北の大地、発つ

 山を下りて数日、白樺の森をさまよい歩いて何とか炭鉱の町へと戻ってきた。

 クマやシカに出くわさずに済んだのは単に運がよかっただけだろう。

 瓶の中の花は少し痛み始めていた。このまま灯台の町まで向かっていてはその間に枯れてしまう。やったことはないが押し花にしてみよう。見せられなければ約束と違う。

 炭鉱の町を歩き回って押し花に使えそうなものを探した。小さな商店に入って 店主に紙はないか聞いた。金を払うならやると言ってくれた。

 店主の持ってきた紙は障子紙とボロボロの新聞紙だった。量も十分あるから失敗することはないだろう。あとは重しになりそうなものがあればいいのだが、背負子の中にそんな重い物はない。


「何か重い物はないか?」


「重い物?こういうならある」


 店主が取り出したのは四角い木片だ。持ってみると確かに重い。この木片の上に荷物を重ねればいい重しになる。


「うん、これでいい。いくらだ?」


「4銭でどうだ?」


「いいだろう。その値で買う」


 商店からでると駅に向かった。円城寺殿に挨拶をとも思ったが、まだいるのかもわからないし、こちらも時間がないため今回はこのまま本土へと帰ることにした。

 駅で切符を買って、待ち時間に押し花の作成を始めた。

 まず障子紙でナリゲシの花を挟んでそれをさらに新聞紙で挟む。それを背負子の底におき、その上に木片、さらに他の荷物を上に詰め込む。これで花の水分が抜け、乾燥して押し花となるわけだ。

 きっと灯台の町に着くまでには綺麗に出来上がっていることだろう。

 汽笛を鳴らして蒸気機関車が駅に入ってきた。思えば随分と長い時間この北の大地にいたものだ。俺の求める『虚空の器』の情報があればまた来ることになるだろう。その時までにこの地の情報をもう少しは仕入れておくとしよう。

 車両に乗り込んで俺は炭鉱の町に別れを告げた。

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