第20話 対魔族とそれぞれの思い

 ヘビに睨まれたカエル、という表現が正しいのだろうか。

 突然現れたその存在に圧倒されてダレンたちの身体は自然と震える。身体がうまく動けない中、リアがゆっくりと立ち上がりクレアを守るように前に立つ。クレアも眠っていた目を覚醒させて立ち上がる。


「……へぇー動けるんだー」


 目を細めてその2人を見る謎の美女。


「……だっ誰だ!?」


 やっとの思いでダレンは言葉を発する。


「あー急に攫うのもダメかー。アタシはねー、エラロッテだよー」


「……魔族?」

 

 おおよそ同族とは思えない、人外のプレッシャーを感じて問いかける。


「あたりー!今回は角と羽も隠してるのにすごいじゃーん」


 楽しそうにケタケタ笑うエラロッテ。この圧しかかる重圧さえなければあまりの美しさに息をのむほどの光景だったであろう。


「魔王の四天王か何か?」


 そう言った瞬間、エラロッテの顔が歪む。


「魔王なんかと一緒にすんじゃねぇ!!」


 急な咆哮にビリビリと空気が震える。何か不可視の攻撃でもされたのかと思うほどの衝撃を感じる。ダレンは一歩前に出て大盾を持ち、低くく構える。

 気を抜くとへたり込みそうになるが、自分の後ろには守るべき3人がいると自分自身を叱咤する。


「さっきのやつはお漏らししてたのにー。あれで動けるなんてすごいじゃーん。そこの2人だけ連れていけば良いかと思ったけど、お兄さんにも興味湧いてきたー」



 カキンッ!



 重圧が僅かに軽くなったその一瞬を逃さずにルカが一足飛びに距離を詰めて剣を薙ぐ。しかし、エラロッテはこれを指先で防ぐ。エラロッテの爪は黒く硬化していた。


「ちょっと、あんたも動けるんだー!」


「ちっ!指1本で!?全然剣が届くビジョンが見えない!」


「うーん。大抵のやつは動けなくなるからさー。攫うのも楽なんだよー。でも、動けちゃってるしなー。殺しちゃダメって言われてるしむず過ぎー。闘ったら殺しちゃーう」


「ん?ちょっと待って!きみ……エラロッテは僕たちと闘いにきたわけじゃない?」


「アタシはー、魔法を使える子どもを連れてこいって言われてるだけー」


「それは絶対……なんだよね?」


「アタシにとって魔皇帝様は絶対だねー」


(魔皇帝?魔王じゃなくて?ゲームでは魔王だけだったはず……魔族は割れてる?)

「その後の扱いはどうなる……?」


「それは分かんないなー、魔法が使えるならー馬車馬みたいに闘わされるかもねー」


「そんたとこにみんなを連れて行かせるわけにはいかない!」


 ダレンはさらに一歩前に出て、3人を自分の後ろに隠す。

 次の瞬間、エラロッテの黒い爪が伸びてダレンの大盾を削る。強度の高いミスリルの大盾に3本のキズが付く。


「あれー?切断できると思ったのになー。よっ!」


 今度は爪が弧を描きダレンを避けてリアとクレアへと襲いかかる。

 ダレンは横跳びをしながら爪に大盾をぶつけて弾く。ピシッと音がなり大盾にヒビが入る。


「これでもダメかー。でもなーこれ以上力入れると殺しちゃうかもだしなー。もういっちょ!」


 再度爪は弧を描いて今度はルカに向かい伸びていく。


「それもさせないっ!」


 三度ダレンの大盾がエラロッテの爪による斬撃を防ぐ。しかし、代償は大きくミスリルの大盾は大きな音を立てて崩れていく。


「これでやっと盾が壊せたー。ねぇーもう諦めてついてきてよー」


「いや、させない!」


 剣を構えてなおも立ち塞がるダレン。


(身体は正直だ……震えが止まらない……)


