転生令嬢である私は百合好きだけど、あくまでも見る専門です! だけど可愛い王女様と婚約してしまい没落した家を復興することになっちゃいました!

tataku

第1話 転生令嬢は百合がお好き

 古いお屋敷の中、私は――愛しのメイドに追いかけられ、長い木製の廊下を走っていた。


 この国にとって特別な15歳を祝う誕生日に、お母様はいない。そのことに不貞腐れた私は、ついついイタズラをしてしまったのだ。(まぁ、いつものことだけどね!)

 

 でも、仕方がない。


 だって、可愛すぎるあの子が悪い!


 私の愛おしいメイドは、胸を揺らしながら必死に走っている。その光景は、私にとってまさにご褒美。ああ、流石は誕生日✩


 廊下を抜けた先は、高低差を強調したような急勾配の階段。そして、段数はかなり多い。上から眺めたその景色、慣れない人間には少しきついかもしれない。


 それにしても、何だろ?


 もしかして私――浮かれている? そんなんだから、長く広い階段を降りようとした、まさにその時――うっかりと足を滑らせ、前のめりとなった。


 足が空を切り、重力が一気に襲ってくる。私は必死に手を伸ばした。だけど、きっと何も掴めない。


 死が、脳裏をよぎった。


 その瞬間――世界がゆっくりと展開し、大量の記憶が一瞬にして流れ込んでくる。

 

 これはつまり、走馬灯?

 

 そこで思い出した。百合が大好きな日本の女子高生の――とある記憶を。そんな彼女の最後は、高い場所から落ちる――今の私とまさに一緒。

 

 本当にそれで死んだのか? なんて間抜けな人生だったんだ私。そんなの、哀れすぎる! しかも、また落ちて死ぬのか?

 

 前世――から夢みた、異世界ファンタジーの世界に生まれ、赤髪赤目の超絶美少女の妹が出来たというのにぃ。(しかも権威あるお貴族様のご家庭です!)


 しかもここ、百合好きにとっては最高の世界。だって、女性同士で結婚できちゃうし、女性同士で子供まで産めちゃうのです。(ああ、魔法世界万歳!)


 そう――ここはまさに、バラダイス。


 そして私は、百合をこよなく愛す女。慎み深い私は、百合に挟まるような馬鹿な真似などするつもりはないし、邪魔をするつもりも毛頭ない。


 ただ、私もまだまだお年頃なので――愛しのメイドにちょっかいをかけたくなる衝動だけは、どうにか大目に見て欲しい。いずれ私は神の視点に立ち、全ての女性たちに無償の愛を贈ろう。


 そう――私は、密かに目指していたのだ。素敵な彼女たちを見守る――そんな、輝くスローライフ生活を。


 それなのに、私は又――世界から弾き出されるのか?

 

 そんなの、人生のいたずらと呼ぶにはあまりにも理不尽。だから今すぐ抗議をし、高らかに宣言をしなければならない。こんな人生はありえないと。

 

 それは誰にかって? そんなのは当然、神様にだ。

 

「へー、そりゃーまた大きく出たね」


 その声が耳に鳴り響いたとき、世界が切り替わる音を――聞いた気がした。

 

 私が転げ落ちる、まさにその場所――女の子が急に現れ、私の前に立ちふさがった。


 え?


 ちょっ――このままだと、ぶつかるから! そう――叫ぼうとしたのに、何故か声が出てこない。

 

 可憐な少女は後ろに手をやり、こちらを覗き込んでくる。私はそんな彼女の顔を見て、驚愕した。


 だって、とんでもない美少女が――そこにいたから。


 透き通った黒髪は腰のあたりまで綺麗に流れ落ち、黒の瞳は私の意識を吸い込もうとしてくる。黒いワンピースから覗く、か細く、浅黒い手足は何と神々しいことか。

 

 て、天使か? 全体的に黒いけども、あれは天使だ。間違いない。


 天使の象徴は白のみ――だとか、そんな馬鹿なことをのたまう奴がいたならば、この私がぐーで粛清してやろう。(まぁ、一度も誰かを殴ったことはないけど)


 いいか?


 よく聞け。


 可愛い少女は皆、天使なんだよぉ!

