第162話 広まっていく伝説

―美月(菅原部長秘書)視点―


 私は本部長の付き添いで、業界のパーティーに来ていた。本部長は、さっそくスピーチだ。原稿も用意していないのにするすると美しい言葉を紡いでいく。さすがは、憧れの上司であり、業界の最高のクリエイターは多くの人たちに注目を浴びていた。


「さすがだな、菅原さん」

「ああ、今回もよどみがない」

「さすが、業界で十数年トップを走っているだけはある」

 会場内のほとんどの人間は、まるで菅原さんを神のように思っているのだろう。彼女を超えるべく、幾人ものクリエイターが勝負を挑み、それを退けてきた実績が醸し出す神々しいほどのオーラは強烈だ。


「しかし、菅原時代は長いよな。本当にどうして、誰も勝てないんだ?」

「じゃあ、次のトップは誰になるか予想しようぜ」


「やっぱり菅原さんの一番弟子の志賀さんじゃないかな。あのコンビでいくつ賞を取ったと思っているんだよ」


「それなら、低予算ゲームの旗手・寺田さんだってすごいぞ。アイディアひとつですべて挽回しちゃうんだから。これから続くであろうゲーム冬の時代はああいうアイディアマンが天下を取ると思うよ」


「俺はやっぱり次も女性の時代だと思うんだよな。天上院さんとかどうかな。あの人のゲームはすべてが美しい」

 たくさんの候補が次々と出てくる。そして、それは誰もが納得する大物の名前だった。私も好きなゲームを作る人たちばかり。


「そうだ、美月さん。あなたはどう思うの?」

 少し酔っぱらった顔見知りに声をかけられる。私なら菅原さんを最も近くで見ているから、面白い意見を言えるんじゃないかと期待されていた。なら、いいか。とっておきのネタを爆発させてみよう。


「実は、それこの前、本郷社長とも同じような会話をしたんですよ」

 そう言うと、「えー」と大きな声で合唱が起きた。早く聞かせろとばかりに取り囲まれる。


「その時、社長は菅原君を超えるかもしれない人間はだれかわかるかな?と言ったんです」

 うんうんと聞く。


「私は正直に言いました。わかりませんって」

 だって、菅原部長を超えるような人は出てこないと本気で思っているから。

 実績だって獲得した賞だって圧倒的だったから。


「そうだろうなと言われました。キミの発言は、あと3年や5年は正しい。彼女は、業界に君臨し続けると言っていました」

 みんなが生唾を飲み込むような音がしたと思う。

 じゃあ、そのあとはどうなるんだって気になっているところだろう。


「10年後は、矢口道隆の時代になるとつづけました。その時、私はその人の名前を知らなかったので、誰ですかと聞き返したんです。そうしたら、この前ネットで話題になった同人ゲームのクレジットを見せられて……」


 私がゲームのタイトルを言うと「あれか」とみんなが叫んでいた。


「まさか、あの若い子たちが本郷社長に認められたのか……」

 誰かの声に私は反応する。


「社長だけではありません。菅原部長も……実は、あのサークルの子たちをこの前、会社に招待して、社長と本部長がそろって出迎えたんですよ」

 これだけで業界は大きく揺らぐだろう。実際、会場では悲鳴に似た歓声が巻き起こっていた。だって、それは本郷グループの頂点であるふたりが、その若き天才高校生クリエイターを事実上の後継者候補として指名したといえるのだから。そして、本部長はそれを期待しているようにすら見えた。


 こうやって、たぶん伝説と言うのは作られていくんだろうなと思う。私は、後に語られるであろう「菅原・矢口会談」を世に広めてしまったのだから。

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