妹の受験勉強(優花視点)

*** 優花視点 ***


「えぇと、参考本は……と」


 木曜日の放課後、近くの本屋に寄って、高校受験の赤本を探しに来ていた。既に中学3年生、あと数か月もしたら受験だ。


 お姉ちゃんは頭が良かったから受験はそんなに苦労しなかったけど、私はお姉ちゃんと違って、勉強は嫌いだし、成績だって良くない。


 先生からはレベルを落とした方がいいと言われているけど、それでもどうしても行きたい高校がある。そのためには嫌でも勉強をしなければならないんだよね……。



(でも、何を買えばいいんだろう……)



 お姉ちゃんに聞けば解決するかもしれない。だけど妹として、何でもかんでもお姉ちゃんに頼りたくなかった。それに、今さら相談した所で無理と言われるに違いない。


 そう考えていると、『優花ちゃん?』と聞き慣れた声がした。そして私をそう呼ぶ男の人は1人しかいないので、私はその声の方に体を向けた。


「葉桜先輩……。どうしてここに?」

「いやなに、ここの本屋にはまだ来てなかったから、何があるかなと思って覗きに来たんだ。そしたら優花ちゃんが赤本の前でなんか悩んでるようだったから声をかけただけだ」


 こういう偶然、ほんとにあるんだなと思った。お姉ちゃんも言ってたけど、なぜか葉桜先輩と遭遇する機会が多いらしい。


「なるほど、納得です! 確かに赤本で悩んでましたけど……」


 この際だから先輩に頼るのもありなのかなと思った。お姉ちゃん曰く、葉桜先輩も勉強は得意との事らしい。そして私が赤本で悩んでいると知ると、葉桜先輩は何気もなく、目に付いた赤本を手に取り、パラパラと読んでいく。


 そして──。



「どこに行きたいんだ?」

「え?」

「いや、だから優花ちゃんはどの高校に行きたいんだ? 行きたい学校があるから悩んでるんだろう?」

「えと、その……、お姉ちゃんと同じ高校を……」

「今の成績は?」


 なんで、そんなことを聞くんだろう。私は先輩が何をしようとしているのかが分からなかったが、ひとまず尋ねられている以上、答えることにした。


「数学と英語が2で、その他の3教科が3……、です」


 正直、今の成績じゃ、お姉ちゃんの高校に入れる可能性は低い。なんでもっと早く勉強を真面目に取り組もうとしなかったんだろうかとさえ思っちゃう。


 それを聞いた先輩は、なんだか考え事をしているようだった。何を考えているのかは分からないけど、先輩の考えがまとまるのを待ってみた。


 そして、少ししてから葉桜先輩は口を開いた。



「正直、それだとうちの高校に受かるのは難しいというのは分かってるんだよな?」

「え? えと、……はい」

「優花ちゃんは、何で藤原さんと同じ高校に?」

「私、まだ夢とかそういうの分からないんですけど、お姉ちゃんと一緒の景色を見てたらなんか分かるような気がして、それで……」

「……受験まであと約3か月しかないのは分かってるよね?」

「はい……」

「死ぬ気でやれるか?」


 そう葉桜先輩は私に尋ねてくるので、俯いている顔を上げ、先輩の顔を見ると気付いてしまった。だって、その目はとても真剣だった。本気でやれるのかと私にそう目で訴えている。だから──。


「……はい! どうしてもお姉ちゃんと同じ高校に行きたいんです!!」

「……分かった。なら、一旦俺の家に行こう」

「え?」


 いまいち意味が分からなかった。それで何で先輩の家に? と言うか女の子が男の人の家に行くのって……。


「あ、あの、葉桜先輩?」

「死ぬ気でやるんだろ? ならここに居ても意味はないからな。……それと、藤原さんも呼ぶからそのつもりで」


 その言葉で葉桜先輩は本気で私に勉強を教えようとしていることに思い至る。そこには何も下心はなく、私を想っての行動だったと気付いて、急に恥ずかしくなった。



***



「んじゃ、入って。後で藤原さんも来るから」

「お、おじゃま、します……」


(ここが葉桜先輩の部屋……)


 殺風景とかではなく、整理整頓がきちんとされていてるにも関わらず、生活感に溢れてるような空気だった。そして、先輩は自分の部屋に入って、何かを探している。


「えぇと確かこの辺に……、あぁ、あったあった! ……ぐおっ!」


 私はリビングのソファーに座って待っていると、突然何かが崩れる音と、先輩の声が響いてきた。


「え、先輩!?」

「き、気にするな!」


 そう言って、先輩は頭を押さえながら何かを持ってきた。あれは、赤本? それ以外にも何か持ってきているようだった。


「俺が去年使っていた赤本だ。埼玉の奴だけど、さっき軽く見た赤本と比較したが、そこまで内容は違わないはずだ。それと、こっちは受験の時に出された今年度の問題に、俺が受験用に要所をまとめたノートだ」


