第85話 OBATAの、テレフォンショッピング!(嘘)
ミライさん達のご好意に甘えて、俺達はその後もスライムを狩りながら探索を続けた。
西にスライムが潜んでいると聞けば、義勇心で駆けつけて薬を投げ。
東でスライムが楽園を築いているなら、その平和を薬で脅かす。
スライムの断末魔を聞いて愉悦、という鬼畜の所業をし続け、その日の探索は八階層で終了となった。
初日の成果は、レベル18。五層から始めたから、一階層につき1レベルアップか。
うーん。協力してもらったにしては今ひとつ、といったところか? 今日中にレベル20になっておかしくないかなって思ってたんだけど。
「拝賀君はどう思う?」
「…………」
もの凄く苦い表情で、拝賀君は俺を見ていた。
俺に聞くの? それ嫌味? 喧嘩売られてる? 言葉にせずとも考えてくることが伝わってくる。
なんだよ、最近は俺に従順だと思ったのに、随分と反抗的な態度を取るじゃん。これはお仕置きが必要ですかねぇ?
……嘘です。本当にすみませんでした。
拝賀君ほどまでは行かずとも、ミライさん達までなんとも言えない顔をしている。よっぽど理不尽なレベリングに見えたんだろうな。まぁ逆の立場だったら俺も同じこと思うよ。
でも仕方ないじゃん。俺ら悪くないだろ。恨むなら経験値のバランス調整をミスったダンジョンマスターに言えよ。
「えっと、泊まりの準備をしますか?」
「……そうね。そうしましょうか」
何かを飲み込んだのか、ミライさんは眉間を揉むようにしながら首を振った。
「それじゃあ、テントを張りましょうか。テキパキとやりましょう――どうしたの楓太君、面倒なのは分かるけど、モタモタしてると日が暮れるわよ?」
「面倒? ふっ、とんでもない。ミライさん。俺達は今日、前回の遠征のリベンジに来たと言っても過言ではないのですよ」
「そう。もはやあの時の未熟な俺達はいない!」
「今の僕たちはアウトドアをこなす立派な探索者なのです!」
三人でさりげなく並んでポーズを決める。成長した俺たちを見ろ、と言わんばかりに!
しかし、七緒ちゃん達は乾いた笑みを浮かべているし、ミライさん達の反応もまた微妙だった。ちょっとくらい受けて欲しかったな。
「そう。よく分からないけど、遠征で何か失敗したのかしら? アウトドアってところから察するに、準備が上手く出来なかったとか?」
「流石ミライさん。話が早い。しかし、俺達は常に成長する男。すでに対策をし、そこを乗り越えているのです」
「あれを乗り越えたと称するのはちょっと……」
「ただ道具に頼っているだけで、納得は出来ないです」
相変わらずこの姉妹は頭が硬いな。
どんな方法だろうと改善してるならそれでいいだろうに。
「時にミライさん。探索者が使うテントはわりとシンプルな、古い作りが多いですよね? それは何故か知っていますか?」
「なんだったら私達の方が詳しいけど、付き合ってあげましょうか。便利で複雑な機構ほど、壊れた時に修理できないからよ。安全なスポットでテントを建てても、魔物が寄ってこないとは限らないからね」
そう、ミライさんが仰る通り。
初めての遠征の時、協会でもお勧めされている道具を使ってみたけど、結果はあの様だった。
調べてみれば、今のテントは本当に組み立てが容易な物が多い。なんだったらロックを外して放すだけで、勝手にバッと広がって組み立てが終わるタイプのテントもあるらしい。
だけどこういった奴ほど、壊れた時に修理がしづらい。だからこそ多少組み立てが面倒だけど、シンプルな作りのテントを探索者は使っている。骨が折れてもダンジョンに生えてる木の枝で代用が効くらしいしな。
しかし、こういったテントはやはり組み立てが面倒。そしてテントはやはり嵩張る。遠征に必須とはいえ、これをなんとか出来ないか?
この問題を解決するために十分ほど頭を悩ませ、思考という迷宮の果てで得た答えがこれ!
