんたを絶対に許さんと」
携帯が放られて、正之の谷間から広がる水たまりのなかに落ちた。そのなかで、まだ母親の悲痛な叫び声が正之を呼んでいた。
「俺の絶対は絶対だ。望月正之、この町から消えろ」
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