第4章 ノーブラの胸に宿る信念
国内はブラレスレイブンによる規制と恐怖の支配下にあった。ブラレスレイブンの活動によって、街の女性たちはブラジャーを着用する自由を奪われていた。女性たちは日常生活で不便さや羞恥心を感じながらも、命令に逆らえない現実に耐えざるを得なかった。
広場や市場では、部隊の監視下で女性たちが動き回る光景が日常化していた。ブラレスレイブンの胸の開いた鎧と冷たい視線は恐怖の象徴となり、女性たちの間では彼女たちへの憎しみと怒りが募っていた。しかし、誰も公然と反抗することはできなかった。
その一方で、街の片隅では女性たちが集まり、密かな不満を口にする姿が見られるようになった。夕暮れ時の広場や市場の一角で、互いの苦悩を共有することが、唯一の安らぎとなっていた。
「どうして私たちだけがこんな目に遭わなければならないの?」
一人の女性が呟くと、それに同調する声が続いた。
「まったく、あの部隊の連中は監視するだけで、私たちの気持ちなんて何も分かってない。」
そんな中、新たな噂が密かに広まり始めた。その出どころは、仕立て屋のエリスだった。
「……私、たまたま見てしまったの。
貴族の人たちが……ブラジャーを着けているところを……」
それは、少し前に貴族の女性たちのもとへ
ブラジャーを納品に出向いたときのことだった。
控えめに整えられた室内で、
彼女は、そこに集まっていた他の貴族の女性たちが、
揃って豪華なブラジャーを身につけているのを目にした。
精緻な装飾。
柔らかな生地。
ひと目で分かる、特別に仕立てられた品。
規制に従い、ノーブラで過ごすことを強いられている
一般の庶民には、決して手の届かないものだった。
「……私、あのとき……
みんな、普通に着けているのを見てしまって……」
「信じられない……。私たちはノーブラで恥ずかしい思いをしているのに、あの人たちは何も気にせず堂々とブラジャーを楽しんでいるなんて!」
さらに、エリスは王宮で働く侍女たちがノーブラのまま仕えている様子も目の当たりにしていた。高貴な婦人たちとは対照的に、身分の低い女性たちは規制に従わされている現実が、エリスの怒りに火を注いだ。
「……これって……おかしい、よね……?」
エリスはそう言って、周囲を見渡した。
誰も、すぐには口を開かなかった。
エリスの言葉は瞬く間に広がり、街中に噂として伝わった。
「見たことがあるのよ。エリスが話してたわ。貴族向けのブラジャーは、レースや宝石で飾られていて、まるで芸術品みたいだって。」
「でも、それって本当なの?」
「ええ、本当よ!私の知り合いの商人も同じことを言ってたわ。貴族からの注文が急に増えたって。」
噂は具体性を帯び、街中の女性たちの不満を煽る結果となった。
「私たちは規制で苦しんでいるのに、あの人たちは何一つ変わらないなんて……。」
怒りと嫉妬は次第に深まり、街は次第に不穏な空気に包まれていった。
女性たちは抑えきれない怒りと失望を胸に秘め、日々の生活を送るしかなかった。しかし、その裏では次第に規制に対する抵抗の火種がくすぶり始めていた。
エリスは、重たい足取りで自宅兼店舗に戻った。
一日中、落ち着かない会話が続いたせいか、
胸の奥に疲労だけが溜まっている。
街を歩く間も、
誰かの言葉や視線が、
頭の中で何度も反芻されていた。
家の扉を開けると、
店の奥で母が待っていた。
その表情は、いつもより硬い。
エリスは、何か言われる前に、
思わず立ち止まった。
「エリス、あなた……
また、変な話をしてきたんじゃないでしょうね」
低く抑えた母の声に、エリスは言葉を返す前に、思わず胸元に手を当てた。
「……お母さん、私……見てしまっただけなの。
たまたま……」
それ以上続ける前に、母の声が鋭く割り込む。
「黙りなさい」
机に置かれた母の手が、小さく音を立てた。
視線は厳しいが、その奥に焦りが滲んでいる。
「分かってるの?今、私たちは貴族の人たちからどれだけの注文を受けていると思ってるの」
言葉を選びながら、母は続けた。
「誰かに聞かれたらどうなるか、少しは考えなさい。余計なことを言ったって思われたら……」
エリスは、唇を噛みしめた。