「川辺」
「おうよ!」
川辺が返事をして、ゲロゲロに下げているバッグの中から例の物を取り出す。
ジャジャーン、と言いながら取り出したのは、バスタオルを折り畳んだような青い布。
「これぞ俺の新アイテムその一、〈スライム式テント〉です」
「〈スライム式テント〉……え? これテントなの?」
「敷物の間違いでは?」
ミライさんだけではなく、刻子さんまで目を丸くしている。
驚くのも無理はない。最近のテントもコンパクトに収納できるけど、ここまで小さくまとめれることはないだろうしな。
「スライムレベリングの副産物である〈スライムの核〉。これ、【錬金術】ではあらゆるアイテムの繋ぎに使える優秀素材なんですけど、メインとしても万能に使える素材みたいなんですよ」
「なんせ数だけはありますからね。いくらでも実験出来ました」
伊波の言うとおり、家にはまだ数百近いスライムの核が眠っている。唯一実験で使い捨てても躊躇わない素材だ。
そのくせそのポテンシャルは凄まじく高いことが、今回のアイテム制作で判明した!
「川辺」
「はいよ。任せろ」
川辺が地面に置いたスライムテントに魔力を込めれば、それは一人でにどんどん膨らみ、大きくなっていく。数分経つ頃には、そこには大人が余裕で立ち上がれるほど大きなテントが立っていた。広さも俺達五人が寝るなら申し分ない。なんだったらおまけにマルも中に入れられるぜ。ゲロゲロは流石にきついけど。
「ふわー……あんな布がこんなおっきなテントに……凄い……」
「魔力を流しただけでこれ……便利だね……」
「ずっる……」
勝手に出来上がった便利テントに、カコちゃんと今西さんは感心の声を上げながら呆然とし、日向さんは真顔で呟いた。
ふっ、この反応が見れただけでも作った甲斐があるというものだ。
「これは本当に便利ね。でも、これが使えるのはそれこそ楓太君が居るからでしょう? 壊れたら私達では直せないわ」
「それはそうかもしれません。でも、さっきの収納状態を見たでしょう? バスタオル一枚分くらいですよ? 予備でもう一、二枚持って行けば問題ないのでは?」
「それは……その通りね」
「それにですね、たぶんミライさんが思った以上に、このテントは壊れにくいですよ」
そうなの? と小首を傾げるミライさんを尻目に、拝賀君がテントに近寄って感触を確かめる。布地を触って、掴んで、引っ張って。さらに骨を曲げたところで、拝賀君は愕然としながら呟いた。
「ぐにゃっと曲がったと思ったら、元の形に戻った……これはスライムだから?」
「そうみたいだね。テントの形を保ちつつも、過度な力が加われば無理せず形を変えて、元に戻る性質があるんだよ。ね? これなら壊れにくいと思わない?」
まさに決まった形を持たないスライムっぽい性質を持ったテントだ。まぁ流石に牙とか爪、切断には弱いかもしれないけどな。
でも魔物に突っ込まれただけなら大丈夫そうだし、風でどうにかなる物でもないだろう。
「ごめんなさい。ちょっと試させてもらうわね」
「え? あ、はい。いいですけど……」
何を? と聞き返す前に、ミライさんは動いていた。自然な足取りでテントに近づいたと思ったら、蹴りを骨に叩き込む。その蹴りでテントの骨はぐにゃりと大きく曲がり、テント全体が歪むも、次の瞬間には弾むように元の形に戻っていた。
さらにミライさんは続ける。張ったテントの布に拳を叩きこむ。しかし、ボフッと衝撃を柔らかく包み込み、テントは無傷を保っていた。
その結果に、刻子さんは口を半開きにして驚いた。
「嘘でしょう? ミライさんの打撃を完璧に?」
「流石にスキルを使えば壊せそうだけど、これはちょっとショックね……」
いや、ショックなのは俺の方だわ。まさか躊躇わず攻撃するとは。俺が居るなら直せると思ったからなんだろうけど。
でもまぁ逆に言えば、ミライさんに攻撃されても壊れないテント、という証明になったから良しとしよう。
