第12話 理由

 十一月ともなると空の青はくすみだし、木々の緑は赤や黄色に色づいて、目に見えて街の景色は変わっていく。待ちゆく人たちの中にはコートを着る人も現れ始め、日に日に寒さが増していくことを実感させる。


 この頃にはさすがの勇輝も鹿森の前で緊張することはなかった。学内でも気軽に彼女に声をかけるようになっていた。また、鹿森が「リッキー」と呼んでいたので、力弥も彼女を「朱音」と呼ぶ程度には彼らの中は深まっていた。


 秋晴れの空の下、力弥と朱音の二人は駅前広場から駅ビルの入り口に向かっていた。そして二人は駅ビルの入り口で足を止めると、ホールケーキの描かれた大きなポスターを見ていた。


「クリスマスケーキか」


「あと一か月ちょっとでクリスマスだね」


 他に特に言うこともないという雰囲気の二人は自動ドアから建物の中に入った。黙っているが、クリスマスだからと言って特に用事はない。受験生だからというわけでもない。そのことを互いに言いたくないという意地が二人の間に沈黙が居座ることとなる。


 いつものフリースペースに到着するとそれぞれの勉強道具をスクールバッグから出しながら朱音は力弥に言葉を投げかけた。


「そういえば勇輝君は?」


「あいつは予備校だって。ちなみに祐介は用事があるから遅れて来るって」


 聞かれていないが、気にされないのも哀れと思って力弥は祐介の情報を追加した。


「勇輝君って、前と比べると明るくなったよね」


 朱音は安心したように言った。それは彼への思いやりもあるが、これ以上の悲しい思いをせずにすむという自身への安心でもある。


「確かにな」


「リッキーや祐介といると時の表情は明るいよね」


「前のあいつは大体仏頂面だったからな」


 力弥は椅子に腰かけながらからかうように言った。


「そういえばさ、リッキー知ってる?」


 朱音は力弥の対面に腰掛けながら言った。


「何が?」


「勇輝君ってさ、笑ってる顔が可愛いって一部の女子に人気なんだよ」


「え、マジで」


 力弥は伽羅店長以外にそんなことを考える女子がいるという事実に驚いた。


「前まではさ、一人で窓の外を見ているか、無表情で本を読んでいるかだったでしょ。そのギャップもあると思うんだけどね」


 それを聞いた力弥は椅子の背もたれに軽く体重をかけながら返事をした。


「へぇ。でも、それを本人には言わない方がいいかな」


「なんで?」


「可愛いって言われるのが嫌いみたいなんだよ」


 力弥は朱音に少し顔を近づけて小声で言った。朱音は不意に近付かれて驚いたが、何でもないように見せて恥ずかしさに耐えた。


「俺がバイトしている時にさあいつが飯を食いに来たんだよ」


「え、リッキー、まだバイトしてんの?」


「今は週一だよ。でさ、店長が勇輝のことを可愛いって言っちゃったんだよ。そしたらさ、店長がいないところで俺にぶつくさ文句言ってんだよ。しまいには『どうしたら可愛いって言われなくなるかな』って聞かれちまったよ」


「何それ。ていうか、その勇輝君がちょっと可愛いかもって思っちゃったんだけど」


 朱音が周囲に気遣い小さな声で笑いながら返した。


「そう。だから、そういうとこだぞって言ったら。あいつ、キョトンとした顔してた」


 力弥もまたくすくす笑いながら返すと「ちょっとそれ見たかったかも」と朱音はその場面を想像してさらに笑っていた。力弥と朱音が勇輝をダシに笑い合っていると、祐介が二人に近寄ってきた。


「リッキー、朱音っち、クリスマスパーティーやろうよー」


「は?」


 あまりに唐突な提案に力弥と朱音は二人揃って変な声が出てしまった。



 力弥は担任教師の高瀬からの雑用を今日も真面目に引き受けてしまった。ただ、勇輝が傍にいることが多いため、彼もとばっちりを受けることが最近は多い。二人で雑用を済ませて教室に戻ると祐介と朱音が一緒に何か話をしていた。


「あれ、今日は行かないの」


 力弥が二人に話しかけると「今日は、ワークショップ?とかいうのがあって、使えないんだと」と祐介が答えた。それを聞いて二人の間にある机の上のものを見て、力弥は訝しむような顔をするも、勇輝は目を輝かせていた。


「え、何何? ケーキ?」


 勇輝が祐介と朱音が見ているケーキ屋のチラシやホームページが表示されたスマホの画面を手に取った。「あ、ここのケーキ屋知ってる」と勇輝が食いつくと、祐介はしたり顔で勇輝に話しかけた。