「……でも……」
それ以上の言葉は、
喉の奥で止まってしまう。
「それに、私たちはもうすぐブラジャーをつけられるようになるんだから……。」
その言葉に、エリスは一瞬母親の顔を見つめた。言葉の意味を理解するには、まだ時間がかかりそうだったが、母親の冷静な表情の奥には、何か確信めいたものが感じられた。
「だから、余計なことをして自分たちの立場を危うくするような真似はしないでちょうだい。」
母親の叱責に、エリスは小さく頷き、何も言わずに作業台の方へ歩き出した。部屋に漂う緊張感を背に、エリスの心にはまだ消化しきれない思いが渦巻いていた。
その夜、王宮では豪華な舞踏会が開かれていた。煌びやかなシャンデリアが天井から輝き、無数のろうそくが辺りを照らしていた。会場には美しい貴族の女性たちが次々と集まり、それぞれが贅を尽くした衣装を身にまとっていた。スカートと装飾性の高いブラジャーだけという独特のスタイルは、肩やお腹を大胆に露出させるデザインで、下着というよりも華やかな舞踏会用の衣装に近いものだった。
ブラジャーには細やかなレースや宝石があしらわれ、それらが光を反射して会場全体を煌びやかに彩っていた。貴婦人たちは互いにその装いを称賛し合い、王宮で働く使用人たちの目には、噂の真実味をさらに強調するかのように映った。
同じ会場で働く侍女たちは、貴婦人たちとはまったく対照的な姿だった。彼女たちはノーブラで薄い生地の制服を着せられ、その身体のラインがはっきりと浮かび上がるような状態だった。薄暗い照明の下でも、服越しにノーブラであることが明らかで、そのデザインはまるで彼女たちの立場を強調するかのようだった。侍女たちは羞恥心を抱えながらも、職務を全うするために耐え続けていた。
一方で、中にはブラジャーを着用している侍女の姿も見受けられた。そのブラジャーは、貴婦人たちのような豪華なものとは異なり、質素で実用的なデザインだった。限られた収入の中から、ブラジャー許可証を購入するために多くの出費を強いられた彼女たちは、やむを得ず最低限の品質のものを選ぶしかなかったのだろう。
ブラジャーを着けている侍女たちは、ノーブラの同僚たちと比べて自信を持っているように見えたが、その姿は却って他の侍女たちの間に小さな波紋を生んでいた。特に、ブラジャーを手に入れられなかった侍女たちの中には、羨望や複雑な感情を抱く者も少なくなかった。
彼女たちの控えめな装いとその背景は、この舞踏会の華やかさの裏にある格差を象徴していた。会場の輝きが増すほどに、その影もまた一層濃く映し出されていた。
そこにはブラレスレイブンの隊長であるレイナの姿もあった。普段の労をねぎらう名目で舞踏会に招待された彼女は、薄手のシャツにシンプルなスカートという簡素な装いで現れていた。その姿は、規制を忠実に守る者の象徴ともいえるものだった。
レイナのシャツは薄手のため、ノーブラであることが容易にわかるデザインだった。華やかに着飾った貴族の女性たちとは対照的に、彼女の装いはひどく質素で、その場の華やかな雰囲気とは明らかに異質な存在感を放っていた。
「まあ、レイナ隊長。命令を忠実に守る姿勢、素晴らしいわ。」
貴婦人たちは彼女を取り囲み、皮肉交じりの微笑を浮かべながら言葉を投げかけた。
「私たちにはとてもできないわ。そんな格好で舞踏会に来るなんて、勇気がいるもの。」
「本当にそうね。誇り高い戦士らしい選択だわ。」
嘲笑混じりの声とともに、彼女たちは笑い合いながら周囲に広がっていった。その中の一人は手を口元に当てて囁いた。
「見てごらんなさい。あの姿、まるで農民のようじゃない?」
レイナは無言でその場をやり過ごし、淡々とした表情を崩すことはなかった。しかし、その心の中では怒りが渦巻いていた。規制を忠実に守ることへの誇りと、自分を嘲笑の対象にする彼女たちへの怒りとが交錯していた。
彼女は目を伏せ、静かに息を整えた。嘲笑に動じない自分を誇示することで、かろうじてその場を凌いでいた。会場を見渡しながら、彼女は心の中で静かに決意を新たにした。
「私は屈しない。この誇りを守り抜く。それが私の務めだ。」
