提案と交渉 32

「そんな怖い顔しないでよザクロさん。僕はただ話し合いたいだけなんだ」


目の前の男、パスタ・マシーンはナイフを指で回しながら軽快に言った。


「信用出来ると思う〜?アンタがしたこと忘れた訳じゃないよねぇ?ていうかアンタがなんでフロア4ココにいる訳ぇ?旦那になんの用があるわけぇ?」


ショウジを庇うように立つザクロはパスタを睨みながらいつものテンションで飄々と話す。

だがその首筋には冷や汗が垂れていた。


「全部話してあげるからまずは魔術を解こうか、幾ら君でも僕ら八人相手はキツいでしょ。ていうか……」


そこまで言いかけたところでパスタの姿が消えた。

そこから先は一瞬の出来事。

パスタはザクロの背後にいきなり現れたかと思うと形成されたナイフを弾き腕を締め上げた。


「その前に僕一人にも敵わない。君は逃げるべきだった、マサムネの効果を最大限発揮できる鉄屑や釘が多く転がっている場所にね。だが、賢い君がそれを分かっていなかった訳がない。ショウジ君を見捨てられなかったってことか。あの『宴血のザクロ』に想い人が出来るなんて夢にも思わなかったよ」


「離ッ……逃げて旦那!」


「出来る訳ないだろ」


ショウジは右手をパスタの脳天に向け光球ネスキウスをその手のひらに顕現させる。

ギガンテスは金棒をショウジの肩に添え、一振りで首を吹き飛ばさんと右腕に力を込めている。


「テメェもだボウズ。その魔術を解きな。オメエの魔弾のことは知ってる。なんなら俺がテメェの頭を飛ばすのとどっちが速えか試すか?」


「ショウジ君、僕は君と戦いに来た訳じゃない。頼むから武装解除してくれ。3、2、1でだ。僕も解除しよう」


「いや、このままでいい。パスタ、お前がこの集団のリーダーなんだろう?周りの態度を見ればわかる。皆バラバラに動いているように見えて高度なコンビネーションで動いている。そしてその時、一瞬だけお前とアイコンタクトをとっていた。なら、お前たちにとってもパスタが殺されるのは痛い筈。さっきこの大男は俺の魔弾と自分の掌の速さを試すようなことを言っていたが断言しよう、俺の魔弾の方が速い。この大男は俺の魔弾をとほざいていたが実際のところ。俺の迅魔弾ネスキウスは発動すれば必ずパスタを殺せる。だが溜めがいるからここにいる残りの復讐心に塗れた七人を殺せる保証はない。俺が迅魔弾ネスキウスでパスタを狙い、パスタがザクロの生殺を握っているこの状況の方が膠着していて、そして安定している。わざわざ裏切られた時のリスクが高い武装解除を選ぶメリットはない。だからとっとと話せパスタ。俺は今ザクロに手を出されて少し怒ってる。交渉するなら言葉と条件を選んだ方がいいぞ?」


「テメェ、自分の状況分かってんのか?上等だ!生意気な口が叩けねえように腕を……」


「ギガンテス」


ギガンテスは脅しのつもりだったが、暗殺者達の頭はそれが気に入らなかったらしい。

無邪気な少年の声はその何倍もある大男を身震いさせ、昂った感情と共に金棒を下ろさせた。


それと共にパスタも手を離し、ザクロと距離を取る。


「分かったではこちらから両手を上げよう。本当に戦うつもりは無いんだ。交渉にはザクロさんも同席しててもいいし、後で僕の悪行をショウジに語ってくれればいい。交渉への返事はその後でもいいさ。いやぁやっぱり……流石だねショウジ君、僕は最初から君がただの魔力だけ持ったバカだとは思ってなかったよ。この土壇場でわざとギガンテスを挑発させて交渉を優位に進めるとは相当頭がキレる。『蜘蛛の巣』を再興した張本人なだけはある。僕と君はいい友人になると思うんだ、これからも仲良くしてほしいな」