「なぁ、ユッキー、クリスマスパーティーやりたくない?」


「え、クリスマス? 来月ってこと」


「そうそう」


「良いけど、成宮は勉強大丈夫なの?」


 勇輝はチラシを見ながら祐介に言葉の刃を放った。至極真っ当な切り返しに祐介は深手を負い、力弥と朱音は勇輝の発言に賛同して激しく頷いていた。


「良くはないけど、息抜きも必要だろ」


「祐介は息抜きの合間に勉強しているだろ」


 力弥の切り返しもまた的を得ていた。「それな」と勇輝と朱音は声を合わせて賛同した。祐介は反論の余地もないほどダメージを受けていた。もはや致命傷だったが、ここで祐介はガッツを見せた。


「じゃあ、リッキーはパーティーやりたくないのかよ」


 そう聞かれて力弥は考え込んだ。昨日、祐介からパーティーの提案をされたときは勉強しろの一言ですませて、やりたいかどうかを考えていなかった。たまに勇輝と怪物退治はあるものの、あとは勉強しかしてないので息抜きが欲しいのは事実だ。


「やりたい」


「だろ。朱音っちはどうよ?」


「まぁ、良いと思うよ」


 祐介は意図的に力弥の次に朱音に聞くことで、彼女の参加を引き出そうとした。この場で今の流れに気付いていないのは力弥だけだろう。そして、勇輝はさっきのリアクションからすればケーキがあれば来てくれると踏んでいた。祐介はこの勘の良さと計算高さを勉強に生かせば良いものを。


「よし、じゃあ今日はパーティーの作戦会議をしようよ」


「いや、お前は勉強しろ」


 祐介は三人から同時にそう言われて「はい」と答えるしかなかった。クリスマスまでは一か月以上あるため、ひとまずはスマホで連絡を取りながら決めて行こうという流れで落ち着いた。


 その後のやり取りで場所は力弥のバイト先である天衣無縫を使わせてもらうことになった。店側もクリスマスらしいことをしたいとのことで、割引をする代わりに彼らに飾り付けを手伝って欲しいと打診した。力弥はこの店のアルバイターなので当然だが、勇輝ら三人も飾り付けを快く承諾した。


 但し、店長からは「ホールケーキは準備できないから、それはそっちで用意してくれる?」とのことだったため、ケーキについては自分たちで予約して買ってくることにした。そのケーキの予約は勇輝と朱音がしておいた。



 冬の空というのは、秋から更に色がくすみ、晴れているのに曇り空のように色味が薄くなっているように感じられる。それに伴い学校内の桜の葉はすっかり落ちてしまい、視覚的な寒さを感じるようになった。


 今日は十二月二十四日。この日は朝から雲一つない快晴だ。そのおかげで放射冷却によって朝は今年一番の寒さになった。昼は太陽が出てきたことで少しばかり気温が上がったが、それでもコートは手放せない。


 力弥らは日の高い間は勉強をして過ごし、天衣無縫が夕方の営業を始める前には店に来て、飾り付けの手伝いを始めた。和を基調とした店内にクリスマスの飾り付けというのはミスマッチだが、クリスマスの雰囲気は出ていた。


 ツリーはなかったので店の観葉植物にツリーの飾り付けを施す。赤や緑の球状のオーナメントや松ぼっくり、それからサンタクロースの人形など様々な飾りを観葉植物に吊るしていく。そして電飾を仕込み、その明かりをつけると歓声が上がった。


「綺麗だね」


「クリスマスって感じがするよね」


 女子二人が楽しげに飾り付けをするのを店長はカウンターの向こうでニコニコしながら見守っていた。朱音は北条佳織と明かりをつけた後もツリーの飾りを調整している。女子が自分だけであることを気にした朱音が佳織も誘ったのだ。ちなみに勇輝のことを可愛いと言っていた女子の一人が佳織である。


 そんな女子らのやり取りに混ざりたいような近寄り難いようなという顔で男子三人は離れた場所から彼女らを眺めつつ、店の壁に赤と緑のモールを飾り付けている。こういうのは背の高い男子の役割になりがちだ。


「俺もあっちが良かったな」


 そう言ってぼやく祐介の手は止まっている。


「早くしないと終わらないぞ」


 そう言って力弥は椅子の上に立って飾りを壁に付けていく。すると朱音の方から力弥たちに近付いてきた。


「そろそろケーキを取りに行かないと」


「おお、そんな時間か」


 事前にケーキを受け取りに行くのは力弥と朱音と祐介ということになっていた。店の中を見渡すと高い位置のモールの飾り付けは終わっている。あとは低い位置の飾り付けとテーブルのランチョンマットをクリスマスカラーに差し替えるだけだった。


