「あの子の思い出」


前を行き、振り返るのは恐ろしく───


「みきちゃん!」


いつもそう呼んでくれた彼女は、明るくて、元気で、ちょっと泣き虫だった。

放課後になると必ず迎えに来て、ランドセルを揺らしながら、私の手を引いてくれた。


名前は──あかりちゃん。

たしかに、そう呼んでいた。


だけどある日、ふいに姿を見かけなくなった。


喧嘩をしたわけでもない。転校の話も聞いていない。

なのに、誰も彼女のことを覚えていなかった。


「そんな子、最初からいなかったでしょ?」


先生も、友達も、母までもがそう言った。

まるで夢でも見ていたかのような顔で。


けれど私は知っている。

秘密基地、駄菓子屋、アイドルの切り抜き。

彼女はたしかに、私の大切な友達だった。



それから何年も経って──

ある日、私は事故に遭った。


視界が白く染まり、意識が遠のいていく。

その先に、ふいに声がした。


「みきちゃん…やっと、会えた」


目の前に立っていたのは、成長したあかりちゃんだった。

涙を流しながら、笑っていた。


「あのとき…ずっと、待ってたのに…」


手を伸ばすと、彼女はそっと握ってくれた。

あたたかかった。確かに、そこに“生きて”いた。


私は泣いた。

「これからまた、たくさん遊ぼうね」


あかりちゃんは、静かにうなずいた。



──目が覚めると、病室だった。


母が泣いていた。私は生きていたらしい。


けれど、その日からときどき思い出す。

あの日の約束。


「また遊ぼうね」と言ったのは、私ではなく──

あの子のほうだったような気がする。


あかりちゃんは、ずっと待っていた。

それを忘れていたのは、私だった。


約束を破って、どこかへ行ってしまったのも、私だったのかもしれない。


だからあかりちゃんは、

“思い出させるため”に、迎えに来てくれたのだ。


──あの日の続きを、一緒に始めるために。


昭和怪談集 ともしび──約束を忘れていたのは、どちらだったのか。

呼ばれたあなたは、今どちらにいるのか。

「ずっと待ってたよ」──その声が、静かに近づいている。

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