「さて。〈スライム式テント〉の性能は分かってくれたと思いますが、もしこれでマットレスを作れたら、とは思いませんか?」
「と、ということは、もしかして――!?」
俺もあえてセールスっぽく言ったけど、カコちゃんもノリが良いなぁ。楽しくなっちゃう。
俺が目で合図すれば、伊波はバッグからタオルの畳んだような物を数枚取り出し、ミライさん達に見せる。
それを胡乱な目で見て、ミライさんは言った。
「テントよりさらに小さい……もしかしなくてもそれが?」
「マットレスになりますね。流石にここでは汚れてしまうので、ちょっと失礼して」
伊波はテントの前室で靴を脱ぎ、中に入る。皆が外から入口を覗いて見ている中、布に魔力を込めた。
すると布はみるみると膨らみ、縦に長く伸びる。そしてどこに出しても恥ずかしくない、しっかりとした厚みのあるマットレスがそこに出来上がった。
「という訳で、こちらが〈スライム式マットレス〉になります。持ち運びに便利、寝心地も保証します。どなたかお試しになられますか?」
「それじゃあ僕が試しても?」
今西さんに頷いてみれば、彼女はテントの中に入って早速マットに寝ころんだ。
仰向けで天井を見つめ、深呼吸。目をつむってリラックスしている今西さんに、うずうずとしながらカコちゃんが尋ねる。
「蒼ちゃん! 蒼ちゃん! どう!? どんな感じっ!?」
「これは……とてもいいね。低反発のマットレスに近い、というかその物。身体は自分に合わせて沈むけど、弾力もあって、しっかりと腰が伸びて……これならダンジョンでも熟睡でき……すぅ――」
「蒼ちゃーん! 寝ちゃ駄目だー! 寝るにはまだ早いぞー!」
眠りに就こうとする今西さんを、カコちゃんが飛び込んで阻止する。まぁ気持ちは分かるけどね。確かにまだ寝るには早い。夜番を引き受けてくれるなら、今寝てくれてもいい気はするけど。
そんな二人のやり取りから目を離し、ミライさんに向き直る。
「とまぁこんな感じでして。スライム式のテント、マットレスの導入により、深く眠れる環境を構築! そして服には【洗浄】と【耐暑】、【耐寒】を備えているため、常に清潔な服と心地良い温度を! これにより更に良い睡眠をあなたにお届けします!」
「どう考えてもダンジョンで求めていい環境じゃないのよね」
「ずっる……」
ミライさんは半ば呆れ、日向さんは羨ましそうにマットレスを眺めている。
ふっ、その嫉妬の視線が何より心地よい。
だがしかし! スライムの万能性はこれだけに留まらない!
「人が生きていくには水が必須。しかし綺麗な水を運搬するのは大変だし、現地で水を採取するにも限度がある。そんな遠征にとって必須の水を、お手軽に確保出来たら。そう思ったことはありませ――」
「出来るの?」
言い終える前に、ミライさんがズイッと顔を近づけて圧を掛けてきた。
この反応から察するに、水問題はやはり誰しもが悩むことなんだな。ちょっとふざけてる場合じゃないっぽい。
「ええっとですね。水に関してはいろいろ試してみたんですが、大まかに分けると二種類のアイテムが出来たんですよ。水を作り出すアイテム。そしてもう一つが浄水装置の代わりになるアイテム」
「水を作れちゃうの? 水分確保に水魔術を覚える〈魔術師〉だっているのよ?」
「私がまさにそうですね。え、もしかして私、お役御免ですか?」
不安そうにしている刻子さん。
でも大丈夫。そんな都合の良いアイテムはまだ作れなかったから。
「刻子さんなら分かると思うんですけど、【魔術】で水を作る時、環境次第で効率が変わりませんか?」
「ああ、それはそうですね。砂漠や溶岩地帯だと、水魔術を使う事自体が大変です。【魔術】は魔力を使って周りの環境も利用するので、足りない分は魔力で補うらしいんですよ」