「あとは俺と北条さんでできるんじゃないかな」


 勇輝がそう言うと、力弥らはコートを取りに行った。


「そうね。じゃあ、行ってくるね」


 朱音を先頭に三人は店を出て行った。残った二人は引き続き店の飾り付けの手伝いに取り掛かった。



 三人が出かけて二十分程度経った頃、勇輝の右腕が熱を持ち始めた。どうやら近くに怪物が現れたようだ。「こんな日に限って」と憎々しげに勇輝はブレスレットを掴むと近くの小学校の敷地に比較的小さな怪物が二体ほど出たことを感じ取った。


「ええと、北条さん、あの」


 勇輝はどう言い訳しようか考える前に話しかけてしまった。


「どうかしたの、明星君」


「えっと、そう。飾りが足りないというか、もっと派手なのがあった方がいいかなと思うから、ちょっと買ってくるね」


 それだけ言うと、北条や店長の返事を待たずに勇輝は店を出た。慌てていたので、防寒着を何も持ってなかった。ただ、スマホとワイヤレスイヤホンはポケットにあったので、すぐに力弥に連絡をした。


「力弥。奴らが出た。弱いやつらだから、俺だけで大丈夫だと思う」


『了解。手伝いが必要そうならすぐに言えよ。通話はそのままにしておくな』


「OK」


 勇輝は返事をしながら道路を渡ると、店の向かいの細い路地に入り、周りに人がいないのを確認した。


「変身」


 勇輝の体は光に包まれると黒い体に変化していく。変身しながら勇輝は住宅地を走り目的地の小学校に向かった。この日は終業式ということもあり、夕方近くでも学校にいる児童の数は少なかった。


 それが功を奏して、勇輝が駆けつけた時には被害にあっていそうな人はいなかった。勇輝はそれを確認すると一安心し、逃げ惑う子供たちを避けつつ、騒ぎの中心にいるトカゲ男たちに向かった。そして今まさにトカゲ男が児童の一人を捕まえようとしていたところに蹴りを入れ、トカゲ男から子供たちから引き離した。


「早く逃げて」


 そう勇輝が叫ぶと、イヤホンマイクから声が響いた。


『勇輝、大変だ。こっちにも怪物が出た。前にホームセンターで出たあのデカいやつに似ている』


 トカゲ男たちが体勢を整えるのを勇輝は見ながら「やばいな」と呟いた。勇輝の声には焦りの色が感じられる。そして胸の鼓動が早まるのが分かった。しかし、それと同時にどうにかして乗り切ろうという強い決意が彼の中で溢れだすと、それは怖れではなく、彼に勇気を与えた。


「こっちはすぐに片付ける。力弥たちはどうにかして逃げ切ってくれ」


『分かった』


 勇輝は低い姿勢で体を構え両手の爪を肥大化させると、トカゲ男たちを睨んだ。



 力弥と朱音そして祐介は天衣無縫から駅に続く通りを歩き、駅前のバスロータリーを抜けた先を歩いていた。その先には映画館と黄色い看板の大手ディスカウントストアが入った商業施設があり、建物から道路を挟んだ反対側に目的のケーキ屋がある。


 少々遠いが、この近辺では評判のケーキ屋で勇輝がここのケーキを食べてみたいと主張し譲らなかったのだ。ただ、公正なじゃんけんの結果、力弥と祐介が買い出し係となり、勇輝は飾り付け係として店に残った。


 三人はディスカウントストアの入った商業施設の横を歩いていると、十字路の先に目的のケーキ屋が少しずつ見えてきた。


「さすがにこの時間になると冷えるな」


 力弥はジャンパーを着てきたがマフラーも手袋もしていないため、首を埋め、手を上着のポケットに入れて吹きすさぶ北風をしのごうとしていた。残りの二人はコートの上にマフラーをしているので幾分か暖かそうだ。


「祐介。マフラーちょっと貸してよ」


「やだよ。寒いじゃん」


 そうやって力弥と祐介がマフラーを取り合っていると、勇輝からの通話が来た。力弥は立ち止まると、ワイヤレスイヤホンを耳に入れると通話に出た。


『力弥。奴らが出た。弱いやつらだから、俺だけで大丈夫だと思う』


 力弥は一瞬緊張したが、弱いやつらだけなら大丈夫だろうと少し安心して小声で返答した。


「了解。手伝いが必要そうならすぐに言えよ。通話はそのままにしておくな」


 勇輝が『OK』と答えると祐介がこちらを見ていた。


「誰から?」


「ああ、勇輝だよ。何か、店長から買い物頼まれたとか言ってた」


 力弥の顔が少し真剣だったこともあり、祐介は怪訝な顔をしたが「そっか」と言って歩き出した。すると朱音が十字路の方を指さして立ち止まった。


「え、何あれ?」


 朱音が指さす先を見て力弥は緊張した。巨大な赤黒いものが悠然と空から舞い降り、車が行き交う十字路の真ん中に降り立った。交差点に入っていく車はその巨大な物体を避けるように通り抜け、後続車は交差点の前で停止した。


