水虎先生乾道評判記 追記
美木間
薔薇露 バラノツユ
こちらで述べますのはカクヨムコンテスト10【短編】に参加中の作品平賀源内とあやかしの小話『水虎先生乾道評判記 奇しき人と賢しき妖』をより楽しむためのエッセイです。
まずは、本編をご覧ください。
『水虎先生乾道評判記 奇しき人と賢しき妖』
https://kakuyomu.jp/works/1177354055104024544
さて、フローラルウォーター、芳香蒸留水、アロマテラピーに興味のある方は耳にされたことがあるのではないでしょうか。
水蒸気蒸留法という抽出方法で、エッセンシャルオイル――精油とともに生まれるのが、芳香蒸留水です。
薔薇に関しては、その水蒸気蒸留法で抽出した精油をローズオットーと言い、溶剤抽出法によるものをローズアブソリュートといいます。
アロマテラピーでは、精油がメインに使われますので、芳香蒸留水は、精油を抽出する際の副産物と言ったりもします。
植物の成分が溶け込んでいて香りがするという点は共通なのですが、お肌に使用する際に、大きな違いがあります。
精油は、必ず、100パーセント植物油のキャリアオイルで希釈しなければなりません。
うっかり、そのままお肌につけることは通常絶対にしてはいけません。
匂いを嗅ごうとして、精油ボトルの口に鼻を付けたり指で触ったりするのもだめです。
大丈夫なものもありますが、なにしろ植物の抽出物が濃縮されたものなので、さまざまな反応が出る可能性があります。
こういったことは、注意書きとして必ず製品には記載されていますが、アロマテラピーという言葉が日常で使われるようになって浸透していても、なぜか、香水などと混同して、精油も直に触ってもいい液体だと思われているのが現状だったりします。
その点、フローラルウォーター、芳香蒸留水でしたら、よい香いの化粧水としてそのまま使うことができます。
さて、蘭引きならぬアランビックでのローズウォーター作りを、以前体験したことがあります。
一見、ひょうたんから管が出ているようにも見える銅製の蒸留器アランビック。
上、中、下と、器は三段重ねになっています。
アランビックはポルトガル語で、そこから蘭引きという言葉が出たのではないかと一説には言われています。
その時に使用した蒸留器のアランビックは銅製でした。
熱伝導率がよいのと、銅イオンによる殺菌効果が認められ衛生的であることから、銅製のものがよいとされています。
なにしろ、植物は生ものです。
抽出後、雑菌は増え続けるので、そういった点に配慮があるのはよいところです。
では、水蒸気蒸留法の手順です。
無農薬のダマスクローズの花をほぐして、花びらにします。
幾重にも重なり合った薔薇の花びらをほぐし、散らしていくのは、なんだかいけないことをしているような気になります。
薔薇の紅茶とスープだけで生きていけそうな気分にも……もちろん錯覚です……
三段重ねになっているアランビックの下の器には水を入れて下から火を焚いて熱します。
まん中の器には薔薇の花びらをたっぷり入れます。
下からの蒸気で花びらを蒸してその湯気が器の上の部分に付いて溜まっていきます。
上の器に入れる水は冷却水の役割をします。
常に冷たい水を足して、下で沸かしている水の温度が40℃以上にならないように気をつけながら、湯気が露になって器に落ちてくるのを待ちます。
すなわち、一番上に蒸気がついてそれが冷却水で一定温度に保たれることで液体にもどりまん中にたまって、それが、うっすらと精油を含んだ芳香蒸留水になるというわけです。
待っている間は、何もしなくてもいいので、ハーブティーをいただきながら歓談します。
しばらくすると、最初の一滴が生まれる時間です。
細長いアランビックの抽出口から、ぷわっ、と水滴がふくれて、ぽたり、とガラスのビーカーの中へ。
薔薇が凝縮され、抽出された雫、最初の一滴が、生まれたのです。
最初の一滴は、最高に上等の香りがしました。
これぞ、薔薇。
薔薇以外の何ものでもない、という香りです。
その後は、一定間隔でどどーっと、抽出口から植物成分の含まれた香りの水が出てきました。
そうなったら、ティーカップを置いて、たまっていく蒸留水がビーカーに満杯になったら次に変え、一方では、蒸気を液体にもどして芳香蒸留水にするのに、液体が40℃以上にならないように常に冷却水を継ぎ足し続けなければなりません。
それは、もう、忙しかったです。
蒸留という行為の目的には、植物から精油を抽出するといったことの他に、穀類や果物からアルコールをつくる、海水を真水にする、松脂を取るなどといった現実的な物質を得るための他に、エリクシールといった不老不死の薬などをつくりだすという目的もあったとされています。
物質からその精髄ともいえるものを取り出すこの蒸留という行為ですが、自然な流れでこれって錬金術だなー、と、思いませんか。
さて、なぜここまで長々とアロマテラピーの芳香蒸留水の話をしたかと言いますと、アロマテラピーの歴史を辿る時に、医薬に関する動植物や鉱物の学問である本草学も学ぶからです。
その本草学から発展した物産学の研究者としての一面を、平賀源内はもっていたからです。
そんな彼の著作物の一つ、宝暦13(1763)年出版の物品会の出品解説目録『
それは、すなわち、薔薇の花の芳香蒸留水です。
『物類品隲』に、薔薇露は次のように記されています。
「薔薇露 綱目露水條下ニ出タリ和名バラノツユ紅毛語ローズワアトル紅毛人都テ
つまり、薔薇露は、日本語ではバラノツユ、紅毛語すなわちオランダ語ではローズワアトルと言い、蘭引きを使って薔薇の花を蒸して抽出した水である、と、薔薇露は薔薇の花の芳香蒸留水だと説明されています。
用途は外科的治療によい結果があったとしています。
蘭引きは、陶器製で、三段構造になっています。
一番下に精製水、まん中にバラの花びら、一番上に蒸気がついてそれが冷却水で一定温度に保たれることで液体にもどりまん中にたまって、それが、うっすらと精油を含んだ芳香蒸留水になります。
この本では、つくり方については記されていませんが、文化10(1813)年に発刊された化粧指南書『
「第七
この本では、「花の露の伝」として、まず、「この
と、その効能が記されています。
そして、次に、「花の露とりよう」と題して、蘭引きによる花の露の抽出法が、絵図とともに、掲載されています。
「いばらのはな(茨の花) この花をつみとり、らん引にかくる。かくのごとき
さて、この露を
を、らん引きにかけ、この香具の香いをとり、いばらの花の露を少し入れて用ゆる也。」
このような過程を経て生れるのは、正しく芳香蒸留水です。
同書では、蘭引きがない場合のやかんを使った方法、香木や香料を芳香蒸留水に足して用いる方法なども記されています。
長崎出島で手に入れた、珍奇な物品あれこれを、土産話に手土産にと、何を語るか思いめぐらせ、オランダ渡りの蘭引きから、生まれて
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