「あの子の思い出」
前を行き、振り返るのは恐ろしく───
「みきちゃん!」
いつもそう呼んでくれた彼女は、明るくて、元気で、ちょっと泣き虫だった。
放課後になると必ず迎えに来て、ランドセルを揺らしながら、私の手を引いてくれた。
名前は──あかりちゃん。
たしかに、そう呼んでいた。
だけどある日、ふいに姿を見かけなくなった。
喧嘩をしたわけでもない。転校の話も聞いていない。
なのに、誰も彼女のことを覚えていなかった。
「そんな子、最初からいなかったでしょ?」
先生も、友達も、母までもがそう言った。
まるで夢でも見ていたかのような顔で。
けれど私は知っている。
秘密基地、駄菓子屋、アイドルの切り抜き。
彼女はたしかに、私の大切な友達だった。
*
それから何年も経って──
ある日、私は事故に遭った。
視界が白く染まり、意識が遠のいていく。
その先に、ふいに声がした。
「みきちゃん…やっと、会えた」
目の前に立っていたのは、成長したあかりちゃんだった。
涙を流しながら、笑っていた。
「あのとき…ずっと、待ってたのに…」
手を伸ばすと、彼女はそっと握ってくれた。
あたたかかった。確かに、そこに“生きて”いた。
私は泣いた。
「これからまた、たくさん遊ぼうね」
あかりちゃんは、静かにうなずいた。
*
──目が覚めると、病室だった。
母が泣いていた。私は生きていたらしい。
けれど、その日からときどき思い出す。
あの日の約束。
「また遊ぼうね」と言ったのは、私ではなく──
あの子のほうだったような気がする。
あかりちゃんは、ずっと待っていた。
それを忘れていたのは、私だった。
約束を破って、どこかへ行ってしまったのも、私だったのかもしれない。
だからあかりちゃんは、
“思い出させるため”に、迎えに来てくれたのだ。
──あの日の続きを、一緒に始めるために。
昭和怪談集 ともしび──約束を忘れていたのは、どちらだったのか。
呼ばれたあなたは、今どちらにいるのか。
「ずっと待ってたよ」──その声が、静かに近づいている。
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