1-4・悪いね、まだちゃんとエタってるってわけでもないのに来てもらって
もうすこしはじめからはじめてみよう。
新学期がはじまる二週間ほど前、おれたちは新入部員候補の三人と部室で話をしていた。
桜の花のつぼみはだいぶふくらみ、じきに咲いて二週間ほどで散るだろうと思われる頃だった。
「悪いね、まだちゃんとエタってるってわけでもないのに来てもらって」と、おれは言った。
「いえ、そんなことよりそもそも、わたくしたちとその世界が誰かの創作物だなんて、考えたこともありませんでした。」と、クルミは半透明な金色の髪をふさふささせて、両手の拳をぎゅっと握りしめた。
クルミは王族なので、全体にふさふさしていて気品があり、ぼんやりしているようでありながらちゃんと人の話を聞いている、マルチタスク型の性格で、長めなまつげの下の目には半透明の紺色の虹彩を持ち、整った唇、と様子がいい体型をしていて、白いお姫様風のドレス(スカートはそんなに長くないタイプ)で、縁にクルミの髪の色と同じ金色の縁取りがしてあった。
そして口の端には、あきらかにホクロではないものがついていた。
ミルクコーヒーを手にしたクルミは、おれのほうをちらりと見たので、おれは自分の口のまわりを触りながらクルミを指さした。
クルミは、はっ、と気がついて自分の指先で、ビスケットの食べかすを取り除いた。
どうも異世界の王族は、知力にやや欠けるところがあるかもしれない、と、おれは失礼なことを思ったら、そのきれいな顔がすこし赤くなったようだ。
しかし王族のたしなみとして、舞踏や歌、それにたらしこみ・詐欺・窃盗など、対人系魔法が使えるはずである。
異世界から来た三人のうち、全体に緑っぽいミドリは、やや長くて濃いめの緑がかった黒髪を後ろでポニーテール風に結んでおり、翡翠色の虹彩を持つ目にうす赤いフルリムのメガネをかけて、興味深く部室を眺め、出されたお茶(緑茶)を口にするとお茶菓子(かりんとう)をかじり、かじり口を確認した。
全体にすっきりした体型で、立ったときの背丈は普通の高校生女子よりやや高めだろうか。ミドリは文官で、風や水といった神聖魔法が使えるはずである。
最後のひとりであるワタルは、やや汚れた、キジトラ猫にしてはきれいなほうの青い髪をしていて、黒い右目の反対の目には眼帯をしていた。
中二病っぽいんで、はずしてくれないかな、とおれが頼んだら、恥ずかしそうに見せてくれた左目は赤かった。別にカラコンは使ってないらしく、それが自然のようである。
通常はだらだらしている割に、必要なときには素早く動くことができるネコ系武官で、闇魔法と物理攻撃が使えるはずである。
ワタルは出されたぬれ煎餅に用心深く鼻を近づけると、慎重にひと口かじって首をかしげ「別のお茶うけはないのか。」とおれに聞いたので、おやつカルパスを出したら満足そうにかじりはじめた。
干菓子がいろいろ盛ってある大盆から、おれと同級で新二年生になる予定のミナセに指示を出して、おやつカルパスを取り分けてもらっている。
ワタルが入れてもらったブラックコーヒーは、右隣にいるミドリのマジカルスティックでかき回してもらって飲んでいる。
「拙は流れている液体が好きなのだ。」という話で、マジカルスティックでかき回した液体は、ずーっとぐるぐる、カップの中で回り続けるらしい。
「カフェインとか塩分の濃いもの取っても大丈夫なの?」と聞いたら、「拙はネコ侍で、ネコとは違うのだ。」というのが答だった。
「確かに、どうしてもエタってしまう傾向の話はありますからね。異世界のんびりスローライフの生産系ウェブ小説とか、お料理系みたいなのは、最終的に倒さなければならない敵がいる、つまりラストが想定されている物語じゃないですから」と、ミナセは言った。
ミナセは、おれという主人公がいなければ十分に物語の主役、あ、ここは別に物語じゃなかったっけ、とにかくイケてる男子系のキャラである。
緑がかった灰色の髪(要するに赤毛のアンみたいな色)で、赤が混じった黒い虹彩を持ち、顔の真ん中に前髪を垂らしていて、あごは不自然ではない程度にとがっている。これで髪が黑系だったら、おれが悪役貴公子で(そんなジャンルはありませんけどね)、最後までヒロインを陰ながらサポートして、おれをこてんぱんにしたあとヒロインに告白される、そんなタイプである。
性格は温和ですこしシニカル、見た目は様子がよくて着ているものには金がかかっている(うちの高校は私服OKなのである。これについてはまた語る機会もあるだろう)。
なにをやっても器用にこなして、そのわりに特定の男女には距離を置いて接する卒のなさがある。しょせん物語の説明役・脇役と思ってもらえればいい。
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