第24話 リアの決意

 朝日が昇り始めたころ、ルカとクレアはダレンたちを探しに川沿いの野営地までやってきた。


「いないっ!時間をかけすぎた!」


「ダレン様っ!リアさんっ!」


「向こうに行ってみよう!」





⭐︎⭐︎⭐︎



 ルカたちが去った『東外れの町』では勇者と聖女の誕生にお祭り騒ぎになっていた。

 2人はその主役ではあるが、取り囲む町人を押し切って飛び出してきた。


 町長には連絡鳥メッセージバードが帰ってきたら状況をプロスペリタスにいる家宰カーティスへむけて知らせるよう依頼をしてある。


 2人から聞かされた、領主の長男が魔族に遭遇して戦闘になったという状況は、勇者聖女の誕生と魔物を退けて上気する町長の顔を青く変えるには十分だった。


 一人青くなり震える町長をよそに町人たちはますます盛り上がりを見せる。

 噂好きの宿屋の女将は勇者ルカの勇敢さ、聖女クレアの可憐さを吟遊詩人よろしく語っていく。


 勇者パーティの街への到着、そして聖女が買われてしまい失踪したと一報が入った瞬間、勇者と聖女が協力して魔物を倒す様、聖女の魔法に勇者の剣戟、そして聖女であることのカミングアウト……これら全てを女将は間近で見ていたのだ。


 まさにストーリーテラーの立ち位置で何度も語り、語るたびに脚色されていく。


 ——炎の剣で魔物を両断した勇者と町中を癒した聖女 

 ——夜通し魔物と闘い町を守った勇者と破壊された魔物避けの魔石の代わりに自身の血を残し今も町を守り続けている聖女

 ——悪役貴族に買われた聖女を救い出した勇者

 ——司祭と裏取引をして町全体を窮地に陥れた悪役貴族を追って旅立った勇者と聖女



 どこにも確証のない、妄想から生まれた話も含まれている。でも、魔物からの解放感が、勇者と聖女の誕生という熱が、その無責任に楽しめる話を真実かのように広げていく。





⭐︎⭐︎⭐︎



 時は遡ってルカとクレアを無事逃したダレンたちの前に魔族エラロッテが立ち塞がる。



「どこ飛んだのか分かんないなー。でも、お兄さんたちを捕まえてから、ゆっくり探せばいいかー」


「僕たちも逃げよう!なるべく時間を稼ぐんだ!」

「はい!」


 ダレンたちはルカたちが飛んでいった方向と反対側へ駆けだす。

 当然、エラロッテの爪が飛んでくるがダレンが剣で弾いていく。


「いい加減うざいなー」


 ルカとクレアを逃した苛立ちからエラロッテの攻撃は激しさを増していく。

 全てを剣で防ぎきることは出来ず、ある時は引き裂かれ、ある時は貫かれ、その都度リアの回復魔法によって傷は塞がるが、その痛みや流血はダレンの足を鈍らせていく。


「ダレン様っ!私を守る必要などありません!ダレン様なら避けられるはずです!」


「僕『なら』避けれる……それなら余計に避けるわけには行かないよ」


 これだけ防戦一方な逃走劇においてもリアは大きな傷はついていない。

 リアに向かう攻撃は全てダレンが受けていた。


「それに、僕の傷はリアが治せるけど、リアが魔法唱えれないほどの傷を受けたら僕たちは終わりだ……これは戦略的な判断だから気にすることじゃないよ」


「しかしっ!」


 エラロッテは攻撃の手を緩めずに距離を詰める。殺してしまわないように、心を折って楽に連れ去れるように、嗜虐性に口元を緩めて攻撃を繰り返す。

 

 ダレンたちはフラフラと歩みは遅くなっていた。しかし、一歩一歩確実に町とは反対方向へ進んでいく。

 エラロッテはダレンたちを完全に屈服させることに嗜虐性を発揮させていた。


 歩きにくい林の中を、木々を使い少しでも射線を切りながら進む。一歩ずつ町とは反対の山に登っていく。



 しかし、その逃亡劇は無情にも終わりを迎える。



「行き止まりだ!」

「下は川ですが……落ちたらまず助からないでしょう」


 逃げた先は崖になっており、いつの間にこんなに高く登ったのか、数十m下には川が流れていた。

 

 ゾクリと背筋が冷えて崖を背に振り向くと、エラロッテが冷笑を浮かべていた。


「これで逃げ場がなくなったねー。登山の趣味なんてなかったから疲れたよー」


「まだだ!リアだけで……」——グサッ!!

「流石にくどいよ!」


 ダレンが言い終わる前にエラロッテの爪がダレンの右大腿部を貫いていた。

 焼けるような耐え難い痛みにダレンは膝をつく。


「くそっ……反応出来なかった……」


「あのねーずっと手加減してんの。いつでも殺せるの忘れないでねー」

 

 エラロッテは笑いながら続ける。


「よく考えたらさー聖属性の魔法使える子がいるじゃーん。今、お兄さんの四肢を切断してもーそこの子が魔皇帝様のためにいっぱい働いてーレベルアップしたら治せるようになるかもねー。お兄さんのために自分の意思で働いてくれるよーになるかもねー。いえーい、ナイスアイデアー」

 

 エラロッテは爪にさらに魔力を込めて、ダレンの首元でより鋭利に姿を変えていく。

 

 その瞬間、リアが後ろからダレンを抱き抱えた。


「ダレン様、すみません……」


 リアはそう言うと力一杯後方へ飛んだ。怪我をしているダレンは踏ん張ることが出来なかった。

 その先には地面はなく、リアはダレンを抱えたまま崖から落ちていく。


初級回復魔法ヒール初級回復魔法ヒール初級回復魔法ヒール……」


 落ちながらリアはダレンに回復魔法をかけていく。

 ——大腿部の傷が治るように

 ——落ちた衝撃を耐えられるように

 ——地面に衝突した瞬間にタイミングよくダレンだけでも回復できる奇跡に賭けて

 ——自分がクッションになれるようダレンを抱えて離さないと決意して





 そして2人は落ちてゆく。





※※※

6/8 3/3

次回6/9 7:00更新





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