「マジックアイテムもそこは同じなんですよ。空気中の水分を集める水筒とかが作れたんですけど、環境次第では水を生成するのに時間がかかるし、作れる量もたかが知れる。となると、あまり実用的とも言えなくて……」
「いやっ、ちょっ……んっ、んんっ! まぁいいわ。それで?」
「はい。で、結局水対策のメインはこれになりました」
そう言って、俺はバッグから巾着袋を取り出す。その中の物を何粒か手に取り、ミライさんに見せた。
「なにそれ? ビー玉みたいね。というか、なんか見覚えがあるような……これよりも大きい物を今日何度も見てきたような……」
「ミライさん、鋭いですね。実はこれ、スライムの核が小さくなったようなアイテムでして、その名も〈
〈浄水核〉――汚れた水を浄化する。(効果:一個につき五リットル)
「五リットル? このビー玉たった一つで?」
「数十分から一時間ほど時間が掛かりますけどね。あと、流石に毒物は無理みたいです。それをやるなら、もっと高レベルの〈スライムの核〉が必要になってきますかね……」
いずれは毒も除去できるようになるとしたら、毒沼ダンジョンとかにも役に立つよな。我ながらとんでもないアイテムを作ってしまったかもしれない。まあ、条件を満たせば誰でも作れるアイテムだが。
「これさえあれば、現地で水源を確保すれば水に困らなくなりますよ。二十リットル入る折り畳みのウォータータンクを二つ持ってきたので、八つ使えば四十リットルの水が手に入りますね。十一人分としては少し足らないかもですが。まぁそこは節約して使いましょう」
「ほとんど手間も掛からず、それだけの水が……ち、ちなみにさっきは水を作る水筒も作ったって言ったわよね? それの性能はどうなのかしら?」
「ああ、はい。まぁこれなんですけど」
俺は腰元に吊り下げている水筒を取り外し、ミライさんに見せる。
〈集露瓶〉――空気中の水分を集め、新鮮な水を作る魔法瓶。
まぁ使えない物ではないし、貴重な水を作れることには違いないから、一応俺らの水筒は全部これにしている。
「もっ、持ってきているじゃ――さっきは実用的じゃないって言ってなかった?」
「はい。空っぽだとして、一日かけてようやく一リットル溜まるかなって感じです。これだとちょっと使いづらいですよね」
飲み水にも少し足りないし、あとから別に補給するんだったら何のための水生成機能かってなるし。やっぱり気休め程度のアイテムだよな。がぶがぶ飲むことは出来ない。
「十分使えるじゃないのっ! これで不満を持つって……ッ!」
「いや、だって全然足りなくないですか? 飲み水に、料理に、衛生用にって考えると、ほら。これっぽっちじゃね?」
「そうだけど……ッ! そうだけど、そうじゃなくて……くっ! 拝賀っ!」
「分かりました。小畑さん、ウォータータンク借りますね。あとミライさんも、ベイグルを借りますよ。流石に重いので」
拝賀君はやるせなさそうな顔をしながら、ベイグルに乗って近場で水を汲んできた。
表情で隠せないほどパシリが嫌なのに、それでも素直に採ってきてくれる。なんて良い子なんだ。ミライさんもちょっと手心を加えてあげてほしい。
ウォータータンクに魔力を込めた〈浄水核〉を入れる。すると、〈浄水核〉は赤く脈動しはじめ、水が動き始めた。
「これを数十分ほど放置しておけば、綺麗な水になります。まぁ皆で節約して使えば、体を綺麗にすることも出来ると思います。あっ、忘れてた。【洗浄】のタオルを持ってきました。これを水で濡らして体を綺麗にして、タオル自体は【洗浄】で洗ってください。これでさらに水の節約になりますよ」
「……ありがとう。お代は帰ったら払うからね」
ミライさんは力なく微笑み、タオルを受け取る。
あっ。いや、お代なんて払わなくても、返してもらえればそれで……いや、違うか。手に入れる為に金を払うと明言したんだな。
くっ、今さら返してくれなんて言えない。なんて策士な女だ。油断も隙もないッ!
