【何モブ】何があっても『良い人』から進展しない先輩を好きになってしまったモブの私はどうすればいいですか?

るろ

プロローグ

第1話 神様なら今さっき罪とかいう物を安売りしていたよ


清継きよつぐ君、私達友達に戻らない?」



 桜の木が蕾をつけ始める頃だった。まだ地面には名残雪がしぶとく居座り、刺すような冷気が肌をひりつかせていく。

 風が光る雪の結晶をサラリと宙に舞い上げ、身震いした俺は首に巻いたマフラーを絞め直した。


 俺には高校一年生の夏あたりから付き合い始めた彼女がいた。そう、ガールフレンドだ。

 しかもただの彼女じゃない。学年どころか学内随一の美少女で、清純で、品行方正で、清廉潔白。辞書に“高嶺の花”とあれば、たぶん向崎こうざき 恋花れんかの顔写真が載るレベルだ。


 他の連中はひれ伏し、こうべを垂れ、一部宗教めいた界隈では“人間界に舞い降りた神”として崇められていたに違いない。


 ――が。俺はそうは思わない。


 何故なら俺は完璧だからだ。


 アホ丸出しを承知の上で言うが、俺はまず容姿が良い。モデル体型の身長176センチ、顔立ちが良いのは言うまでもない。

 性格に至っては、一年の締めにクラスで作られた思い出のしおり内の「どんな時でも助けてくれた人ランキング」と「クラスに欠かせない人物ランキング」で堂々の一位を記録している。

 

 通りすがりの女子からの告白なんて、もはや日常の風景。俺が鏡を見るたびに世界の均衡が乱れるので、控えているくらいだ。



 そんな究極の人類とも言える俺の彼女が高嶺の花。ようやく釣り合ったと言えるだろう。で、その俺に何だって? ……あれ、なんて言われたんだっけ。



「すまない、恋花れんかもう一度言って貰えるかな」



 俺の問いに、向崎 恋花は気まずそうに目を伏せ、もう一度言った。

 


「だから、清継君。私たち、友達に戻れないかなって言ってるの」


「それってつまり……ガールフレンドから、フレンドになりたいってことか?」



 動揺しすぎて、アホみたいなセリフが口から転げ落ちた。


 友達に戻りたい? それはつまり、俗に言う“別れ話”というやつか。


 この俺が――振られる?

 いやいやいや、そんなはずはない。最近バイトで忙しくて時間は取れなかったが……いや、まさか寂しくて俺の気を引こうとしているのか? ならばここは、気の利いた台詞で応えるべきだ。



「最近あまり時間を取れてなかったからな。ごめんな恋花、俺はいつだって君の事を一番に思って――」



 言いかけた言葉が、ふっと喉の奥で消えた。彼女の瞳を見た瞬間、これは冗談ではないとようやく悟ったからだ。


 まっすぐな瞳だった。半年とはいえ彼氏であった俺に、最後まで誠実に向き合おうとする――そんな目だった。


 俺は唾と一緒に、ふざけ半分のセリフを飲み込む。


 彼女がどんな想いを溜めていたのか知らない。いや、気づけなかったのだろう。何にせよ、俺は振られる。これが初めての失恋だ。


 本心を言えば、俺は向崎恋花こうざきれんかが好きだ。顔も声も仕草もマジ可愛い。神聖視はしないが、控えめに言って天使だ。いや、ビッグエンジェル。



 別れたくない――と泣きつくのは簡単だ。鼻水を振り撒いて涙で詰め寄れば、優しい恋花なら考え直してくれるかもしれない。でも、彼女も思い悩んで出した結論なのだろう。


 ならばせめて、最後まで俺はでいようではないか。

 そう言い聞かせた。



「分かった。恋花、君の気持ちを尊重するよ。俺達カップルはここで終わりだ。でも最後に聞かせてくれないか? 俺の何が良くなかったんだ?」



 最後に恋花の本当の気持ちを知っておきたいと思った。同時に、彼女の胸につっかえているものを、言葉にして楽にしてやりたかった。


 恋花は少しの間考え、それから照れくさそうに笑って言った。



「んー……清継君、良い人すぎてつまんないんだもん」

 


 これが初めての失恋。

 嗚呼ああ、神よ。良い人であることが罪ならば、この身に課された十字架に、せめて唾を吐かせて下さい。

 


 頭が真っ白になっている間に、恋花は小さく「ごめんね」と告げて、雪の道を歩き去っていく。後ろ姿が見えなくなるまで呆然と見送ったあと、俺は残雪に背から倒れ込んだ。


「良い人すぎてつまんない、か……」


 ぼそりと復唱する。


 あれほど“良い人だから好き”と言ってくれたはずなのに。

 誰との約束よりも俺との時間を優先してくれるほど、重く、一途な子だったのに。


 なぜ、急に心変わりした?


 ――高校生になって、最初の冬が終わる。

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