 

 

 

 ……。




 ん?


 

 

 それにしても、なんだこの走馬灯モード。


 ゆっくりってレベルじゃない。


 まるで時が止まっているような?

 

「まるでじゃなくて、本当に止まっているんだよ」

 

 えっ?


 なにそれ……どーゆうこと?

 

「僕が止めて上げたんだ」

 

 ぼ、僕っ娘だと!

 

 天使は放心しかけた私の鼻を、人差し指で押し上げてくる。


 そう、ゆっくりと。


 それは――。


 痛い。


 地味に痛い。


 だから、止めてくださいませんかね?

 

「今の君は、彼女の最後を見て間抜けだと評した。けれど、僕は彼女の人生を認めているんだ」

 

 彼女? それは――昔の、私のこと?


「だから、この世界に転生させた」

 

 異世界転生。


 なんと、素晴らしき響き!


 だけど――。


 彼女は本当に、私の前世?


 本当に、あれで死んだのか?


 昔の私が、徐々に、今の私に侵食してくるような、そんな――違和感。


 脳裏に――あの人の顔が思い浮かぶ。


 思い浮かんで、離れてってくれない。


 大学を行くことを諦め、身寄りのない私を引き取ってくれた――あの人の顔。


 私と6つしか変わらないくせに、母親面して――いつだって、あなたは――だから、私は――恩を、返したかった。


 だってあなたは――私の、全てだったから。

 

「なのに君は、再び死にかける羽目となった。だから、時を止めて助けてあげたってわけ。だから、感謝してよね」


 感謝している。


 感謝しているから、どうか教えて。

 

 あの人は――。

 

「それは君が気にするべきことではないよ。何故なら君は、あの世界の住人ではないのだから」

 

 ……。

 

 天使は私の鼻から指を離すと、腰に手をやり、わざとらしくため息をついた。

 

「本当は黙秘事項なんだけど、特別に教えてあげる」

 

 そう言って、私をじっと眺めた。

 

「実は前の世界で、彼女とは一度だけ出会っているんだ。君の記憶にはないことだけどね」

 

 死んだ後に神様と会うこと――異世界転生ではよくある話。つまりこの子は、神様?

 

「まぁ、厳密には違うけど、そのような認識で構わないよ。いちいち説明するのも面倒臭いからね」

 

 だから、言葉にしなくても通じるって訳か。

 

「まぁ、そういうこと。それで、話を戻すけど――」


 一拍、間を置いた後、彼女は笑った。


「この世界に来る条件として、彼女はひとつの願いごとをこの僕にした。それは――君が思い描く人の幸福だよ。だからその人の人生を心配することは、この僕に失礼となる」

 

 そっか――。


 うん。


 それなら、良かった。

 

「今の君は、彼女の記憶にかなり引っ張られている――だから、辛いだろうけれど、目覚めたときにはもう、かなり落ち着いているはずだ。だから今は、これからの自分の人生を心配したほうがいい」

 

 それはどういう――。


「君には、これでも期待しているんだ。そして、多少は悪いとも思っている。だって、これから君が行うことは――ただの尻拭いだ。それも、何百年と前の誰かさんのね」


 それって――。

 

「さぁ、今から時を戻すよ。だけど、大丈夫。痛みは一瞬で、すぐに気を失うことになる。けれど、奇跡的に怪我はしない。この僕のおかげでね」

 

 痛みなんて、一瞬たりとも嫌なんですけど?

 

「何言ってんの? 少しぐらい我慢しなよ。多少の痛みは人を成長させるのに必要不可欠なスパイスさ」


 は? そんなの、初めて聞きましたけども?


「では、またいずれ会おう」

 

 そう言って、神様は天使のほほ笑みを浮かべた後、一瞬で姿を消した。

 

 ちょ、ちょっと待った!

 

 その願いは虚しく、時は戻り――悲鳴とともに転げ落ちていく。


 痛みは一瞬? 痛みは多少? いや、嘘でしょ!


 おにぎりのように転がった私の身体は、全身という全身から悲鳴を上げていますから!


 でも――あぁ――――私の意識――――遠のいて、いく?


 ばたん、きゅぅ。

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