何故かテンションが下がっていたミライさんだったが、強欲さで普段の自分を取り戻したのか。冷静な目でじっと〈浄水核〉の入ったウォータータンクを見つめている。
「とてつもなく便利だけど、この量だと相応に〈浄水核〉も使うわね。携帯には困らないけど、あまり長期間の遠征を続ければ尽きるのは変わりないか。使い捨てなのが惜しいわね。もしこれが繰り返し使えたら――」
「いや、無くなりそうなら俺が作ればいいじゃないですか」
なんの為にスライムレベリングをしていると思っているんだ。いや、別にこのためにしている訳じゃないけど。
でもこれを補給できるよう、スライムの核はいっぱい拾ってきたぞ。いくらでも作れるぞっ!
「……そうね。そうだったわね」
「ずっる……」
俺の言葉でミライさんはへにょっとした弱々しい顔になり、日向さんがボソリと本音を漏らす。
俺からすれば皆の強さの方が遥かにずるいんだよなぁ。
「あとはですね」
「まだあるの?」
ミライさんが引いた顔で聞き返してくる。
なんでだよ。むしろ喜ぶところじゃないのか?
「トイレ問題ですね。どうにかしてもっと綺麗に、臭いもなく抑えられないかなと思ったんですけど、これは正直、無くても変わらないレベルの物しか作れませんでした」
取り出すのは、五十センチ四方のペット用トイレシーツみたいな物。そして、遮蔽用のカーテンみたいな布。
〈分解布〉――汚物等を分解し、無害化する。土に埋めることで大地と同化。
〈隠微幕〉――匂い、音の漏れを大幅に低下する。
「穴を掘ってこのシートを敷いて、この上に用を足せば、スライムの性質で分解して臭いも抑えられるみたいです。で、出発する時に土を被せて処理出来ます。で、こっちの布は周りを囲って遮蔽をって感じです。ね? あまり変わらないでしょ?」
「いや、そうかもしれないけど……こっちの遮音効果ってどれくらい?」
「流石に斥候職の【消音】ほど抑えられる物ではないみたいですよ」
そっちと比べたら無いよりマシ! 程度じゃねぇかな?
だからトイレ程度にしか使えないっていう。
「程度って……それも十分ありがたいんだけど。それに使いようによっては奇襲にも……」
「ずっる……」
いや、これはずるくないだろ。
無くても変わらないっての。
「とまぁ最後は今ひとつでしたが、他のアイテムは結構自信作です! どうですか!?」
「とりあえず、人前で堂々と使っちゃダメね」
「なぜ!?」
他所に出しても恥ずかしくない商品なのに!?
「このテントとかマットレスとか、広げるところを見られたら他の探索者に食い付かれるわよ。絶対欲しがるし、そうなったら話の流れでスライムの価値に気づかれちゃうでしょ? そうしたらスライムレベリングがバレるわ」
「あっ。そっ、それはまずいですね……」
スライムレベリングは小畑会の柱になり得る情報だ。絶対バレる訳にはいかない。
「そんな……これからはぐっすり眠れるかと思っていたのに……」
「僕たちはまた、硬い地面で寝なければならないのか……?」
「それが普通なんですよね」
「贅沢にも程があります」
ショックを受ける川辺と伊波に、姉妹の視線がつき刺さる。
君らみたいな田舎者と俺達では、根本的に体の作りが違うんだ!
「残念だけど、バレたらまずいですし、しょうがないですね」
「ええ、バレたらまずいわね」
だからね――と、ミライさんはイタズラっぽく笑った。
「バレないように使いましょう」
「えっ? それでいいんですか?」
「要はテントを広げるところさえ見られなければいいのよ。ただ見ただけなら普通のテントにしか見えないし。後のものはテントの中で使えばいいんだし」
「僕としても、このマットレスを知って他の物には戻れないな」
「カコも使いたいでーすっ!」
「私も水を心配する必要が無くなるのは助かりますね。その分、戦闘で遠慮なく魔力を使えますし」
がっかりしていたが、ミライさんのパーティの面々からは高評価。
良かった、本当にダメかと思った……ッ!