「交渉次第だ」


「そうだったそうだった。じゃあ話を、始めようか。……端的に言おう、僕達の仲間にならないか?」


その言葉に最初に反応したのはザクロだった。


「旦那をアンタのイかれた家族ごっこに巻き込むつもりぃ?ぜったいにさせないよぉ、ザクロの目が光ってるうちはねぇ」


ザクロのナイフが光る。

魔法で形成されていないものだ。


「ザクロ、俺の事を考えてくれてありがとう。でも今はナイフを置いてくれないか」


「はぁい、旦那♡」


「ははは……相当懐いてるね。正直驚きを隠せないよ。話に戻ろう。僕……いや、僕達は現在グリモワールというものを持った少女を探している。僕達の目的の為に必要……というよりかは僕達の目的の邪魔になる可能性が高いからね」


「目的?」


パスタの名前からグリモワールの名前が出たことに驚きつつ彼は話を続けた。


「とある人物を僕達は長年捜している。数年前忽然と姿を消した、暗殺者養成施設殺PIXの創設者。そして僕らの育ての親。本当の名は分からない、だが僕達はその人のことを“せんせい”と呼んでいた。僕達はある日せんせいがこのボルガノフで目撃された噂を嗅ぎつけ敢えて収監された、が未だに足取りも掴めていない。だがボルガノフ内で“聞き込み”続けていく中で僕はせんせいが姿を消す前にとある勢力と敵対していたことを知った。その勢力の名は『カトリーナ王国』だ」


「「!」」


ザクロとショウジは顔を見合わせる。


「おや?驚いた顔をしているね。なら、カトリーナ王国が魔王封印の一角を担いながら裏で魔王復活に向けて動いていることも、そしてこのフロアにグリモワールの少女がいることも存じているだろう。

なら話は早い。2時間と17分前、グリモワールの少女がこのフロア4にいるという情報が五大国全てに伝達された。

カトリーナは恐らく“せんせい”を殺したがっている。そしてその為に強大な力を持ったグリモワールを欲しているだろう。そしてそれが僕らサピ生に渡ることも嫌っている。こちらも同じだ、カトリーナと事を構える為には君やグリモワールといった強大な力が必要になる。だが、敵に回れば僕らは太刀打ちできなくなってしまう。そしてカトリーナや僕らに力が集中することを恐れた他の五大国の連中もグリモワールの少女を消そうとしてくるだろう。

つまるところこれからグリモワールの争奪戦が始まる。

その為に片桐ショウジ、君の力を借りたい。勿論利害関係ありきだ。グリモワールの件が収まったら僕達サピ生『五年三組』のメンバー全員が君の軍門に加わろう、君にとっても悪く無い話の筈だ」


「……検討するさ、ただしザクロからお前の話を聞いてからだ」


ショウジはザクロの方をチラリと見てそう言った。


「そうするといい。あ、そうだ。今日は僕他のとこで寝泊まりすることにするよ、流石に今日同じ部屋で寝るのは気まずいしね。罰も僕が……」


「いや、いい俺が別の場所で泊まる」


パスタに借りを作りたくなかったショウジはそう言った。


「……ショウジ君がいいならそれで良いけど、どこに泊まるつもりなんだい?ここの囚人は元気は無いが盗みや殺しを呼吸のように行う人間ばかりだから野宿はお勧め出来ないけど。まあ僕達が言えないけどさ〜」


「問題ない」


ショウジは隣いたザクロを腕で抱き寄せた。

突然のことにザクロは照れや喜びよりも驚きが勝る。

だが、その後の彼の発言はその驚きを軽く凌駕するものであった。


「ザクロの房に泊まる」


「ん?」


「は?」


「「「「「「え?」」」」」」


「えええええええええ!!!!????!!!???」


ザクロの声が監獄の街に響いた。


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