 十字路に巨大な怪物が佇む。昆虫のような三節に分かれた体から二対の太い足が伸びる。背中には蝙蝠のような巨大な羽があり、頭はトカゲのような大きく裂けた口が不気味に開かれている。


 あまりの異様な姿、巨大な体躯を目の当たりにして、その場の人々は凍り付いたように動きを止め、その表情は恐怖にひきつっていた。その中には祐介や朱音も含まれる。


 以前にホームセンターで見かけたあいつだ。勇輝は別の怪物の相手をしている、どうするかを力弥は考えたが、まずは勇輝に伝えるべきだと判断した。通話のままにしたスマホから勇輝が逃げるように周りの人に向かって叫んでいるのが聞こえる。


「勇輝、大変だ。こっちにも怪物が出た。前にホームセンターで出たあのデカいやつに似ている」


 力弥の報告に対して一瞬の間の後に勇輝が返答した。


『こっちはすぐに片付ける。力弥たちはどうにかして逃げ切ってくれ』


「分かった」


 そうは言ったものの、事情を知らない二人が近くにいる。何はともあれ、この場を離れる他に手はない。


「祐介、朱音、逃げよう」


 力弥が叫ぶと、二人は唇が震えて声が出ないものの体は動くようで何度も頷くと、力弥に続いて走り出した。すると、怪物のぎょろりとした目が力弥を捉えた。後ろを振り返った力弥の目が怪物と合うと怪物は力弥を目掛けて突進してきた。


「マジかよ」


 力弥は建物の外階段の下に朱音らと一緒に身を隠した。怪物は勢い余って外階段に衝突し動きが止まった。すると建物が揺れ、力弥らの頭上からパラパラと建物の外装の欠片が降ってくる。怪物は動きを止めたと思ったが、顔を持ち上げその先端の鼻らしき部分で臭いをかぐような動きをしている。何かを探しているように見える。


 もしかして俺が狙われているのかと力弥は考えた。先ほど目が合った瞬間に突進してきたことを鑑みるに間違いない。このまま三人一緒にいて、三人とも踏みつぶされるよりは自分が囮になればこの二人は助かる。そう考えた力弥は外階段の陰から出ようとした。


「リッキー、ダメだよ。今出たら見つかっちゃう」


 朱音が震える声で囁いた。祐介も力弥の服の裾を掴んで行かせまいとする。


「あいつの狙いは俺だ。俺が囮になるから二人はその間に建物の中に逃げろ」


 そう言って力弥は二人の制止を振り切ると走り出し、道路に飛び出した。すると怪物は力弥の姿を見つけるや体全体をそちらに向けた。そして口を大きく開けると再び突進した。しかし、大きな図体の通り、動きは鈍く、力弥の走りについてくることはできていない。周囲の人々は怪物から離れるように走り去っていく。


 力弥は道路を渡って反対側の歩道に着くと、怪物の背後を取るように十字路の方に向かって走った。怪物は再び力弥の姿を見失うと周囲を見渡し、力弥の姿を探す。突進しては力弥を探すという行動を繰り返している怪物は少々マヌケに見えた。


 こうしていれば当面の間は潰されないが、相手を倒す術がない以上、体力が尽きればやられる。力弥は軽く息を切らしながらも、いつまで粘れるかなと焦り始めていた。すると力弥を探していた怪物は突然飛び上がった。空中からこちらの姿を探そうという魂胆だろう。


「少しは頭が回るじゃねぇか」


 軽口を叩いてみたものの、状況的には非常に危険だった。怪物は空中から見下ろすとすぐに力弥の姿を見つけた。するとそのまま体全体で圧し潰さんという勢いで落下してきた。力弥は猛然と走り出し、怪物のプレス攻撃の範囲から逃れようとした。


 怪物が地面に降り立つと周囲に轟音が鳴り響いた。怪物の大質量を受けた衝撃でアスファルトの地面にはヒビが入り、周囲の車すらも揺れた。力弥は踏みつぶされずに済んだものの、怪物が降り立った際の地面の揺れで力弥は躓いてしまい、その場に倒れこんでしまった。


