第8話 違う街にて

「もう行くのかい?もう少し泊まっていっても良いんだけどな」


 ウィスティルはアトラに声を掛けた。

服につけられた呪いを解いてから二日、ウィスティルの家に泊まってからは、三日が経っていた。


「うん。三日も邪魔しちゃったらかね。それに、私もやる事があるから。それじゃあまた」


 アトラは荷物をまとめて、会計台の所でウィスティルと話している。ロホはまだ寝ているのかアトラ一人だった。


「何か困りごとがあったら連絡してくれ。僕で良ければ、助けになるから。ああそれと、ライラはうちで働いてもらうから心配いらないよ」


「なら安心だね。

はい、これ。パタパタペーパーって言う魔法で、これに名前を書いて飛ばすとその人の所に飛んで行くものなんだ。しっかり念じなきゃいけないけどね」


 伸ばした手には一枚の紙が握られていた。その紙は、アトラからウィスティルに手渡される。


 ライラの今後を心配する必要も無くなった。

もうこれ以上、アトラをここに引付ける要素はなかった。

ウィスティルはパタパタペーパーを受け取って頷く。ロホも階段を降りてきて、ついに準備万端、あとはここを出るだけとなった。

彼は、「気を付けて」と短く言ってアトラを送り出す。

店の入り口まで行って、ふと後ろを振り向く。


「改めて、ありがとうございました。ライラのこと、頼んだよ」


「ああ、任せてくれ。よろしく言ってたって、あの子にも伝えておくよ」


 そしてアトラは歩き出した。いつも通りロホと共に二人きりで。


 ライラに何か言う事はなかった。

アトラは過去、自身の師匠に当たる人物に置いてけぼりにされた。何の言葉もなく、目が覚めたら一人きりだった。

寂しさで身を震わせながら長い間歩いて、そしてロホと出会った。

だがライラにはウィスティルが居てくれる。

そう思ったからアトラがライラに声をかける事はしなかった。


(ライラに一言、さよならとか言わなくてもいいのか?今ならまだ間に合うと思うが)


「ライラにはウィスティルが居るから。それに、ライラにさよならするのは私が辛いんだ。まぁ、私のエゴ?かな」


(おまえが良いならそれでいいが、ライラはきっと怨むんじゃないか?お前は師匠っていつも言ってるから、てっきり別れは後腐れなくやると思ってたけど)


「私は私が哀しくなる事はしたくないんだ。

それが誰かの心を傷つける事になってもね。だからたぶん、私は、見なきゃいけないものから目を背けて、見たいものだけを見て生きていくんだ。」


(そうするには自分だけを見つめてなきゃだめなんだぞ。おまえには出来ないよ)


「それでも、やっぱりやりたい事だけで生きたいなぁ、って」


 ウィスティルの店がもう見えなくなるぐらい歩いた一人と一匹は、グリモワールを手に入れる為、次の街に向かった。


 地下鉄のホームに立って待つ。

コンクリートで囲まれた無機質なホームには、多くの人が居た。


 隣に並ぶ疲れ気味の男性が、新聞を読んでいた。ちらりとそちらを見ると、見出しには、戦争の記事が載っている。

なんでも小国同士が争い合っているのだと言う。十年から二十年ほど前、世界的な大戦があったが、規模が変わっただけで、今も世界の何処かでは国同士が争いあっているのだろうか。

日頃からニュースを見る習慣のないアトラにはわからなかった。


 疲れたサラリーマンの男性が電車に乗り、アトラの隣には誰も居なくなった。


「戦争って、どんなものなのかな?」


(さぁ?でも碌なものじゃないんだと。戦争に、兵士として参加した人に、昔そう聞いた。)


「無くならないのかな?」


(無くならないな。国が存在して、人が居る限り、無くならないと思うぞ。

まぁわたしには分からない事だけど。

わたしは、人のいとなみが知りたくて、おまえといっしょに居るんだからな)


「そっかぁ」


 二人はそれから静かに電車を待った。

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