13章 王女の目覚め


工房の扉をノックしたのは、陽が傾きかけた頃だった。


「王女殿下より、お呼びです」


前と同じ使者、同じ口ぶり。

けれど、エリスの胸に浮かんだのは――小さな疑問だった。


(なぜ、また?)


あの日、王女は「友達になりたい」と言った。

けれど、それは城の中で交わされた、輝く言葉の一つに過ぎないはずだった。

それが、こうして再び現実になるとは。


「お伺いします」


静かに返して、エリスは針を置いた。


案内されたのは、以前と同じ私室だった。

柔らかな陽の光がレースのカーテン越しに差し込み、空気はどこまでも優しい。


部屋の中央、クッションに座るシャルロッテは、エリスの姿を見るなりパッと顔を輝かせた。


「来てくれてうれしい!」


はしゃぐように立ち上がって、スカートの裾がふわりと揺れる。

ドレスは前回よりも落ち着いた色味だったが、胸元にはエリスの手によるレースが縫い込まれていた。


「ねえ、今日も着けてるのよ。あなたの」


照れも遠慮もなく、さらりとそう言って、シャルロッテは胸元をそっと引いた。

わずかに覗く白いレースが、日の光を淡く吸い込んでいる。


「これ、すっごく気に入っちゃったの。やわらかくて、動きやすくて、呼吸もしやすいし……

着けてると、なんだか――気持ちが整うの」


エリスはわずかに微笑んだ。

それは、職人としての満足というより、伝わるべきものが伝わったという確信だった。


「ねえ、今日はどんなの着けてきたの?」


シャルロッテは、まるで髪型でも尋ねるように無邪気に訊ねてきた。


エリスは軽く外套の前を押さえ、答えた。


「……普段と同じ、簡素なものです」


「えっ? でも、あなた、すっごくきれいなの作れるのに。

なんで、自分ではつけないの?」


その問いは純粋な疑問。

責めるでも、遠回しでもなく、ただ真っ直ぐだった。


エリスは少しだけ視線を伏せて、胸元にそっと触れた。


「……着けています。けれど、これは……素材も縫いも、最低限のものです」


「え?」


「私は、貧しい家に育ちました。今も余裕はありません。

だから、贅沢はできない。時間をかけて、自分のために作ることも――あまりありません」


シャルロッテは黙って、エリスの表情を見つめていた。

その静けさを受けとめるように、エリスは続けた。


「……でも、それでも私は恵まれている方です。

中には、“下着そのもの”を持てない女性もたくさんいます」




「え……それって、どういう……?」


シャルロッテが、首をかしげた。

その顔には、まだ制度の影すら映っていない。


エリスは、少し呼吸を整えて、言葉を選ぶように続けた。


「この街では――

本来、下着を身につけることは“禁じられて”います」


「……え?」


「着けてはいけないのです。

でも、“許可証”があれば、例外として着用が認められます」


「きょか……しょう……」


「はい。役所で手続きをして、認められた者だけが、ブラジャーを着けていい。

それが、今の制度です」


シャルロッテの目が、少しずつ驚きに染まっていく。


「じゃあ、着けてる人がいて、その人が許可証を持ってなかったら……?」


エリスは一瞬、黙ってから、頷いた。


「……“見つかれば”罰を受けます」


「……どんな、罰……?」


静かな問いだった。

けれど、その声には、怯えにも似た硬さが混じっていた。


「――“咲き誇る乙女”と呼ばれる罰です」


エリスの声は淡く、けれど確かだった。



「……公衆の前に設置された、鉄製の“切断機”に連れていかれます」


「き、切断……?」


「はい。

台に乗せられ、服をめくられ……着けていたブラジャーが、ギロチンのような装置で断ち落とされるんです」


シャルロッテの顔が強張った。

信じられないものを聞いたように、胸元を抱く。


「……じゃあ、胸が……そのまま、見られちゃうの……?」


エリスは頷いた。


「はい。着けていたものは破壊され、隠すものは何も残りません。

逃げ場のない状態で、見物人の前に立たされます」


シャルロッテは、目を見開いたまま動かない。

唇がわずかに震えた。




「ねえ、エリス……」


「はい」


「また、来てくれる?

あの、お願いじゃなくて……今度は、ただ……話したくて」


無邪気な笑顔ではなかった。

それは、責任も権力も持つ“王女”が初めて見せた、個人としてのまなざし。


エリスは、少し驚いたように瞬きして、それから微笑んだ。

ほんのわずかに、胸の奥が温かくなった気がした


「……はい。

私でよければ、何度でも」

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