「いててて」


 力弥が立ち上がろうとすると、眼前に大きく開かれた怪物の口があった。怪物の口からは生暖かい息とともに生臭い臭いが溢れ出し、それを全身で浴びた力弥は怖気に襲われた。ぎょろりとした目が力弥の方を見つめると、それはまるで笑っているようにも見えた。


「これは、さすがに絶体絶命かな」


 力弥が怪物を見上げて睨みつけていたその時だ。怪物の背後の空から一つの光が瞬いたように見えた。次の瞬間、怪物の胴体にミサイルが撃ち込まれたような強い衝撃を受けた。


「キエエエエエエエ」


 甲高い不気味な雄叫びが周囲にこだまする。そして胴体に強力な一撃を入れた黒い物体はひらりと飛び上がると力弥の横に着地した。ブラックドッグの姿に変身した勇輝だった。間一髪のところで間に合ったのだ。


「大丈夫か、力弥」


 そう言って、勇輝は力弥に手を差し伸べた。


「ああ、ちょっとちびっちまったけどな」


 力弥は軽口を叩きながら勇輝の手を借りて立ち上がった。


「あとは、任せろ」


 怪物はよろめきながら体勢を立て直すと口を大きく開いた。それは後ろに下がった力弥に向けられている。この期に及んでも力弥を狙い続けるということかと勇輝と力弥は考えた。


 そして、あの怪物は口から酸のようなものを吐き出そうとした。それを見越して勇輝は顎下から真上に向かって拳を振り上げた。すると怪物の口は閉じられ、吐き出そうとした酸が口の中に溢れた。


「同じ攻撃を食らうと思ってんのか」


 勇輝がそう吐き捨てると、吐き出そうとした酸は怪物の口の端からぼたぼたと零れ落ちた。酸を吐き出すだけあって怪物の皮膚は酸への耐性はあるのだろう。しかし、物理的に殴られたことで怪物はひるんだ。そして勇輝は両手を組むと怪物の顔面を地面に叩きつけた。


 怪物は顔面を地面に押し付けられたまま、目だけ勇輝の方を向けた。このまま殴られ続けてはたまらないとばかりに後方に下がり、上空に逃げようと羽を広げた。しかし、羽ばたこうとした羽はただただ空を切るばかりであった。そう、羽はズタズタに切り裂かれていたのだ。


 上空から怪物の胴体に蹴りを入れ、そこから飛び上がる際に勇輝は背中の羽を自身の爪で切り裂いていたのだ。怪物は飛び上がれないことに焦り、同時に目の前にいる黒い男に恐怖していた。


 勇輝は両手の爪の一本一本をナイフのように巨大化させると怪物に切りかかった。そう、斬っては離れのヒットアンドアウェイを繰り返し、怪物の体に無数の傷をつけ続けていく。そうして彼の体は黒い風のように肉眼で追えないほどになり、怪物の体は黒い嵐に覆われていく。とどめの一撃が入れられると、怪物の体は黒い塵となって消えて行った。


 力弥が勇輝に駆け寄ると、勇輝もまた力弥の方を見た。力弥の無事に安心すると「成宮や鹿森は大丈夫なの?」と聞いてきたので、「ああ、多分建物の中に避難しているはずだよ」と返した。それだけ聞くと勇輝は上空に飛び上がり、戦いの場を後にした。


 激しい騒動の後とは思えないほどにあたりは静まり返っていた。記憶の改ざんにより多くの人々は放心状態になっているのだろう。この騒動はどんな記憶として彼らの頭に刻まれるのかを想像しながら、力弥は朱音たちが避難している商業施設に向かって走り出した。

 

「リッキー、どこ行ってたの」


 朱音たちの話を聞くと、怪物の暴れた十字路では自動車の玉突き事故が起きたということになったらしい。朱音と祐介は巻き込まれないように建物内に移動していたが、力弥は気が付いたらいなくなっていたということになっていた。


「いやぁ、ごめんごめん」


 そう言って力弥は朱音と祐介に謝った。何はともあれ自分を含めて三人が無事で良かったと力弥は改めて安堵した。十字路の方を見ると何台かの車は潰され、けが人もいるようだが、死者が出てはいないようだった。


 それでも何台もの車が事故にあっており、十字路周辺は警察による現場検証によって近付くことができない。仕方なく三人は遠回りして道の反対側のケーキ屋に辿り着くと予約していたケーキを受け取った。


