第11話 鏡のような迷宮――反映されるもの

迷宮の奥へと進むあなたとイサール。その足元には、幾何学模様がひび割れるように広がり、まるでガラスのように反射する。だが、その反射に映るものは現実ではない――そこに映し出されていたのは、あなた自身の過去や記憶の断片だった。


「この迷宮、まるで自分自身の鏡のようだな。」 あなたは足を止め、映る光景を見つめる。


イサールは視線を上げながら、天井の奥にうねる光の層を指さす。

「鏡はただ映すだけだよ。そこに何を見出すかは、君自身の心次第だ。」


その言葉には、まるで迷宮そのものの本質を語るような力強さがあった。


光の模様は時折、波紋を描きながら揺れ、次第に異なる情景を見せ始める。それは、まるで記憶という湖面に投げ込まれた小石のように、あなたの意識に響いてきた。


映像の中には幼い日の記憶があった。何かを必死に追い求めていた自分、そしてその先に待っていたのは、達成感というよりも空虚感だった。


「過去は追憶の箱舟だ。行き着く先が希望か絶望かは、箱の中身をどう捉えるかで決まる。」 イサールが柔らかく語りかける。


その比喩に、あなたはふと立ち止まり、自問する。

「もし、箱の中が空っぽだったら?」


イサールはその問いに少し笑みを浮かべて答えた。

「空っぽであることが、絶望だと誰が決めた?それは新しいものを詰め込む余白かもしれない。」


会話が進む中、周囲の景色が再び変わり始めた。迷宮の壁はまるで万華鏡のように複雑に形を変え、色彩の波がゆるやかに流れていく。


イサールがその光景に見入るように言った。

「アンファサマブル・ジオメトリ……計り知れない幾何学。これもまた、問いの具現化だよ。」


壁に浮かぶ模様は、見れば見るほど理解不能な複雑さを持ち、しかしその中に、どこか秩序を感じさせるものだった。あなたはその模様に目を凝らしながら口を開く。

「この迷宮は、秩序と混沌の狭間にいるみたいだな。」


イサールはそれを聞いて静かに頷く。

「その狭間こそが、真理に最も近い場所なのかもしれない。」


突然、迷宮の壁から低く響く音が聞こえ始めた。それは言語とも音楽ともつかない音――だが、何かを伝えようとしていることは明らかだった。


「これも問いだよ。」 イサールが静かに言う。

「ただし、今度は僕たちの答えを求めている。」


その音に耳を澄ますと、脳裏に無数のイメージが浮かび上がる。言葉のようで言葉ではない、それでも意味が脈動する。あなたは迷宮が投げかける問いに、どう答えればいいのかを考え始める。


イサールが静かに声を落とした。

「言葉は剣でもあり、盾でもある。使い方次第で、それは人を救うことも、傷つけることもできる。」


その言葉があなたの胸に響く。迷宮の問いに答えるには、単に声を発するのではなく、その言葉の本質を理解する必要があるのだと。


音の波が消えると同時に、道は二つに分かれた。一方は明るい光が差し込む道、もう一方は深い闇へと続く道だ。


「選択か。」 あなたはつぶやく。


イサールは静かに歩み寄り、肩越しに言った。

「どちらを選ぶにせよ、それが君の道になる。選んだ道が正しいかどうかを決めるのは、未来の君だよ。」


あなたはその言葉に勇気を得て、深呼吸を一つする。そして、迷宮の問いを抱えながら、一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る