2.惨劇

 ガシャン! ガシャン! ガシャン!


 左右の森から現れた共和国軍の兵士たちは密集隊形を組み、方形の大盾を隙間なく地面に並べた。


 ビシッ! ビシッ! ビシッ!


 そして大盾の間から長槍を突き出し、レイシールズ城の将兵たちに向けた。

 レックスは驚きのあまり、口をぽかんと開けて固まってしまった。


(こんなところに……共和国軍だと!?)


 ここは彼の主君であるハイウェザー公の領地だ。

 ハイウェザー公はサーペンス王国の王に忠誠を誓っているため、王国の版図に含まれる。共和国軍が足を踏み入れていい場所ではない。


「貴様がレイシールズ城の城主のレックスだな」


 精悍せいかんな顔つきの男が、兵士たちの間をぬって前に出てきた。

 きらびやかな鎧の上に深紅のマントを羽織っており、かなり高い地位の軍人であることがうかがえる。


「だ、誰だおまえは!」

「私はロシュホール・アドリアン。ペルテ共和国軍の司令官だ」

「共和国軍がなぜここにいる! 今は休戦中だぞ!」

「その休戦は、たった今破棄された。我々はこれからレイシールズ城を奪い、そこを拠点としてサーペンス王国の領土に侵攻していくつもりだ」


(おのれ、一方的に休戦を破棄して攻め込んできたというのか……!)


 許せないが、卑怯だと責め立てたところでどうにもならない。


「ここに兵を伏せて待ち構えていたということは、俺たちが来ることを知っていたのか?」

「そうだ。我々はレイシールズ城の周辺に斥候を放って、貴様らの日々の行動パターンを探っていた。だからこの時間、この場所で、すべての兵士が参加する模擬戦が行われることは予想できた。それに比べて貴様らは平和ボケしすぎだぞ。まさか国境に1人も監視兵を置いていないとはな」

「くっ……!」


「じょ、城主殿、あれはウェアウルフです」


 配下の騎士の指差す方を見ると、敵軍の中に狼の頭を持つ者たちがいた。体はふさふさの毛に覆われ、鋼のような鋭い爪と牙を備えている。


 亜人種であるウェアウルフ族の兵士たちだ。狼のような外見を持つ人型の種族で、人間よりもはるかに身体能力が高い。

 サーペンス王国は人間だけが住む国なのに対し、ペルテ共和国では亜人種と人間が共存しているのだ。


「そうだ、俺たちはウェアウルフ族、そして俺は指揮官のガルズだ」


 今度はひときわ大きなウェアウルフが前に出てきた。「ここには人間の兵士以外に、ウェアウルフ族の兵士が2000人、リザードマン族の兵士が2000人いる」


「総勢で1万人の大軍だ」


 アドリアンが続けた。「貴様らはその大軍に左右から囲まれている。勝ち目はないぞ。さあ、どうする?」


(確かにこの戦力差では勝負にならん。やむを得んか……)


「わかった、俺たちは降伏する。騎士に対しては、その身分にふさわしい待遇を要求する」


 レックスがそう告げると、あざ笑うような甲高かんだかい声が返ってきた。


「ケッ、てめえはバカか? 何ぬるいことをぬかしてやがんだ?」


 アドリアンの後ろから黒いローブ姿の男が現れた。不自然なほど顔色が白い男で、大きな充血した目でこちらをにらんでいる。


「騎士だから降伏しても優雅な生活が保障され、身代金を払えば解放される? んなわけねえだろうが! てめえらはこれからオレ様の魔法で殺されるんだよ!」


(魔法だと!?)


「まさか貴様……魔法使いか!?」

「だったらどうした?」

まわしい魔法使いを生かしておくわけにはいかん! この俺が斬り捨ててくれる!」


 レックスは剣を抜いた。


「オレ様を斬るだと? 笑わせてくれる。死ぬのはてめえらのほうだ!」


 魔法使いは両手で印を組み、呪文を唱え始めた。「火の精霊サラマンダーよ、我が契約に従い――」


(魔法の詠唱か……まずい!)


