第48話 ゲイブランド魔人王視点
ワシの名はカルヴァン・ゲイブランド。
セデリア王国旧ゲイブランド地方の辺境貴族にして、今はゲイブランド魔人国の王と呼ばれておる。
ワシには昔から腹が立って仕方がない人間が一人いる。いまさら説明するまでもないが、それはかのセデリア前国王だ。いや、ワシだけでなくゲイブランドの民は皆、あの国王を嫌っておる。その理由は少し前に遡る。
古くからセデリア国の大半の地域では、農作物をうまく生産することができなかった。これは、日照時間が短く、雨の日が多いのが原因とされておる。そのため、国内の農作物の生産を一手に担っていたのが、ワシが管理するゲイブランド領だった。
ゲイブランドの農民たちは実直に働く者が多かった。それに国からの作物徴収は確かに負担だったが、それ以上に「国を支えているのだ」という誇りがあった。
セデリア国の経済が回っていたのは、地道に農耕を続けるゲイブランドの民のおかげだとワシは考えていた。実際、それまではゲイブランド領のおかげでセデリア国は食糧に困ることはなかったのだ。
しかし、ある日風向きが変わった。セデリアの前国王が何の前触れもなくゲイブランド地方の農作物の税徴収量を増やすと言ってきたのだ。
もちろんワシは、ゲイブランドの民のために大反対した。これ以上徴収量が増えれば農民は暮らしていけなくなる。しかし決定は覆らず、税の徴収はますます厳しくなっていった。
やがてその影響で、農民たちは食うものに困り果て、倒れる者が続出した。子を売り、年寄りを森や山に捨てる者すら現れ始めた。ワシはそれを「人でなし」と批判する気にはなれなかった。それほどまでに民が貧困にあえいでいることが痛いほどよくわかったからだ。
そんなやるせない日々を送っていたとき、屋敷に「海の向こうの大陸から来た」と名乗る魔女が現れた。
「私は願いを叶える魔女だ。何か困っていることはないか」
どこか胡散臭さを漂わせた魔女だった。「魔女の言うことを聞いてはならない」と諫める者もいたが、その時はセデリア国王に対しての憎しみで冷静になれなかった。
「セデリアの国王が憎い。あの男はこの領地から税と称して農作物を厳しく取り立てているのだ。いっそのこと魔人になって国王を殺してしまいたいぐらいだ」
昔話では、魔人は腹が減らず永遠に生きられると言われていた。その上、魔人になれば魔力が手に入り、普通の人間よりも大きな力を得られるとされていた。
強力な魔力を持ってセデリア国王に復讐をしたい。ワシはつい感情的になって見ず知らずの魔女に自分の本心と一緒に話してしまったのだ。
「その願い、叶えてやろう」
魔女がそうつぶやくと、その杖から漆黒の闇が濁流のように溢れ出し、屋敷の者たちはすべて飲み込まれた。その闇は屋敷にとどまらず、外へも飛び出して無数に拡散した。魔女はその様子を見て、ケラケラと笑った。
「今この地域に呪いを残した。飢餓状態になったら魔人に変異する呪いだ。これはお前が生きている限りずっと続く。願いは叶えてやったぞ」
その言葉を最後に、ワシは黒い濁流に飲み込まれ、気を失った。
気がつくと、屋敷にいた者たちは一様に倒れていた。いや、一つ変化があった。それは皆、いつの間にか灰色の肌になり魔力を有するようになっていたことだ。
城の外に出ると、領地の村人たちもすべて魔人と化していた。こうして、ゲイブランドの民はすべて魔人となってしまった。
「人間が魔力を有すると魔人になる」――そんな昔話を聞いたことはあったが、魔女の呪いで現実になるとは思ってもいなかった。その時からセデリア王国からは敵国扱いされ、ゲイブランド領は「魔人国」と呼ばれるようになった。
変化はそれだけにとどまらなかった。魔女が杖から漆黒の濁流を放ったその日を境に各地に魔獣が発生した。あの魔女の言うとおり、飢餓状態になった動物や人間は次々に魔人や魔獣に変異していったのだ。
人間も動物も、肌が灰色になり、目が虚ろになって自制が効かなくなる。この現象は「灰魔病」と呼ばれるようになった。
それ以来、セデリア国はワシのことを「魔人王」と称し、討伐を試みるようになった。勇者召喚と呼ばれる儀式で異世界から冒険者を召喚し、我が領地に勇者を派遣してきたのだ。
ワシはセデリア国王が憎いだけで、勇者やその他の民に手出しをする気はなかった。そんなことをしても問題が解決するとは思えなかったのだ。できることなら税の徴収を撤廃し、国王に謝ってもらいたい。それだけだった。
しかし、年に一度セデリアの勇者がゲイブランドに来てはワシの手下たちによって葬られていった。ワシは「そこまでしなくてもよいのではないか」と言ったのだが、手下たちは「セデリアへの見せしめだ」と称し勇者たちを徹底的に叩き潰した。
魔女のせいで魔人になったワシらは、能力が飛躍的に向上していた。手下には、剣術・呪術・魔術・死霊術などに長けた者たちが揃っており、当然その力も増していた。勇者ごときでは歯が立たなかったのだ。
そんな中、ワシが魔人になって一番悲しかったことは別にあった。それは、魔人に変異してから食事を楽しめなくなったことだ。
魔人化すると腹が減らず、味覚が鈍くなる。ゲイブランド地方に古くから伝わる伝統料理、ビーフシチューの味も分からなくなった。これには皆が悲しんだ。
ある時から、ワシは普通の人間に戻りたいと願うようになった。歳を取れば取るほど、残りの人生を有意義なことに使うべきだと考えたのだ。恨みや憎しみだけで戦争をしている場合ではない。
それにあの魔女はワシらを魔人にしたくせに「普通の人間への戻し方」を教えてくれなかった。今ではセデリア前国王クラムウェルよりも、あの魔女のほうに強い怒りを感じておる。
しかし、臣下たちはそうは思わなかったらしい。ある時、なぜかヴェルター領の貴族がゲイブランドに寝返った。臣下たちによると「憎きセデリアを叩く絶好の機会」だという。
「カルヴァン閣下、私がセデリアの王都をすぐに陥落させてみせましょう」
三傑魔の一人、エリシアがセデリア王都に向かって軍を進めた。ワシが何も指示していないのに勝手に軍を率いたのだ。
欲しくもないヴェルター領がゲイブランドに編入され、指示していないのに王都へ臣下が進軍していく。なぜこんなことになっているのか。
確かに国王に復讐はしたかった。だが、王都陥落までは考えていない。そもそも、なぜヴェルター領が寝返ったのかも分からなかった。最近では、知らぬ間に物事が進んでいて、恐怖すら感じておる。ワシの話を聞かない手下が多すぎるのだ。
ともかく、こんなことをしても得られるものは少ない。早く終わらせたいと思っていた。ワシは魔人ではなく普通の人間の生活がしたいのだ。
どうにかして魔人から人間に戻れないか。そう考えていた時、セデリア国のある男の噂を耳にした。
王都に攻め入った手下たちから「ある男が奇妙なスキルで魔獣や魔人を浄化している」と報告があったのだ。エリシアをもってしても王都が陥落しなかった理由はその男にあるらしい。
その男の名は――カガ・ダイスケ。
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