「クリスマスケーキゲット!」


 力弥は箱に入ったケーキを見ながら、このまま店に戻るまでは何事もないといいなぁと心配した。力弥のこの心配は杞憂で、これ以降、怪物たちが出てくることはなかった。



 飾り付けの途中で買い物をしに抜けたことになっていた勇輝は、駅ビルの商業エリアで金ぴかのサンタクロースの飾りを買ってきて「なんでこんなもの買ったの」と朱音に詰め寄られていた。しかも、残りの飾り付けを北条に押し付けたことで朱音の怒りを更に買うこととなった。


「こんなもののために佳織に飾り付けを押し付けたの?」


「まぁまぁ、これはこれで派手でいいじゃない」


 北条はそう言ってフォローをしてくれたものの。


「えっと、ごめんなさい」


 勇輝はそう言って小さくなるしかなかった。人々の平和のために戦ったのに形無しである。ただ、そのことを知るのは力弥だけである。飼い主に叱られている犬のようにしょぼんとしている勇輝を力弥は見ていると、後で自分の分のケーキを分けてやろうと心にとめた。


 すっかり陽が落ち、力弥ら五人のクリスマスパーティーが始まった。力弥らは店の奥側のテーブル席に陣取り、すぐ横にはツリーの飾り付けがされた観葉植物がある。五人はジュースやお茶が注がれたコップを手に取ると「かんぱーい」と言ってグラスを掲げた。 


 店自体もクリスマス限定の揚げ物やデザートメニューを加えることで雰囲気を出していた。それにあてられ、力弥ら以外のお客さんたちも「メリークリスマス」と呼びかけあってお店全体が盛り上がっていた。


 五人は料理や飾り付けを背景に様々な写真を撮っていた。揚げ物などの男子が喜びそうな料理がメインの天衣無縫だが,朱音らが来ることを知った店長は見た目にも可愛らしい料理も用意していた。勇輝も写真を撮られることに以前よりは慣れてきたのか自然な笑顔が出てくるようになっていた。


 あらかた料理を食べつくしたところで本日のメインの登場となった。


「はーい。クリスマスケーキですよーと言ってもみんなから預かっていたものを切っただけだけどね」


 そう言って店長は切り分けられたケーキを持ってきた。もちろん、切る前の状態での写真撮影は済ませてある。今回のクリスマスケーキは日本ではオーソドックスなイチゴと生クリームがふんだんに使われたホールケーキだ。ケーキの上にはサンタクロースやトナカイの砂糖菓子の飾りが乗っている。


「美味しそう」


「どれにしようかな」


 勇輝らは切り分けられたケーキを覗き込んでいる。


「できるだけ均等に切ったけど、上に乗っているものはバラバラだからね」


 店長の言うようにそれぞれのケーキの大きさは均等だが、サンタなどの砂糖菓子、メッセージの書かれたチョコレートなど乗っている飾り付けがバラバラだ。


「じゃんけんで決めようよ」


 祐介の提案に全員賛同し、ケーキ争奪じゃんけん大会が始まった。


「最初はグー、じゃんけんぽん」


 見事にグーとチョキとパーに分かれた。


「あいこでしょ」


 今度はチョキが二人とパーが三人になった。チョキは勇輝と力弥だった。力弥は本日の最大の貢献者であるはずの勇輝に譲りたい気持ちはあったが、ケーキ以前にじゃんけんで負けたくないという謎の対抗意識が勝ってしまった。


「ようし、いくぞ」


 力弥がグーに握った右手を出すと勇輝も黙って手を出した。


「最初はグー、じゃんけんぽん」


「やったー」


 グーを出して勝った勇輝が今日一の大声で歓声を上げた。ただ、声が大きすぎて周囲のお客さんから注目を浴びていた。そんな他の客の反応を見て「しまった」と思った勇輝は耳まで真っ赤になると椅子に座って俯いた。周囲の大人たちからしたら、ケーキを取り合う高校生を見ているだけで心が和んでしまう。


「嬉しそうだねー、勇輝クン。好きなの取っていいよ」


 力弥はニヤニヤしながら勇輝の顔を見てケーキを差し出した。


「その顔やめろ」


 勇輝はそう言って力弥を睨むと少し考えてから「じゃあ、これ」と言って「メリークリスマス」と書かれたチョコレートのメッセージボードが乗ったケーキを取った。ケーキを取った勇輝の顔は何とも嬉しそうである。


 その笑顔を見た伽羅店長と北条は「うーん、勇輝君/明星君はやっぱり可愛いな。でも可愛いって言っちゃいけないって力弥君/朱音から聞いているから、ここは我慢」と心の中で叫んでいた。