 レックスはあわてて馬に鞭を入れ、魔法使いに向かっていこうとする。


「させぬ」


 ウェアウルフの指揮官ガルズが素早く接近し、レックスの馬を鋭い爪で切り裂く。馬は悲鳴を上げて倒れた。


「くっ、馬を攻撃するとは卑怯な……!」


 地面に投げ出されたレックスは文句を言うが、


「卑怯だと? これは馬上槍試合ではないのだぞ」


 ぐしゃっ。


 ガルズは倒れたレックスの頭を巨大な手でつかみ、兜ごと握りつぶした。




―――




「城主殿っ!!」

「そんな……、サー・レックスが……!」


 自分たちの指揮官の凄惨な死を目にした騎士と兵士たちは、絶望の声を上げた。


「一瞬で死ねたこの男は、まだマシのようだ」


 そうガルズがつぶやいた次の瞬間、詠唱を終えた魔法使いが地面に手をつき、魔法を発動した。


「――罪深き者どもを焼き尽くせ。焦熱地獄インフェルノ!」


 地面から次々と火柱がき上がり、レイシールズ城の騎士と兵士たちは紅蓮の炎に包まれた。

 皮膚を焼く激烈な痛みが全身をつらぬき、吸い込んだ高温の空気が内臓を焼き焦がす。


「ギャアアアァァァッ」


 苦痛で思考能力を失った者たちは、剣で自害するという考えも頭に浮かばず、悲鳴を上げてもだえ続けた。

 まさに地獄のような光景に、共和国軍の兵士たちは言葉を失っている。


 やがて地面の上には、プスプスと焦げつく人間の残骸だけが残された。


「まったく……人間が燃えると、どうしてこんなにくせえんだろうな?」


 魔法使いは不快そうに鼻を押さえながら、「後始末はてめえらに任せた」と言ってその場を立ち去った。


「チッ、人格破綻の異常者が勝手なことを……。騎士はともかく、戦意のない兵士まで殺さずともよかろうに」


 ガルズはその背中に向かって悪態をつくと、アドリアンに顔を向けた。「司令官、俺はあんなクズと一緒に戦うのは気に入らんな」


「まったくだ。だがその力は認めねばならん。1人で1500人を焼き殺すなんて芸当は、魔法使いでなければ不可能だ」

「1500人か……これでレイシールズ城はすべての戦力を失ったことになるのか?」

「そうだ、騎士と兵士のすべてがここで死んだ。調査によれば、残っているのは70人ほどの民間人と、が300人だけだ。とても戦力とは言えんな」


 アドリアンの言うとおり、レイシールズ城には女の兵士がいるのである。

 ただし城主のレックスは彼女たちを戦力とは見なしておらず、模擬戦に参加させることもなかった。


「女を兵士にするとは、王国のやることは理解できぬな」

「王国は以前の戦争で我が国に負け続けた結果、男が大量に戦死した。それで国内の男女比率が偏り、兵士になる男が足りなくなったらしい。まあ、女兵士はしょせん数合わせだろう。戦いでは何の役にも立たない置き物だ」

「人間の兵士たちの中には、城を落とした後に女兵士と楽しむことを期待している者もいるようだぞ」

「認めねばならんだろうな。政治家たちは眉をひそめるだろうが、兵士が戦う理由は愛国心よりも、金と性欲のほうが大きい。それが現実だ」




 すでに勝負はついた。彼らはそれをまったく疑っていなかった。

 共和国軍の兵力は1万人で、その内の2000人は強力なウェアウルフ族。さらには人智を超えた魔法使いも軍中にいる。


 それに対するレイシールズ城の兵力は、300人の女性兵士だけ。

 もう城は落ちたも同然、彼らがそう考えるのは無理もない。


 しかし軍の強さというものは、兵士の質よりもによって決まるのだ。

 ある偉大な王は、そのことを表す有名な言葉を残している。


『私は1頭の羊に率いられたライオンの群れを怖れない。しかし1頭のライオンに率いられた羊の群れを怖れる』


 彼らは知らなかった。レイシールズ城には、配属されたばかりの将校が1人残っていることを。


 その将校はまぎれもなく、ライオンであることを。

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