 その時、ダレンの背中にそっと暖かく柔らかい感触が触れる。

 リア、ルカ、クレアの3人は大切なものを

確かめるように無意識にダレンの背中へと手を伸ばしていた。


「ダレン様……私、ついて行こうと思います……ダレン様は私が守ります」

「わ、わたしも……ダレン様が、みなさんが傷付くくらいなら、行きます」

「ボクも行っても良いよ。悔しいけど、今は勝てない……」


 3人がダレンの背中に置いた手は、ダレンの呼吸と一緒に上下する。熱は互いに行き来し、3人は大切なものを守るために自分が犠牲になる覚悟をする。

 そして、ダレンは——




「みんな、いい子じゃーん」

 一歩近づくエラロッテ。合わせるように一歩後退するダレンたち。いや、ダレンのみその場で踏み止まる。




 そして、ダレンはみんなを必ず守る決心をする。すでに震えは止まっていた。


「ダメだ!どんな扱いがまっているか分からない場所に子どもたちたいせつなモノたちを向かわせるわけにはいかない!」




⭐︎⭐︎⭐︎


 何十分、何百分と闘い続けただろうか。



 エラロッテの黒く硬化した爪がダレンを襲う。一合目はどうにか剣で防いだが、反対の手から伸びる爪には対応が遅れて右肩から鮮血が舞う。


初級回復魔法ヒール!」


 間髪入れずにリアがヒールをかけたため、痛みはあるが傷はすでに塞がっている。

 

 一連の動作の切れ目を狙ってルカが突進をして剣をつく。しかし、エラロッテは簡単に避ける。

 その接近の隙を見逃さず避けながらもカウンターでルカの背部を蹴る。突進方向に力が逃れたので大きなダメージはないが、蹴られて数メートル先まで転がって身体を強かに木に打ちつけられる。


「ゔっ!」


「ルカさん!『聖なる水よ その輝流にて 心身を休息を 魂に安寧を 癒しを与えて給え 初級回復魔術ヒール』」



 あれから何度か同じように切り結んでいるが、ダレンは数回防ぐことすら精一杯であり、ルカの攻撃は全く通ることはない。そしてリアとクレアの2人は回復に追われている。

 一方でエラロッテは余力を残している。今回の使命が『確保』でなく『抹殺』であればすでに簡単に達成していることだろう。


「手加減がむずいー。めんどいー」


 魔族相手にどうにか粘っているとは言え、このままならジリ貧なのは火を見るより明らかである。

 リアは回復魔法をまだ発動出来そうだが、クレアはすでに肩で呼吸をしている。ダレンやルカは善戦しているように見えてもエラロッテの手加減によるものであり、反撃の糸口が見えない。


 エラロッテが方針を転換したらすぐさま奪われるような命で、どうやっても4人が無事に逃げ出せる未来は描けない。


「みんな。僕が引きつけるから。あんま時間稼げないだろうけど……。だから、とにかく逃げて!」





⭐︎⭐︎⭐︎



 わたしは怖かった、悔しかった。

 

 初めてだったのだ。

 災害で村から避難して……移動中に自分を庇った父は魔物に殺されて……孤児院では穏やかな日々だったけど……それでも学も技術もないわたしは将来に期待なんか出来なくて……。


 初めて、将来を楽しみに思えたのだ。


 父と同じ慈愛の目を持つダレン様に会い、貴族も平民も孤児も関係なく肩を寄せ合って座って、将来を語って。

 どの未来もわたしにはないと思っていた輝いている未来だった。


 父と見た、たくさんの輝く星の下で、それよりも輝いて見える未来が見えた気がした。


 そのほんの僅か後のことだ。

 身体中が重くなるような恐怖感に目を覚ますと、そこには美しい悪魔がいた。


 やっぱり、わたしなんかが将来を夢見てはいけないんだ、そう思った。


 だから、わたしが犠牲になれば他のみんなは見逃してくれるかもしれない。

 でも、初めて輝かしい未来を見せてくれたあの人は、わたしだけの犠牲を望んでくれない。


 それどころか傷付きながらも、わたしたちを逃すために犠牲になろうとしている。


 わたしは、あの人ダレン様を失うことが怖くて、何もできない自分自身が悔しかった。





⭐︎⭐︎⭐︎


 ボクは泣きそうだった。


 全然剣が通らない。

 ボクは剣の才能があると思ってた。

 

 母ちゃんが剣を用意してくれたら、すぐに振れるようになったし、魔物との戦闘でも力が弱いってとこ以外は上手くいってたと思う。

 

 だってボクにはお手本があるから。

 幼い頃に宿屋によく泊まりに来ていた父ちゃんの親友。

 強い冒険者で、旅の話をよく聞かせてくれた。それはどれも王都じゃ叶えられない、キラキラした世界だった。

 

