第5話 サイズの合わない服

 マヌエラ達と別れてから数日経った。

どれくらい歩いたかは分からない。

辺りの景色が変わって、街に入った事だけだろうか。変わった事はこのくらいだった。


(で、『聖なる魔導のための書』はどうするんだ。最初にそれを見つけにいくのか?)


「そうしようと思ってる。他のものよりもわかりやすい場所にあるらしいからね。

でも、まずは今日泊まる宿を決めよう」


 旅をしていると宿を探すだけでも一苦労だ。

短い旅だったら、ある程度高い宿に泊まるのも良いが、アトラは長旅、終わる所をしらない旅に出ている。

その関係上、宿はできるだけ安いものを選ぶようにしている。


 どこに泊まろうか彷徨い歩くが、極端な宿しかない。高くて待遇が良い宿か、安くて質の悪い宿かの二つしかないのだ。

極端というのは、この街の特徴なのだろうか。


 歩いていると、物乞いをする人が居る一方で、上等なスーツを着ている人も歩いている。物乞いは必死に情に訴えかけるが、道行く人々は、それを亡い者のかのように通り過ぎる。


 アトラもその一人だった。

一人の物乞いに施すだけなら大した出費ではない。だがそれが、十人、二十人、五十人となってゆけば、それだけで一文無しだ。

アトラは非情ではないが、世間に疎いわけでもない。物乞いを助けるのは、終わりのないボランティアと同じだ。


 それが悪いとは言わない。ただ、それができる人間は、自分の生活に相当な余裕があり幸福な者だけだ。


 ずっとその場にいるのは良い気分にならない、自分も、一歩間違えたらこうなっていたのだから。

歯痒さを覚えながらその場を去ろうとすると、羽織っていたコートの裾を引っ張られた。

引っ張られたことに気づいて、視線を落とした。すると


「たべもの……ください」


 ボロボロの服を身につけた虚な瞳の子どもが裾を引いていた。


 食料をあげたい気持ちはあるが、ここでこの子にあげてしまうと周りの者も集まって来てしまう。

それでも、その子の手を振り払う事は出来なかった。


 その瞳は、アトラの良心に訴えかけるような瞳ではなかった。どうしようもなくお腹が空いているため、生きている心地がしないのだろう。


(間違っても手を貸してやろうとは思うなよ。

おまえが助けられるのは、”自分で生きていける”奴だけだからな。

施しを与えられるほど、高潔な人間じゃないだろう)


「そうだよ、わかってる。早く…行こう」


 それでも足が動かなかった。

痩せこけた子どもは、今も裾を握っている。

振り払おうとすれば振り払えるのに、アトラはその場に佇むだけだった。そんなときだった。


「金だ!金が落ちてる!」


「どけ!!俺のだ!誰も…ギャァ!!!」


「金…金……これで、数日は……」


 声や何かを叩く音など、背後で数多の音が鳴っていた。目の前の子どもから目を逸らすように、その音のする背後に目を移す。


 するとそこには、大量の硬貨が落ちており、それには物乞いだけが集まっていた。

量だけ見れば相当なものだが、一枚一枚にそれほどの価値はなく、その額は、おそらく数時間の労働にも満たないであろう額であった。


 アトラが混乱していると、一人の男に声を掛けられた。


「早くここを離れた方がいいよ、隙を見せるとカモられる。その子といっしょに、取り敢えず付いてきて」


「貴方は?」


「それは今重要なことじゃないよ。

そんなことは、後からいくらでも聞けるからね。早く付いてきて」


 この状況では、この男の言う事に従った方が良さそうだ。ボロを着ている傍らの子を抱っこして、その後を追った。

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