その夜の舞踏会は、レイナにとって孤独と葛藤が渦巻く時間となったが、それは彼女の意志をさらに強固なものとするきっかけでもあった。
舞踏会が終わり、レイナは部隊の控室へ向かった。そこでは副官のソフィアを含む隊員たちが待機していた。豪奢な舞踏会の喧騒とは対照的に、控室は静まり返っていた。しかし、その場で目にした光景は、レイナに衝撃を与えた。
「どういうことだ......!」
レイナの目に映ったのは、隊員たち全員がブラジャーを着用している姿だった。規則を守るべき部隊の中で、この裏切りとも言える行為を目にし、彼女の怒りは抑えきれなかった。
「命令を守るのが私たちの務めのはずだ!なぜお前たちはブラジャーを着けているんだ!」
彼女の声が鋭く響き、部屋の空気は一層張り詰めたものとなった。隊員たちは気まずそうに視線をそらし、一人が震える手で「ブラジャー許可証」を差し出した。
「これは何だ......?」
レイナは許可証を手に取り、そこに刻まれた大司祭ベアトリスの印章を見た。その瞬間、彼女の脳裏に複雑な感情が渦巻いた。
副官のソフィアが涙ながらに説明を始めた。
「我々のような身分の低いものでも、教会に寄付をすればこの許可証を得ることができます。許可証があれば命令を免除され、ブラジャーを着用できるのです。」
「つまり、お前たちはそのために神聖な規制を曲げたというのか......?」
レイナの拳が震えた。その震えは怒りと失望の入り混じった感情の表れだった。
「しかし隊長、この許可証を買うために寄付することは神に帰依することに他ならないとベアトリス様もおっしゃられておりました。」
「国が認めた制度です。どうかお許しください......!」
彼女の言葉に、他の隊員たちも次々と頭を下げ、許しを乞う姿勢を見せた。部屋には沈黙が訪れたが、それは決して安堵を伴うものではなく、どこか重苦しいものだった。
長い沈黙の後、ソフィアが口を開く
「それに私たちはノーブラの恥ずかしさには耐えられなかったのです。」
ソフィアの声は震えていたが、その目には後悔と恐れが浮かんでいた。
レイナは深い息をつきながら、隊員たちをじっと見つめた。彼女の視線は冷たく、そして重かった。
確かに同じ女性としてノーブラの恥ずかしさは理解できる。しかしそんなことより大事なものがあるのではないか?
いや、そもそもベアトリス様は何を考えているのだ、ノーブラを神の意志と説きながら、許可証を販売し、自らもブラジャーを着用するなど矛盾している。
「......私たちの務めは…… いや、なんでもない」
レイナは肩を落とし控室から出ていった。
控室に残る隊員たちは、彼女の背中を見つめながら、彼女への尊敬と、そして自分たちの弱さを痛感していた。彼女の姿は一つの理想であり、同時に自分たちには到底到達できない高みであることを、痛感せざるを得なかった。
控室を後にしたレイナは、夜の静寂の中で一人立ち尽くしていた。怒りと悲しみ、そして深い葛藤が彼女の心を蝕んでいた。
「私たちの務めは何だったのか......。」
彼女は静かに呟いた。
「命令を守るのが私たちの務めのはず。それなのに、何が正しいのか。」
しかし、彼女の中で答えは出ていた。
「私は命令を守る。どんなに孤独でも、それが私の誇りだ。」
レイナは自分の胸を張り、ノーブラを貫くことを心に誓った。その姿には孤高の強さと悲壮感が漂っていた。
■ 用語解説
・ブラジャー許可証
対応する歴史上の制度・概念
免罪符(贖宥状)
使用時代:中世後期〜宗教改革前夜
地域:主に神聖ローマ帝国・西欧カトリック圏
区分:フランス革命以前の宗教的制度
カトリック教会が発行した文書で、
信仰行為や献金と引き換えに、
罪に対する罰(煉獄での苦しみなど)が軽減・免除されるとされた。
本来は悔悛や信仰を前提とする概念であったが、
次第に金銭によって救済を得られる制度として運用されるようになり、
宗教的権威と経済活動が強く結びついた。
この実務を推進した聖職者の活動は、
のちに宗教改革を引き起こす直接的な原因の一つとなった。
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