ワビサビサビヌキ 〜Hold Our First Priority ; Without Compromise〜
箍輪 壱砂
プロローグ
プロローグ
「
明かりの
戸を背に立つ母の
(なんで……)
声が出ない。
廊下に力無く立つアタシはただただ
玄関同様、明かりの点いていない廊下は奥に行くほど闇深く、アタシはそれに引き
母はそんなアタシに見向きもせず、玄関の引戸を開ける。
淡く照らしていた光が一気に強さを増し、アタシの目を眩ませた。
ハイヒールの軽快な音と、稲妻のようにゴロゴロと鳴り響くキャリーケースのキャスターの回転音が静寂の中に響き渡る。
少しずつ小さくなる母の後ろ姿が、白い光の彼方へと溶け込んでいく。まるで蜃気楼に
アタシはただ呆然とそれを見つめるしかなかった。
――五年前、アタシが小六に上がる直前の三月。
父が
ここへ来たのは年始以来なのだが、アタシははっきり言ってこの家が好きじゃない。優に三百年は超える、かつては武家屋敷として使われ、
そしてそこに住む祖父の存在もまたアタシにとって
世間の一般的なイメージでは、祖父母という生き物は自分の孫を「目に入れても痛くない」ほど溺愛していると聞いていたが、残念ながら祖父には全く通用しなかった。まあ、せめてもの救いは、祖母がそのイメージ通りの人間だったことだろうか。
そんな対照的な性格をしている祖父母が、長い間夫婦をやっていけているという事実に軽く脳がバグる。
アタシの両親は高校時代からの付き合いで、長い交際期間を経て、社会人五年目の時にめでたくゴールイン。アタシが生まれたあとも関係は良好で、父は仕事で家を空けることが多かったが、休みの日は必ず三人で買い物に行ったり、遊園地に連れていってくれたり、家族サービスを怠らなかった。
一方で、交際期間0日、親同士が決めた見合い結婚という節操のない生存戦略によって結ばれ、気に入らないことがあるとすぐに怒鳴り散らす亭主関白ぶった祖父と、その抑圧に耐え続ける祖母とがなぜ一つ屋根の下で暮らしていけるのか。
絶対的に誰がどう見ても前者こそ恋愛の最適解だと、アタシは信じて疑わなかった。だけど――。
母はアタシを捨てた。最後に、あんなに愛していた父への侮蔑の言葉を残して――。
あの日を境に、アタシの中の時間だけが止まった。季節が巡り、世界がどれだけ目まぐるしく変化しても、アタシは未だに男女の恋仲というものを理解できないままでいる。
そして五年後の今、アタシは通学途中の電車の中に揺られながら、あの日の
(莉恋、アンタの父親は最低よ)
耳の奥で、遠い声が
まもなくして、金属の
「痛っ……」
頭に受けた衝撃は、なぜか胸の奥の方をざわつかせた。あの日の苦しみと、どこかで繋がっているのを感じずにはいられなかった。
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