 ケーキが全員に行き渡ると五人は揃って食べ始めた。すると力弥は自分のケーキに乗っているサンタの砂糖菓子を勇輝の皿に乗せると周りに聞こえないように小声で声をかけた。


「今日はお疲れ」


「え、悪いよ」


「まぁまぁ、せっかくみんなのために頑張ったのにサボってたって勘違いされちまっただろ。事情を知ってる俺くらいは労わせてくれよ」


「うん、でも。力弥も大変だったみたいだし」


 勇輝は欲しいと思いつつも、フェアじゃないとも感じて受け取れずにいる。


「うじうじしてないで食え」


 そう言って力弥が無理やり勇輝の口にサンタの砂糖菓子を押し込んだ。


「旨いか?」


「うん」


 それを聞いて力弥はニカっと笑った。これは力弥の誠意だと思うことにした勇輝は素直に喜んだ。そんな二人のやり取りをテーブルの対面で見ていた北条は頬を紅潮させながら隣にいる朱音に小声で話しかけた。


「朱音さ、あの二人なんだけど」


「別にそういう仲じゃないと思うよ」


 ケーキを頬張りながら朱音は即答した。彼女には北条の言い分が想像できていた。


「えー、でもさ、今の力弥君のはさー」


 北条が朱音に対して何かを熱弁している。朱音たちの会話を横で聞きながら、クリスマスなんだからどうせならもっと違う色気のある話がしたいなぁと思う祐介がいた。



 トイレに立ったと思った勇輝が外に出るのを見て、力弥は朱音たちの会話から離脱して勇輝を追った。力弥の迂闊な行動に北条が目を輝かせているので朱音と祐介が必死に火消しに回った。外に出ると店の前で勇輝が一人で空を眺めていた。


 通りに並ぶどの店もクリスマスを意識した飾り付けがなされ、暗い夜にあって街は鮮やかにも見えた。また週末ということもあり夜の街に繰り出す人々も少なくない。そういえば忘年会シーズンだなぁと力弥は気付いた。


「何してんだ」


 白い息を吐きながら力弥が勇輝に声をかけた。


「ちょっとお店の中が暑かったから涼みにね」


「確かに暖房利かせすぎかもな」


 力弥はそう言うと店の壁に寄り掛かって勇輝と同じように空を見上げた。白い息が暗い空にくっきり見えたかと思うと吸い込まれるように見えなくなった。すると力弥は無性に喋りたくなった。それは以前から気になっていることだった。


「あのさ、やっぱり俺以外に覚えてもらえないのって寂しくないか」


 力弥の問いに勇輝は少し考えた後、口を開いた。


「うん。最近はそう思うようになった」


 勇輝のそんな心境の変化に力弥はそれとなく気付いていた。以前と比べて戦闘後の会話が増えたからだ。


「じゃあ、聞いていいか」


「うん」


 勇輝には何となく次に聞かれることが予想できていた。


「お前はさ、それでもどうして戦っているんだ」


 勇輝は一度息を吸った後、空に向かって息を吐き出した。そうした白い息が散っていくのを見ながら言葉を続けた。


「今日さ、俺が戦っている最中に力弥たちのところに別の怪物が出てきてさ、少し怖い気がしたんだ。でもさ、その後に勇気が湧いてくるのも感じたんだ」


 白い息が辺りに漂った。そして、それが消える前に勇輝は言葉を続けた。


「そう、皆を絶対に守るって思ったらさ、力が湧いて来たんだ」


 そう言うと勇輝は視線を少し下げて正面を見据えた。


「ヒバリさんは世界の秩序を守るためって言っていて、俺のやっていることが凄いことのように言うけどさ、全然実感が湧かないんだ」


 勇輝は一度言葉を切ると次の言葉には誇らしさを込めた。


「でもさ、力弥や成宮や鹿森、それに北条さんやクラスのみんなを守りたい。ここの店長さんや街の人たちを守りたい。俺は俺の手の届く人たちを守りたいって思ったんだ、守り切れなかった人たちの分まで」


 そこまで言うと勇輝は力弥の方を見た。力弥もまた勇輝を見詰め返した。


「それがさ、俺の戦う理由なんだって思ったんだ。俺にしかできないとか、それしかできないとかそういうことじゃなくて、俺がやりたいからやるんだって」


 力弥は決意に満ちた勇輝の顔を見て素直な感想が口からこぼれた。


「なんだよ、それ。滅茶苦茶カッコいいじゃねぇか」


「だろ。なんかありきたりな気もするけど」


 そう言って勇輝は歯を見せて笑った。


「そんなことねぇよ。俺はいいと思うよ、マジで」


「ありがとう。お前が俺のことを知っていてくれて良かったと思うよ」


 それを言われて力弥は少し照れくさくなり、視線を外してしまった。


「さすがにさみーな。中に戻ろうぜ」


「そうだね」


 二人は暖かさを求めて店の中に戻ると二人で何の話をしていたのかと北条からの執拗な質問が勇輝に投げかけられた。すると「それは俺らだけの秘密だよな」などと力弥が意味ありげに返すものだから、朱音と祐介はフォローしきれないという顔をしていた。ただ一人、勇輝だけは状況についていけず所在なさげにしていた。