 そうどかっとテーブルに置かれたそれは今の私にとって、どれも必要な物だった。


「あの、どうして?」

「死ぬ気で合格したいんだろ? だから俺も協力しようかなって」

「いえ、ですから、どうして協力を?」


 それが分からなかった。私に勉強を教えても先輩には何の利点もない。それどころか先輩の時間を私に使う事になってしまう。それは同時にお姉ちゃんにアタックするための時間も減るはずだ。


 そして、先輩はそんな私の考えなんてお見通しだったようで……。


「何を考えてるかは分かるから、気にするな。言っただろ? 後から藤原さんが来るって。それに時間だって気にするな。毎日付きっきりと言う訳じゃないんだから」


 そこで話を区切ると、チャイムが鳴り響き、『来たようだな』と言い、先輩は『迎えに行ってくる』と言って、玄関を出ていった。


「……夢、じゃ、ないんだよね?」


 ただ本屋で赤本を見ていただけで、それを先輩に伝えただけなのに、いつの間にか先輩はお姉ちゃんと一緒に私に勉強を教えようとしている。私が変な意地を張ってお姉ちゃんに相談すら出来なかったと言うのに……。


 そして、少ししたら、『お邪魔します』とお姉ちゃんが先輩と一緒にやって来た。


「優花、どうしたの? 急に葉桜君が『これから優花ちゃんに勉強を教えるから俺の家に来てくれ』、なんて電話してくるからビックリしたわよ」

「すまんな。優花ちゃんがどうしても行きたい高校があると聞いてな」

「え! 優花、行きたい高校があるの?」


 葉桜先輩は私に断りもなく、お姉ちゃんに行きたい高校があるとカミングアウトしてしまった。そうなってしまえば、もう後に引くことも出来ず、恐る恐るお姉ちゃんたちの高校に行きたい事を伝えるしか無かった。



「……なんで、言ってくれないのよ」

「だって、言っても私の成績じゃ無理だって言われると思って……。それに、いつまでも頼るのは……」

「もう、バカね。私は優花のお姉ちゃんなのよ。そんなこと言わないし、迷惑とも思わないわ」


 知ってた。お姉ちゃんなら絶対にそう言うって。だから言えなかった。いっぱい甘えちゃうから。気が付けば、私の目から涙が流れてる。


「優花……」

「ご、ごめんなさい。……私、何をすればいいのか全然分からなくって。でもお姉ちゃんに心配をかけたくなくって、勝手に意地になって、それで……」


 そんな泣いてる私を見て、お姉ちゃんは狼狽えてる。先輩はただただ、そんな私たちの事を眺めてるだけで何も言わなかった。



***



「ぐすっ、ごめんなさい。急に泣いて……」

「スッキリしたか?」

「はい……」


 胸の内を話したからだろうか、何だが気持ちが軽い気がする。


「ビックリしたわ。優花が泣くなんて、久しぶりに見たわね」

「お姉ちゃんもごめんなさい」

「ふふふ、良いのよ」


 お姉ちゃんはいつもの口調でそう答え、先輩は『さてと』とこれからの話を始めた。


「俺たちの高校に受かるには、ただ今までよりも勉強を頑張るだけじゃ難しいだろうが、幸いここにはそれなりに頭のいい現役高校生がいるわけだ。今からたたき込めば、何とかなるかもしれん」

「ふふふ、そうね。学年1位と5位の実力を見せてあげましょうか!」


 お姉ちゃんは知ってたけど、葉桜先輩って本当に頭良かったんだなって思った。


「あの先輩、本当にありがとうございます」

「気にするな。これもいいネタになる」

「ふふふ、素直じゃないのね」

「さて、流石に俺も毎日は見れないから、週に3, 4回が限度だろう。それでも塾とは違い、要所は分かってるから無駄な所は省けるし、傾向も知ってる。それに藤原さんもいる。ここからはスリーマンセルでやるぞ」


 何だろう、安心感だろうか。この人が言うと本当に何とかなる気がしてくる。さっきまで落ち込んでた気分なんて何処かに行ってしまった。


 だから──。



「うん、お願いします! 葉桜先輩、お姉ちゃん!」



***



「うぅ、頭が痛い……」

「普段そんなに勉強をしないからよ」

「だってぇ……」


 その日の夜、私たち姉妹は先輩の家から自宅に戻っている。先輩は思ってた以上にスパルタで的確に私の苦手なところを突いてきた。でも不思議と嫌な感じはしないし、むしろ優しさから来るものだと分かる。


「これからは、私も家で勉強見るからね」

「うぅ……、お手柔らかにお願いします」

「ふふふ、頑張って来年からお姉ちゃんと一緒に登校しましょうね」


 そう言われると、俄然とやる気が出てくる。最初っから相談しておけば良かったと今さらながら思えてきた。これも全部、葉桜先輩に会えたお陰だ。なので。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん!」

「何、優花?」

「私、葉桜先輩に会えてよかった!」


 そう笑顔で言えば『えぇ、私も葉桜君に会えて本当に良かったわ』とお姉ちゃんも笑顔で応えるのであった。

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