 その人はこっそり剣を教えてくれた。こっそり異国の食べ物だってくれた。

 髪色はボクにそっくりで、『本当はおじさんの子なのかも』って言ったらその時だけは震え上がるくらい怒られた。


 母ちゃんから剣を貰ったとき、ボクの頭にはお手本があった。


 いや、その前からずっとお手本にしていた。

 よく食べ……よく寝て……なんでもよく食べて、どこだって寝れるのが冒険者だって教えてくれたから。

 おじさんのフリをして男の子に本気でなろうとしていた。


 とにかく、おじさんのマネをずっと繰り返してきたボクには剣は簡単だった。

 頭の中のおじさんの動きをトレースすれば良い。そうすればどんな魔物にも負けないと思っていた。


 大陸中を回って、おじさんが最後に向かった砂漠のゴーレムを見に行って、それからおじさんの夢だったこの世界のどっかにいるって言われてるドラゴンをペットにしにいくんだ。


 こんなところで終わりたくなかった。


 おじさんみたいに、いや、もしかしたらおじさん以上にカッコよくて。

 おじさんみたいになりたくて男の子のフリをしたのに、ダレン兄ぃにこっちを向いて欲しくて女の子に戻ってる。


 最近のボクはおかしくて、でもダレン兄ぃが描いてる将来も、ボクが冒険者として叶えたい将来もどっちも本当に見たいんだ。


 でも、みんなを助けるためには……ダレン兄ぃの作る未来にボクはいれない。


 幼いころからの夢よりも、もっともっと大切な人が見つかって、それを命をかけて守るのは、ボクの憧れの2人に近づける気がして……


 ボクはそんな自分になれたことが泣きそうなほど嬉しかった。




⭐︎⭐︎⭐︎



 私は思い出していた。


 ダレン様との今までの日々を。


 最初の出会いは最悪だった。

 今なら分かる。優しいダレン様だからこそ、周囲のプレッシャーに負けそうになっていたのだ。


 確かに最初の頃のダレン様は弱く、虚勢を張ることで自分を保っていたのだろう。

 二代続けて、領地を繁栄させ続けているウォーカー家。王国一番の伯爵家であり、侯爵家や王族ですらその一挙一動に注目し、無下には扱えない。

 そのプレッシャーは私には計り知れない。


 でも、ダレン様は諦めなかった。 

 剣術に励み、学問に励み、自身を成長させ、そして他者へもその高みまで上がってくるよう強く求めた。

 

 そのため、ダレン様に関してはあまり良く思っている人は少ない。

 たとえ自分の評価を犠牲にしても、他者の成長を求めたのだ。


 友人からは『キツくても玉の輿の可能性あるならいいじゃん』という言葉をもらうこともあった。

 でも、ダレン様は侍女として成長することのみ指導され、女性として見られることはなかった。


 そんなダレン様は神授式から態度が軟化した。おそらく、今までの自他ともに成長する時期から、ようやく実行に移していく時期に移行したのだろう。彼自身もプレッシャーから多少解放されたようだ。


 今からなのだ。


 ようやく、自己犠牲を重ねて自分や他者を高めて……ようやく、描いた未来を作り上げていく時期になったのだ。


 こんなところで邪魔をさせるわけにはいかない。

 ダレン様はこれから多くの人をより良い未来へと導いていく。


 ダレン様を失うわけにはいかない。

 ルカやクレアを失ってダレン様を悲しませるわけにはいかない。


 

 私は思い出していた。

 

 今まで、どんなことがあっても諦めなかったダレン様の姿を。

 

 私は思い出していた。


 諦めないためにエラロッテの言動を、今まで出会った人たちの全ての言動を。



 そして一つの賭けに出る。



 ダレン様に声をかける。

 ダレン様は驚いて反対をする。犠牲は自分ダレン様だけでよいと主張する。


 ダレン様は何も分かっていない。

 2人でいられることにどれだけ喜びを感じていることか。何も分かっていない。


 

 だから、分かってもらうために、

 だから、説得力が増すようにと、

 だから、しっかり伝わるように、


 

 私はダレン様にキスをした。







「エラロッテ、少し提案があります」

 



 






 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る