夫の単身赴任中の寂しさを紛らわせるために始めた不倫がバレて人生が崩壊した結果、実家の物置部屋で孤独に過ごすことになった話
こまの ととと
第1話
「行ってらっしゃい。お仕事頑張ってきてね」
そんな風に夫を単身赴任に送り出してから、私の日常はどこか空虚だった。
メールや電話でやり取りはしていたけれど、胸の奥のぽっかり空いた穴は埋まらない。だからといって、私がそれを悲しんでいたかと言われると、違う。
むしろその自由な穴を楽しんでいた。
そう、そんな私が彼と出会ったのは、OL時代の親友に誘われていったワインバーだった。
洒落た雰囲気の店で、偶然隣に座った彼――誠也――は、私より数歳年上の爽やかな営業マンだった。
彼は妻子持ちだということを、あっさりと口にした。
けれどその軽薄さが逆に心地よかった。
お互い、余計なものを求めない関係が自然と成立した。
「旦那さん、今いないんだよね?」
初めて彼が部屋に来た夜、誠也は笑いながらそう尋ねた。
私はグラスを傾けながら軽く頷いた。
「単身赴任中なの」
「そっか、なら、寂しいよね」
誠也が近づいてくると、甘い香水の匂いがした。
寂しいかどうかなんて、どうでもよかった。
ただ、その瞬間彼の手が私の肩に触れると、頭の中で何かが弾けた。
そんな気がしたのだ。
その夜から私たちは週に一度、あるいは二度、密会を重ねるようになった。
日中は仕事、夜は誠也との逢瀬。
それは私の日常を鮮やかに彩るスパイスのようだった。
夫との生活は安定していたが、逆に言えば平淡で物足りない。それが嫌いなワケではないけれど。
誠也との時間は、その退屈を一気に吹き飛ばしてくれる。
誠也はどこまでも情熱的だった。
いつでも独身の頃の自分に戻れるような、そんな錯覚を覚えるほど。容易く彼に夢中になった。
夫の電話が時折鳴るたびに、一瞬罪悪感を感じるが……それもすぐに消える。
「彼には彼の世界がある。私は私の世界を生きているだけ。今は二人で生活してないのだから、ちょっとしたドキドキは……必要よね」
そう自分に言い聞かせて、私は誠也との時間を楽しむことにした。
その日も、誠也が私の家を訪れていた。
部屋の中には彼のネクタイが無造作に置かれ、夫の写真が飾られたリビングには誠也の香りが染み付いていた。
私の指はその写真に一瞬触れたが、特に何も考えずに手を離した。
「美咲、来週もまた会えるよね?」
誠也の声がシャワーの音をかき消すように響いた。
私は微笑みながら、浴室に向かう。
「もちろん。その代わり、次ももっと素敵な夜にしてね」
夫の不在を理由にして、私の心の隙間を埋めるための不倫――それがどれだけ危うい橋の上に成り立っているかなんて、このときの私はまだ気づいていなかった。
そして次の週。
「美咲、今日も綺麗だね」
誠也はそう言って私の髪を撫でた。私は目を細めて微笑みながら、彼の唇を求めるようにキスをした。
「あら、知らなかった? 私は綺麗よ。たとえあの人がが見ていなくてもね」
「そうだね。でも、俺ならそんな思いはさせないよ」
誠也は私の頬に触れながらそう言った。
その指はどこか冷たくて、それが心地よかった。私はそのまま彼の胸に顔を埋めた。
そしてまた、私たちは時間を忘れてお互いの唇を貪った。
「ねえ誠也、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「今日ね、ちょっと良いことがあったの。だから、そのお祝いがしたくて」
「良い事って?」
私は悪戯っぽく微笑みながら、彼の耳元で囁いた。
「……あなたとの、この時間」
誠也は一瞬驚いたように目を見開いた後、小さく笑ってから言った。
「それは素敵だね」
そんなやり取りをしてから数時間後、私たちはベッドの上で横になっていた。
私は彼の腕に抱かれながら、ぼんやりと天井を見つめていた。
(……ああ、幸せ。愛しの旦那様が帰ってくるまでの秘密の時間だけど、それがとっても刺激的。きっとこの先の平凡な人生のスパイスになることでしょう。誰にも言えないけど、娘が生まれたら、こっそり教えてあげようかしら? それで何も知らないパパを二人で見て微笑むの)
妄想の時間はどんどん加速し、私はこのまま彼の腕の中で眠りにつこうとした――その時だった。
「二人とも、そのまま動くな」
勢いよく扉を開けて部屋に入ってきたのは、スマホをこちらに向けてくる――無表情の夫の姿だった。
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