4 引き継ぎと悔い
レッスン室からいったん離れ、僕達は休憩所のベンチでいまだ残る吐き気に項垂れていた。子役達は仕事の時間になったので担当に連れていかれていった。
「それでその、ほんっとうにすみませんでした!」
頭を下げる鴬菜を見上げる。
誤解はすみれちゃんに解いてもらった。いや誤解と言うか色々訳分からなかったが、とにかく今は自己紹介を済ませた所だった。
「いや、うん。大丈夫だから」
「うぅ、本当に申し訳ないです。昨日も今日も、皆にあの子達をいじめてないかって聞かれっぱなしだったので……」
縮こまりながらそう話す鴬菜に僕は苦笑いをするしかなかった。周囲の心配が本気か冗談かは判断つかないがなんというか、気の毒だった。
「それならどうしてあの子達と?」
「自主練習をしてた時にすみれちゃんがかくれんぼで入ってきた事があって。それで度々見学してくれるように」
頬をかきながら少し照れながら笑う鶯菜に少し安堵する。
……しかし思っていたよりも落ち込んではなさそうに見える。
「じゃあ家族って話は……?」
「あ、それはすみれちゃんと妹や弟が欲しいって話をしてた事があって……言い方を間違えたというか」
「じゃあ何であのすみれちゃんはお姉さまって?」
「兄、姉も欲しいですから」
「……そっか」
ちょっとよく分からない話になって来たので切り上げようとしたが、急に鴬菜は拳を握りしめて、僕ににじり寄って来た。
「欲しいですよね! 兄! 姉! 妹! 弟!」
「いや、ええと……」
「なんですかその反応! 甘えたい、甘えられたいって全人類の欲望じゃないんですか!」
主語デカいなぁ。
鶯菜は僕の肩を掴むと真剣な顔つきで言った。
「出来れば福地さんもお兄ちゃんって呼びたいです」
「すいませんやめてください」
「そんなっ」
そんなではない。
しかしまぁ、一言一言話す度にジェスチャーが凄い。アイドル仕草、とでも言うのかリアクションが大げさでコロコロと表情を変えて来る。
見てて飽きない。
「おに……福地さん。ほんとに駄目ですか?」
「げほっ。言い掛けるな! マジでやめてくれ」
にしても思ったよりも元気そうだな。
それで、ええと、そもそも僕は何の話をしてたんだっけか……?
「あ、あの、所で、福地さんがマネージャーの仕事を教えて頂けるんですよね?」
そうだった。急に戻るなぁ。
話を戻した鶯菜はポケットからメモ帳とペンを取り出した。
「そうだけど、とりあえず下行こうか。渡すものが幾つかあるから」
「あ、はい!」
僕は腰をあげ、来た道を戻る。鴬菜もそれに着いてくる。
そうしてエレベーターの方へ向かう際、別のアイドルグループとすれ違った。
それはうちの中でも人気のアイドルグループで、仲良さそうに雑談をしながらレッスン室へと向かっていく途中だった。
お互いに挨拶をしてすれ違う。確か、大きなライブが近いんだったかな。
「あ、そうだ――」
思い出した事があって、振り向くと鴬菜が振り向いたままで立ち止まっていた。
何をするでもなく、たださっきのグループが歩いて行った方をじっと見ている。
「鴬菜?」
「え? あ、ごめんなさい」
……振り向いた彼女は泣いていた。
表情こそ何でもないような顔をして、ただ涙が床へと落ちた。
「あ、あれ」
そうしてようやく彼女も自分の涙に気付いたようだった。
「……大丈夫?」
僕は鴬菜に近づいて、目線を合わす。
「ご、ごめんなさい。私、なんで」
「別に急ぎでもないから、落ち着いて」
何度も顔を拭い続ける鴬菜を、僕は簡単に支えながら廊下からベンチのあるエレベーターの方へ連れて行く。
暫く彼女は黙ったままハンカチで顔を覆い続けていた。
「その、ちょっと羨ましくなっちゃったんです」
顔をあげた鴬菜はそう自虐するみたいに、明るく笑って見せた。その目を、僕は見ていられなかった。
「私もああやって、笑顔でアイドルやりたかったなって」
大丈夫そうじゃないかと、勘違いした自分を恥じる。ただ気丈に振る舞っているだけって分かっていただろうに。
「……そっか」
「アイドルが好きなんです。でも全然歌も踊りも上手くなくて。何度もオーディションに落ちたりして。ようやく合格して、でももう高校三年生で。大学行くのが条件でアイドルさせてもらって。それからバイトして、練習して、頑張って……ずっと」
鴬菜は俯きながらぽつぽつと話す。
聞いた限り、彼女は寛容的な家ではなく、反対されていたらしい。それを勉学と両立させる条件で押し通し、今に至っている。
その上彼女は今、通学の為に一人暮らしをしていた。
アイドルは稼げるものではない。
バイトをしながらの子は多く、職業として食っていく人は一握り。
そんな中でメンバーからのいじめ。
体もメンタルも、人生全部が擦り減るような生活だっただろう。
……なのに。
それでもまだアイドルへの憧れを抱えている。
「ごめんなさい。終わった事なのに。もう全部、終わっちゃったのに」
終わったと、自分に言い聞かせるように何度も繰り返す。
こんな場面を見るのは決して初めてじゃなかった。アイドルに限った話じゃない。本気で好きで、夢を目指した人間は沢山居る。
結局の所彼女はその大多数と同じように夢に破れた。
それだけの話だ。
唇を噛んでから、僕は努めて優しく言った。
「今日は一旦家に帰ろう」
「えっ?」
「僕たちがちょっと急いで話を進め過ぎた」
「そ、そんな事は」
「大丈夫。鴬菜さんが何か悪い訳じゃないから。とりあえず、もう少し休もう」
僕は鴬菜から目を逸らしたまま、肩をすくめた。それから少し鴬菜から離れて富さんに通話をしようとして……繋がらなかった。
後ででいいだろう。
その時ふと、自分の口から血が流れていた。よく見ると両手が力を入れ過ぎて赤くなっている。
……落ち着けよ僕。
つい最近にだって見ただろ。
こんなのは何処にでもある、誰にだってある普通の話なんだ。
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