ほっとしていると、拝賀君がなんでもなさそうな顔で言った。
「目ざとい人はそれでも絡んできそうですが、それもあまり心配しなくていいんじゃないですかね?」
「それは何故?」
「だって小畑さん達はしばらく、小畑会の誰かしらと遠征に出ることになるでしょう?」
まぁ、そういうことになるのかな?
皆のレベルが上がったら更に深い階層でレベリングをするために、また俺も同行して調べる。この繰り返しになるだろうし。
あとは皆のために拠点に引きこもって【錬金術】漬けかな。
連勤が嫌だからサラリーマンを辞めたはずなのに、錬金をしているのは一体なぜなのか……?
「だったら同行している誰かしらに、絡まれたら追っ払って貰えばいいんですよ。小畑会なら誰でもそのくらいの強さはありますし。なんだったら僕だって大抵の奴らは追い払えますし」
それもそうだな。あの人達を押し除けて無理やり聞き出そうとする奴らなんかそう居ないだろう。
本当にテントを広げるところだけ気をつけていれば、なんとかなりそうだ。
「でも、宣伝が出来ないとなるとちょっと残念だな。合同会社OBATAの主力製品になる筈だったのに…」
「あら? もしかしてとうとう起業したのかしら?」
「ええ。出発前に書類を出してきました。これで俺も社長ですよ」
まぁ身内で相談してアイテムを都合するだけだから、今まで感覚的には変わらないけどな。本当に肩書だけ手に入れただけだ。
「もう、それなら早く言ってちょうだいな。履歴書は書く必要ある?」
……ん? 履歴書?
「履歴書って……? ……え!? まさかうちに入社するつもりですか!?」
「ええ。私達はそのつもりだったけど……駄目なの?」
私達ってことは、〈百花繚乱〉の皆全員ってこと? いや、ダメっていうか。まず仕事なんか無いんだけど。というか、ミライさん達のような人材を雇うような金だって。代わりに役員にするのも、流石になんか違う気がするし……。
「えっと、ミライさん達に見合う給料を今は払えなくてですね」
「ふふっ、そんなのお気持ちでいいわよ。自分達でも稼ぐし、相応に利益が出るようになったら上げてくれればいいし。私はただ、明確に楓太君の下という立場で力になりたいだけよ。小畑会のメンバーとしてね」
ミライさん、まさかそんなことを考えていたなんて。
内心で強欲ババアとか思っていてごめんなさい。
「ただ、その代わりと言ってはなんだけど、美容部門のトップを任せてくれたら嬉しいわ。<美肌薬>を始めとした商品で起きる問題は、全て私が対処するわよ?」
それが狙いかこのクソババア! マジで抜け目ないな!
ミライさんの計算高さに恐れ慄いていると、川辺と七緒ちゃんが耳元で囁く。
「おい、流石にまずいんじゃねぇの? 乗っ取られねぇ?」
「私もそう思いますっ! というか、なんだったら美容関連は私に任せてくれてた方がっ」
「確かに俺もちょっと思うけど、ミライさんが居てくれると助かるのも事実なんだよ……」
美容部門ってことは、主に<美肌薬>だろ? 将来はともかく、今の売り先はどのみちミライさんのコネ頼りだ。
そしてそのコネがまた強すぎる。その気になればどんな業界にでも繋がりを持てそうだもんな。これだけで引き入れる価値が十分にある。
俺個人としても、ぶっちゃけ商品を売る手間の全てを任せられるなら、入社してくれた方がありがたいんだよな。唯一の心配は<美肌薬>の増産を、俺に強要する可能性くらいか。わりとあり得そうなのがまたな……。
あと、七緒ちゃんは絶対に駄目。君は広報部門の現場担当だろ! 薬の営業なんかやってる場合か! アイドル活動に専念しなさいっ!