 受験生にとって年末年始もまた勉強するだけの日なのだ。力弥は自宅の大掃除を手伝ったり年越しそばを食べたりすることはあっても、毎年恒例の国民的歌合戦は見ずに我慢して、勉強に勤しんだ。


 日付が変わる直前、力弥は切りの良いところまで終えると参考書を閉じて一息つくことにした。家の中は静まり返っている。家族は皆寝たのだろう。力弥も寝ようと思ったが、大晦日の前に勇輝から借りた本を開いてもいないことに気付くと、少しだけ読むことにした。力弥は勇輝に感化され、読書の習慣がついていた。


 最近は猫が事件解決のヒントを出す推理小説を読んでいる。このシリーズは長く続いていることもあり、勇輝も全ては持っていない。そこで力弥も入手して互いに借り合っている。本を読んでいるとスマホがメッセージ受信のメロディーを奏でた。


「あ、日付が変わったのか」


 そこには勇輝や祐介など友人たちからの新年を祝うメッセージが立て続けに送られていた。力弥は本を閉じると、友人らのメッセージグループに『あけおめ!ことよろ!』と入力すると正月らしいイラストのスタンプと合わせて送信した。


 力弥はスマホを手にしたままベッドに横になると、送られてきたメッセージを一つ一つ確認していた。すると勇輝と祐介の三人のグループメッセージに祐介から新着のメッセージが届いた。


 確認すると、どうやら祐介が三人で県内でも有名な学業成就で有名な神社にお参りをしたいとのことだ。願掛け以前に勉強しろと本人がいれば突っ込みを入れているところだった。すると勇輝から『イイね』の文字が入ったスタンプが送られてきた。


 元日は家族で初詣に行くので二日なら行ける旨のメッセージを力弥は送った。その後も三人で日時や集合場所についてやり取りをしていた。外は静寂に包まれていたが、はるか遠くから鐘の音が聞こえてくるような気がした。



 空が黒から薄紫色に変化していく。


 そのグラデーションの下を自分の体が進んでいくのが分かる。空気は冷たく澄んでいて、その中を迷うことなく体は上昇している。そうか自分は飛んでいるのかと気が付いた。


 これはきっと夢なのだろう。自分の体は一羽の鳥となっている。眼下は深い霧に覆われ地面が見えない。一方で空には雲一つなく、朝へと変化していくグラデーションの空は幻想的で美しくもあった。


 空のグラデーションの黒い部分には星々が輝いている。彼には星の名前などは分からなかったが、それらの輝きは美しく、羽ばたくのを忘れるほどに見とれてしまうのだった。それらの星の中にひと際明るく光る星があることに気付く。


 その星の力強い輝きは彼の心に安堵を与えてくれる。その星に近付きたいと思い、彼は強く羽ばたこうとする。それがバカげた行為であることは分かっている。星は空に見えるが、空に貼りついているわけではない。


 それは青い大気を越えた先、暗い宇宙に佇んでいる。彼が目指している瞬くことのないその星は金星。同じ太陽系にあるとはいえ彼の羽では到底辿り着くことはできない。それでもその星に近付きたいと願った。


 やがて東の空に太陽が顔を覗かせている。太陽の強い輝きの前には星々の光は到底及ばない。消える前にその星に辿り着きたい。彼は必死に羽ばたくが、星との距離は縮まらない。空が黒から薄紫色に、それから青へと変化していく。


「まだだ、ダメだ、消えないでくれ」


 朝日とともに星が消えようとしても彼は羽ばたくことを止めなかった。高く、高く羽がちぎれんばかりに星の方に向かうが、夜の帳は西の果てに消え去り、朝のひばりが鳴くとすっかり星は消えてしまっていた。



 部屋に朝日が差し込み、その眩しさに力弥は目を覚ました。昨夜、勇輝と祐介とメッセージのやり取りをしている途中で寝てしまったようだ。彼の手にはスマホがにぎられていた。力弥は体を起こすと、顔に冷やりとした感覚があることに気付き手で触れた。


「涙?」


 どうやら寝ながら泣いていたようだ。何か泣くような夢でも見たのだろうか。そう思いながら布団から出ようとするが、部屋の寒さに震えると再び布団に潜り込んで力弥は二度寝を決め込むことにした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る