詰めの甘さ
テーブルとパイプイス、大きなモニターのみの小さな部屋。
その場所で後日、神童は志葉とともに、録画されていた水乃奏音の事情聴取の様子を見ていた。
「神童さんはどの時点で自殺だと分かったんですか?」
「被害者の写真を見てすぐ。」
「首の痕ですか?」
「それもそうだけど、それよりも……、」
イスの背もたれに身を預けた神童はめいいっぱい後ろに腕を伸ばして背伸びをした。
「あまりにも綺麗だったからな...。」
「……は?」
「着衣の乱れナシ。身体に傷及び痣もナシ。つまり、被害者は加害者と争った形跡はないと言える。ここで犯人候補から松本が外れる。でも松本のDNAが検出されていた。ここで第三者の介入を疑う。それが水乃。水乃と被害者の経歴を確認。二人が幼馴染であることが分かった。そこで、あぁ自殺で間違いないなって...。」
「そう、ですか。………どう、お考えですか?」
「考え?何の?水乃のこと?」
「えぇ。」
志葉はモニターの中で、泣きながら自分を責める水乃奏音を見ながら神童に問うた。
「馬鹿だなって思うよ.....。」
「そうですね。私もなんて愚かなことを、と思います。」
「ごめん、そっちじゃない。」
「は?」
今度は目の前のテーブルに肘をつき、そのまま頬杖をついた神童。志葉と同じようにモニターを覗く。
「中途半端だったからバレたんだ。やるなら徹底的にやればよかった。つけ爪の発想は良かった。サイズは考え物だが、思いついたのはすごい。ただ、それなら被害者の顔と腹あたりかな。打撲痕くらいはないと。血を滲ませたら尚よかった。あぁ、それから松本を犯人にしたいなら衣服を剥ぐか、せめて汚して乱れさすぐらいはしないとな。全体的に詰めが甘かった。」
「神童さん。」
「僕だったら、そうする。少なくとも、そこまでしてくれていたなら、松本を逮捕してやれたのに.....。」
神童はモニターを虚ろな目で見つめていた。
「分かるよ。僕にも親友が居たから。辛かったよな。苦しかったよな。せめて殺されたんだったら、犯人を恨むことも出来たのに。でも、殺したのは紛れもない自分だ。救えたはずなのに……。あの時もっと早く気が付いていたら、もっと早く駆けつけていたらって。後悔しても仕方ないのに、後悔せずにはいられない。いっそ、誰かを憎めた方がまだ楽だった。意味のないことだって分かっている。分かっているけど、それでも無理やり因果関係を結びつけて、こいつのせいだって、憎んで、恨んで。そうやって自我を保っているけど、所詮はツギハギだらけのガラクタでしかなくて。本当は気付いているんだ。殺したのは自分だって。悪いのは自分だって。だから許せない。自分を許せなくて、許そうとも思えない。思わない。罪を償うなんて不可能だ。何をしたって死んだ人間を生き返らせることは出来ない。………助けたかった。救えたのなら、自分が死んだっていいって。本気でそう思えるくらい、かけがえのない大切な存在だったのに。なぁ、なんであの時、俺は、なんでもっと早く………!!!!!」
「神童さん!!」
志葉の声に神童はモニターに向けていた視線を外す。そして志葉を見上げた。
「嘘だよ、全部、、嘘...。」
へらりと笑った神童は、そっとイスから立ち上がった。
「でも、僕の手網を握れるのはお前だけって言った、あれは本当。」
「そうでしょうね。貴方みたいな人を支えられるのは私くらいですよ。」
「逞しくなって。」
「お褒めに預かり光栄です。」
志葉の返事に満足したように、神童は笑みを浮かべた。
「行こうか。」と神童の言葉に志葉は「はい。」と返す。
そして、モニターの電源を落として、暗く狭い部屋を後にした。
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