「ミライさん。<美肌薬>を作れるのは余裕のある範囲で、俺のメインは探索者業ですからね?」
「もちろんよ。立場を利用して楓太君をこき使おうという気は全くないわ。というかそんな真似をしたら、流石に私でもアイツらにボコられるわよ」
まぁ確かにね。トシさんだけではなく、今度こそ全員ブチ切れるだろうな。
「それなら歓迎します。くれぐれも抑えめでお願いしますね」
「小畑さん。僕と仲間も入れて欲しいんですが」
「拝賀君もか。素材調達部門でむしろお願いしたいくらいだけど、やっぱり給料がな」
本格的に商売をしているなら、その金で給料を払えるけど、まだその段階じゃないからな。むしろ俺の今のお客さんって、まさに小畑会の皆だし。
「給料に関してはそこまで心配することはないですよ。固定給なしで指定素材持ち込みの成果報酬型にするとか。現金の代わりにアイテムを融通、または製作依頼の優先とか」
「それ、今までと変わらなくない?」
「そうですね。ただ、会社を作ったなら今のうちに傘下に入っておきたいというか……合同会社OBATAが実質的な小畑会になっていく気がしまして。というか絶対にそうなりますよ」
そうか? 今までと変わらないなら、入社したいなんて考える人もあまり居ないと思うけどな。
まぁそうして欲しいっていうならやらない理由もないか。というか、考えるのが面倒になってきたわ。気分転換したい。
「じゃあまぁ、とりあえずそれでやってみようか。細かいことは気づいたら応相談ってことで。それより飯の用意をしましょうか。みんなで手分けして材料を採ってきてもらっても良いですか」
「はい。構いませ……ん? もしかして小畑さんが作ってくれるんですか?」
「あら、楓太君は料理が得意な――いえ、そうじゃないわよね。まさか――」
「はい。【錬金術】で作ろうかなって」
だからなんで二人して引き攣った顔すんだよ。
さっきまで入社がどうこうでワクワクした顔してたのに。
● ●
まずは【錬金術】に欠かせない水。〈浄水核〉で綺麗にした水をたっぷりと<錬金窯>に注ぐ。
次に入れるのは、<尾穂草>。サバンナ、草原、森林。まぁ渋谷ダンジョンであればそこらで生えている草。ぶっちゃけ見た目はちょっと変わった猫じゃらし。
一応、穀物に分類されるらしく、小麦の代わりとなる。主食となる食材なので欠かせない。
次に<紅果草の実>。これも渋谷ダンジョンのそこらで見かけられるもので、サクランボのような赤い実。だが、その味はむしろ酸味の強いトマトのような物。これが今回の料理の味付けのベースとなる。
さらに取れたての〈牙猪獣〉の肉。ここから少し離れた森に生息する、巨大な牙を持つ獰猛な猪らしい。高レベルの前衛でも油断すれば防具ごと粉砕される突進を見せるらしいが、ミライさんがアッサリとってきた。
料理には塩。塩が欠かせない。ということで〈渇晶石〉。一見すると白い半透明の結晶なのだが、これを砕けば塩と変わらないようだ。サバンナ地帯のそこらでちょくちょく見かけるコイツをそのまま入れ、味を調える。
そして最後に〈魔香根〉。ハッキリ言ってしまえばダンジョン産のニンニク! パンチのある味付けに仕上げる上に、食べればスタミナも付ける素晴らしい漢の食材! こいつを容赦なくぶち込む!
材料を入れたところで、魔力を流し込み【錬金術】をスタート! 美味しくなぁれ、美味しくなぁれ、と念じながら三十分で【錬金術】による料理が完成!
