第46話 三傑魔ログナーとの戦い クラリス視点

 森のあちこちから火の手が上がり、夜空を赤く染めている。私は部下の騎士たちと三傑魔を討つべく馬を駆って森の深くへと踏み入った。


 そのときだった。木々の合間を走り抜ける小さな人影と、それを捉えるように伸びる異形を見た。――魔人だ。子供が連れ去られようとしている。


「みんな、あの子供を助けるぞ!」


 目の前で誘拐されている子供を見て、助けないという選択肢はなかった。私たちは手綱を強く握り、馬を森の奥へと走らせると開けた場所に出た。


 そこには、ひときわ威圧的なオーラの男が静かに立っていた。リーダー格と思われるその男は長身で瞳は紅く輝き、皮肉っぽく歪んだ口元をしている。その周囲には付き従うように数人の魔人騎士たちが控えていた。


「お初にお目にかかります。私はゲイブランド三傑魔の一人、ログナー。貴女も騎士とお見受けしますが、いかがでしょう? ここはひとつ、騎士同士この一本の剣のみで勝負といたしませんか」


 正々堂々を装いながら、その剣の切っ先は先ほどの子供の喉元にぴたりと当てられていた。断れば殺す気だ。


 私は馬から降りて剣を構えた。ログナーはこちらを一瞥すると剣を抜き、ひと振りする。その刃にはかすかに魔力が纏っていた。一見ただの斬撃だが、何か仕掛けがある。一度でも斬られたらただでは済まない、そう直感した。


 そのとき、私の側近が不意を突いてログナーに飛びかかった。だがログナーは冷静にそれをかわし、返す刀で斬り伏せた。


 短い悲鳴をあげ、倒れたはずの騎士の肌がみるみる灰色へと変色し、呻き声を漏らし始めた。


「ふふ……どうです? 愉快でしょう。私の剣にかかれば、このように誰であれ魔人として再誕することができるのです。あなたもいかがです? 魔人となり、私の忠実な下僕として生まれ変わるという道は」


「冗談じゃない。お前のために命を差し出すなど、虫唾が走る」


 とはいえ厄介な能力だ。斬られればあのように自我を失って、ただの操り人形にされるのだろう。いや、それだけじゃない。魔人になったらダイスケの作る、美味い料理が食えないじゃないか。


「面白い方だ」


 ログナーが唇を吊り上げて笑う。


 私は静かに覚悟を決める。こいつをここで止めなければ王国軍は魔人の群れと化し、形勢が逆転してしまうかもしれない。ここは私がこの男を止めるしかない。まずは人質の子供だ。


 私は剣を大きく横に振るった。ログナーはひらりと身を引いてかわす――が、それは私の計算通りだ。斬撃の軌道に仕込んだ炎が、ログナーを包むように噴き上がる。


「ッ!?」


 いきなり炎が出てくるのは読めなかったらしく、ログナーの手から子供が離れた。


「今のうちに逃げろ!」


 私の声に、子供は反応し、一目散に森の奥へと駆けていった。


「面白い剣技ですね。だが勝負の趨勢は既に決しているようですよ?」


 ログナーが呟く。周囲を見渡すと私の側近は魔人騎士との戦闘でほとんど瀕死の状態だった。


 ログナーは素早く動く。とっさに身構えたが狙いは私ではなく、私の残った側近たちだった。仲間たちはひとり、またひとりと斬られていく。


 そして、気づけば私の周囲は魔人となった仲間で埋め尽くされていた。


「魔人となれば味覚は失われ、食事の必要もなくなる。食糧難に苦しむセデリアにとっては、実に理想的な存在ではありませんか?」


「ふざけるな。そもそもお前たちがいなければ、こんな事態にはならなかった。お前たちがこの世界の悪なんだ!」


 私の言葉にログナーは一瞬沈黙したかと思うと、愉快そうに笑い出した。


「ああ、失礼。貴方はなんて純粋な方なのだろうと思いまして。ならば試してみましょうか」


 ログナーは剣を収め、一歩下がった。その顔には何かを思いついたように下卑た笑みが浮かんでいる。


「では、その正義とやらであなたの元側近たちを斬ってみせてください。悪を討つ覚悟があるのなら、それくらい容易でしょう?」


 その一言を合図に魔人化した仲間たちがゆっくりと、だが確実に距離を詰めてくる。


「やめろ! 私の声が聞こえないのか!」


 私の声は何度叫んでも彼らには届かなかった。自我が消えて人間の言葉が分からないのだろう。もし相手が完全な悪であれば、ためらいなく斬り捨てられた。けれど一緒に戦い、笑い、苦楽を共にしてきた仲間を私は……。


 「終幕です、セデリア王国騎士団長殿」


 ログナーの冷たい声とともに、私の胸に鋭い痛みが走った。

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