8 順調と東京優駿
昨今、ソロアイドルと言うのは本当に見なくなった。その理由の所は明確なものはないがいくらか推測は出来る。
弱く、そして刹那的なのだ。
テレビが大きかった昔と違い、インターネットによって媒体が増えた。それに伴いエンタメも数を増やし、同じようにアイドルも数が増えた。
幾らか技術の劣ったものが増えたと言う事であり、目に止まる可能性が減り、止まっても見続けられる時間も減っていった。
その僅かな機会で沢山のファンを作るというのは……それこそ天才でなければいけないのだ。
だから複数人のグループで強みを増やしていくしかなかった。
「どうだ、調子は」
声を掛けてきた富さんに、僕は何と言おうかと迷う。
「ええと、順調、ですね?」
迷った結果、なんかよくわからない回答になった。
調子と言うのは多分鶯菜とたばねは相性はどうか、と言う意味なのだが……。
「何だよその曖昧な返事は」
「いや、想像以上に噛み合うようで。なんかたば姉だの、妹だのと呼び合い始めて」
なんか本当に順調だった。
ゲスト、とたばねは言ったが実際の所はユニットを組むのと変わらない。
鴬菜の実力は決して低くない。彼女の不人気の原因の一つにメンバーに合わせ過ぎたと言うものを感じていた。
たばねは行動はめちゃくちゃではあるけれど、根は真面目で音楽に真摯だ。曲に自信を持ち、ライブと言う歌う場所を嫌っていても、手を抜く事はない。
鴬菜がそれに合わせる事が出来れば……。
「たばねがなんか、逆にダンス教わり始めてまして」
「……大丈夫かそれ」
「いやその、教え合いを、してるみたいで」
こうもうまく行き過ぎると逆に疑いたくなるというのが人間だ。仲が良い、というのは決して悪い事じゃない。
ただ、何かが引っ掛かる。たばねは、そう言うパフォーマンスに興味を持つ奴だったけか。
「ま、それなら良いんだ。期待してるからな」
「……はい」
冗談っぽくそう言って離れていく富さんを見送った時、時計が十二時を回っていることに気付いた。
……そろそろ弁当を渡さないとか。
僕は荷物を纏めると席を立って、レッスン室へ向かう。
「ここの歌詞って何か意味があるんですか?」
「……いいえ。お洒落に韻を踏んでいるだけでございます」
「そ、そうなんですね」
邪魔をしないようにと静かに扉を開けると、どうやらたばねの既存曲についてを聞いているようだった。
「それよりも、先程のサビ終わり。息切れしてロングトーンが途切れるならば、ここは歌に絞っては?」
「それは……そうなんですけど。ここは絶対に決めたくて」
「ふむ」
たばねは肩をすくめ、納得いかなさそうな顔をする。
やはり、一時的なものだったらしい。たばねはパフォーマンスに懐疑的だった。ライブ嫌いの理由の一つだが、音楽以外の行為を本当にしたがらない。
きっと、自分の曲に自信と誇りをもっているからだろう。
鴬菜に何か感じてくれれば良いと思っていたが、すぐには流石に難しいか。
「そういえばどうしてライブを? ライブ、嫌いってどこかのインタビューで言ってましたよね」
「人質に取られたのです。このライブさえすれば、五月は何一つ仕事をしなくていいからと」
「そ、そうなんですね……?」
……なんか話が変な方向へ進んだ気がする。
このまま続けさせるか迷った一瞬、たばねは僕の方をくるりと振り向くと深いため息を見せつけるように吐いた。
「ですが、私が腹を立てているのは、当たり前を報酬にしたと言う事なのですよ! 毎度毎度、五月は仕事をしないと言っていますのに!」
しゃあないだろ!
ゼロにするのに人がどれほど苦労してると思ってんだよ!
「あ、パチ兄……じゃなかった。福地さん! 来てたなら声を掛けてくれればよかったのに」
鶯菜はどうやら今気づいたらしく笑顔を見せた。
……今僕のことパチ兄って言った?
「今年は六月一日と言えども、一体どんな鬼の心を持てば五月にライブを入れるのでしょう」
「被らないように必死に日数調整したこっちの身にもなってくれ」
月末あたりは嫌だと駄々をこねたのはそっちである。だから仕方なしに中盤になったのにこいつは……。
「五月? に、何かあるんですか?」
「ええと、なんて言うのかな。お祭りと言うか」
「東京優駿でございます」
言っちゃった。
「とうきょ……なんですかそれ?」
「またの名を日本ダービー!」
「ダービー。もしかして競馬……ですか?」
「ええ、その通りでございます」
それから鶯菜は僕を見て、再びたばねを見て、何かに納得したように頷いた。
待て待て待て。こいつと一緒にするな。
「競馬には、ドラマがあるのです」
たばねは立ち上がって演説モードになった。
「焼ける程の期待を裏切らない瞬間に。凍えるような予想が砕け散る瞬間に。沢山の執念の先にある僅かな幸運に鼻先を届かせるあの瞬間に!」
ミュージカルでも始める気かってくらいにレッスン室を歩き回り、そして中心で僕達の方を振り向いた。
「そんな、積み重ねた全てを一瞬に賭け、輝く姿には素晴らしいインスピレーションをいただけるのです!」
拳を握りしめるたばねはまるで恋する乙女のような表情をしている。
鴬菜はそんな様子を見て、僕に耳打ちしてきた。
「もしかしてパチ……福地さんと違って、賭けない人ですか?」
「いえ、全然しますよ賭博。この前もそこのパチ兄と朝から最終十二レースまで競馬場で過ごしましたし、十数万の馬券を紙にしましたね」
地獄耳のたばねがさらっと答えた。
お前だな僕をパチ兄言い出したの。
「そ、そうなんですね……十数万……」
鶯菜が苦笑いで僕の方を見てきた。
待って違う。僕はここまでじゃないから。
先月はパチンコで勝った三万円しか使ってない。
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