〈牙猪と魔香の紅果草パスタ☆1〉――【疲労回復(小)】【体力上昇(小)】【抵抗力上昇(小)】【攻撃力アップ(小)】
「では、とりあえずミライさん達と拝賀君からどうぞ。体力アップと疲労回復の効果が有りますので、明日も万全に迎えられます。盛り付けが多少荒くなるのは勘弁してください」
なんせ<錬金窯>の中で混ざってる感じだからな。お店のような綺麗な盛り付けは無理だわ。美意識の高いミライさんは不満を持つかもしれないけど、こればかりは勘弁してもらわなければ。大事なのは味よ。料理は見た目からだけど。
用意したお皿に適量を乗せ、順番に配る。カコちゃんはワクワクしながら。それ以外の人達は無表情で、真剣な顔でパスタを口に運んだ。
カコちゃんみたいに普通に食べてくれないかな。あんまり本気で味見されると怖いんだが……。
「美味しー! 楓太さん! これ、凄く美味しいですよー!」
「……うん。確かに美味しいね」
「ええ、本当に。というか、この前に皆で行った一流イタリアンのお店の味に負けてない気が……」
「……味の繊細さでは流石にお店の方が上ね。だけどそもそもの食材の味が……いえ、おかしいでしょう? こんなに美味しいはずが……」
「ダンジョンで食べられる料理じゃないですね……というか、使った物が……」
「……うっま」
おお、これは意外と好評かな?
良かったわ。上手い物を食べ慣れていそうな人達だからな。ズタボロに言われたらどうしようかと思った。
「気に入ってくれたようなら良かったです。初めて作った料理なんで、どうしても低品質は避けられませんからね」
「低品質って――待って。もしかして練習すればまだ美味しくなるの?」
「そうですね。素材の適量が分かれば、料理の品質が上がるみたいなんで」
料理名に☆1って付くところから想像できるように、料理というアイテムは☆の数で評価される。当然、星の数が上がるほど味のクオリティが上がり、効果も上がるようだ。
「【錬金術】で料理をする場合、素材さえ有れば最低限のクオリティは作れるみたいなんですよね。で、適量を入れることで☆評価が上がっていく。その適量は数をこなして見つけるしかないんで、上の品質が欲しいならどうしても練習が必要で」
「逆に言えば、それだけで済むんでしょ? 料理の腕も要らずに、材料を揃えるだけで品質が上がるって、ちょっと反則じゃ……」
「確かにそこだけ聞くと便利に思いますけど、どんなに頑張っても<料理人>には勝てませんよ」
家で簡単なレシピを使って試行錯誤したが、どうしても☆3までが限度だった。
おそらく☆4以上の料理は<料理人>のスキル、経験がないと至れない領域なんだと思う。
料理技術を必要とせず、最低クオリティが保証されている代わりに上限が定まっているというか。
逆に技術が介入するからこそ、失敗という下限と☆4以上の上限に至る振れ幅があるのだろう。
やはり専門家にしか届かない領域があるということだ。俺でさえこのレベルの料理が作れるのだから、☆4以上のちゃんとした料理が一体どれだけのものになるのか、ちょっと想像が出来ない。
いつか食べてみたいものだ。リアクションで服が脱げるほど旨い料理になるんじゃなかろうか。料理漫画かな?
自分の限界に悟っている俺を元気づけるように、カコちゃんは嬉しそうな顔を見せてくれた。
「でもでも、これ本当に美味しいですよ! ダンジョンでこんな物を食べられると思ってませんでしたー! というか、粉チーズが欲しくなりますねこれ」
「――当然用意してある! トマトっぽい料理になると予想してたからな! ついでにこれもダンジョン素材で作れるから、あとで補充はいくらでも出来る! 存分に使えぃ!」
「わぁい! ありがとうございまーす!」
カコちゃんは容赦なく粉チーズを掛け始めた。もう上半分が真っ白になって、それもう別の料理なんじゃって思うレベルだが、分かる! それくらい使いたくなるよな!
「むぅ、カコちゃんずるいっ。私も食べたいですっ!」
「私も。流石に我慢できなくなってきましたね」
「楓太。僕は二人前で頼む。今日は走ってお腹が減ったからね」
「俺は三人前な」
このデブはよぉ……。そんなんだからお前はデブなんだぞ。
まぁ材料はいくらでもあるからいいんだけどな。なんだったらミライさん達のお代わり分までついでに作ってやろう。俺は二人前でいいかな~。乗馬で流石に疲れたからなっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます