第5話

 数日後、コインランドリーの前を通ると川村が倒れていた。無視した。ただあの姿はどう考えても川村だと思ったので、よせばいいのにわざわざ戻って覗いた。

「酒臭っ」

 つま先で小突いた。

 川村はむくっと起き上がると、回っている乾燥機を見上げた。

「どこやねん」

「コインランドリーですよ」

「誰やねん」

「春瀬で〜す。飲みすぎですよ〜」また眠そうにしていたので「川村〜起きろ〜」

「俺は誰?」

 面倒臭っ!

「とにかく椅子に」春瀬は丸椅子に引き上げようとしたが諦めた。「ここに自分で座ってください。ほら。服も汚れますよ」

 ポカリスエットを買うと、キャップをねじ開けて川村に渡した。どこかで見た。母が酔って帰ってきた父にしていたことだ。放っておけばいいのにと思いながら見ていたが、まさか自分がすることになるとは溜息が出た。

「飲みすぎた」

「見ればわかる」と呟いた。

「お好み焼き屋か飲み屋かわからんところあるよな。たいていわからんのやけど」

「はい。もう一本。どれくらい飲んだんですか?飲んだ分だけ水飲むんです。初めはポカリスエットで次はお茶か水です」

「家には帰ったんやで。で、洗濯せなと思うて出てきたのがあかんだんやな」

「酔いつぶれてる時点でアウトです」

「つぶれてたか」

「The行き倒れでしたね」

「定冠詞がついたか。不定冠詞くらいにしておいてほしいな」

 つまらないことを言うのは飲んでも変わらないらしい。乾燥機が止まると、意外にきちんと袋に押し込んで、眠そうな顔ながらも一息ついてスッキリしたようだ。

「帰るわ」

 春瀬も帰ろうとしたが、どっと疲れた。人を介抱することなどしたことがない。悪くはない経験をしたと思いつつ、頻繁にしたくはないなと苦笑した。親が親だから自分にも素養があるのかもしれない。いくら嫌でも家では飲んではいけないな。楽しくないお酒は嫌だな。

「財布……」

 靴用の洗濯機の下に財布を見つけた。

 膨らんだ二つ折りの財布には川村の定期と学生証が入っていた。見てはいけないと思いつつ札入れを覗くと、飲みすぎたのか札は一枚も入っていなかったが新聞の小さな切り抜き写真と細く折りたたんだ紙きれが入っていた。また見てはいけないと思いつつ悪魔が囁いた。鬱陶しい川村のことだからいいかなとも思った。

 部屋に戻ると、小さな記事を読んだ。何度かコピーを繰り返していたのか、写真は潰れて文字もにじんでいたが、紀伊山地の水害で軽トラが流された旨が書かれていた。軽トラの持ち主の川村真一夫妻と連絡が取れないこと。

 財布に戻そうとしたが、指が震えてうまく戻せないでいた。あの底抜けのコミュ力はどこから来るのか。そうだ。彼の心は何度も何度も死んだ。キズが癒されるまでに、また斬りつけられて、たまに発作のように押しつぶされる。

 



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